第十章 秘密 ②
私はずんずんと歩き出し、ジョージを探した。
庭に出ると、焼却炉の前に、ハンチング帽を被ったジョージがいる。
紙を破いて燃やしているようだ。
もしかして、新聞?
私はそろりと足音を立てないようにジョージに近づいた。
抜き足差し足。
気づれないだろうと思ったのに、ふいにジョージが振り返る。
眼光鋭い目で射抜かれて、私はカエルのようにぴょんと跳びたくなった。
「お嬢様、なにか?」
無機質な表情で、ジョージは細かく紙をちぎっている。
機械的で無駄のないしぐさが、かえって恐ろしい。
私は両肩をすくめながら、ジョージに尋ねた。
「何を燃やしているの?」
ジョージはぴくりと眉を上げ、紙をちぎる速度を速める。
「お嬢様の気分を害するものです」
ジョージは燃える炉に、紙をきれいに入れ終わると、最後に封筒を取り出した。
差出人をじっと見て、思いっきり指で、封筒を破っている。
「誰からの……」
と言いながら、ひょっとしてと思った。
「ウィリアム様からのです」
やっぱりと思った。
ジョージは封筒を炎の中に投げて、蓋をしてしまう。
私と向き合うと帽子をとって頭を下げた。
「お嬢様に言わずに勝手なことをいたしました」
深々とした礼に、ゆるく首を振る。
「いいの。内容が良くないものだったのでしょう?」
「全体的にダメな手紙でした」
「ああ」
「お嬢様が目を通す必要はございません。お嬢様は、ウィリアム様に対して義理は果たしました」
真摯に言われて、口角が持ち上がった。
「そう言ってくれて嬉しいわ。ウィリアム、拘禁されているんでしょ?」
ジョージは目をわずかに見開く。
「ご存じでしたか……」
「伯爵夫人から聞いたの」
そう言うと、ジョージは複雑そうな顔をした。
ジョージと居間に帰って、マーサを含めてふたりから、よくよく話を聞くと、今朝の新聞にウィリアムの拘禁という記事が載っていたらしい。
慌てたマーサはジョージと相談して、隠したそうだ。
「せっかくフィン様とよろしい雰囲気ですのに、ゴミを見たらお嬢さまの気分を害すると思いまして。隠し事をして申し訳ありません」
「いいのよ、マーサ。ありがとう」
ウィリアムからの手紙は昨晩、届いたらしい。
拘禁前に送ったようだ。
ジョージが言うには、私への未練がこんこんとつづられていたそうだ。
「反省という名の、言い訳ですので、大変、胸くそ悪いものでした」
「一行目が、ポエミーな文章でしたね。ごめんなさいを言えないのなら、お手紙を書く必要もないでしょうに」
「相手のことを考えていない内容です。主題が見えません。あれはダメです」
「リズムだけは良かったのですけどね。何が言いたいのかさっぱり分からない文章でございましたわ」
「……そんなに言うと、逆に気になっちゃうわよ」
私が苦笑いをこぼすと、ふたりは顔を見合わせて口を閉ざした。
「燃やしてくれて、助かったわ」
軽やかに言ったのに、マーサは不安そうだ。
「お嬢様……いっそのこと、フィン様とご婚約されてはいかがですか?」
思ってもみない言葉に、ぽかんとしてしまった。
「お嬢様はホテルにお勤めですから、社交の場にでることは少ないです。これから先、ゴミみたいな男がお嬢様を狙うやもしれません。それならば、フィン様と」
「マーサさん。それは時期尚早でしょう」
ジョージが冷静に言う。
「お嬢様とフィン様がご結婚されるのなら、喜ばしいことですが、本人たちのお気持ちを考えませんと」
「でも、婚約は盾になりますわ。フィン様でしたら、わたしたちは申し分ないですし」
目の前で論戦を繰り広げられてしまっている。
ふたりは私を心配しているのだ。
それは充分、伝わっているし、私もフィンさんとなら――という気持ちもある。
だけど、今の状況から逃げるために彼と婚約したくはない。
それでは、孤独を埋めるために、ウィリアムに惹かれたのと一緒だ。
「ふたりとも聞いてくれる」
私はフィンさんとの秘密を、打ち明けることにした。
かいつまんで話したけれど、マーサはあんぐり口を開いていたし、ジョージまでポカンとしていた。
「で、では……お嬢様とフィン様はっ!」
「逢引していたということですね」
ジョージに事実をばっさりと言われて「うっ」と奥歯にものが挟まったような声が出た。
「ごめんなさい……」
素直に私は謝った。
「フィンさんを悪く思わないで……私が押しかけてしまったの……」
「まあ! まあ!」
「お嬢様から、積極的にいかれたのですね」
「う、うん……そう、ね」
「まあああ!」
「なるほど」
親に自分の悪いことを話しているみたいで、心が痛い。
私はぼそぼそと自信なく話し続ける。
「ふたりが心配するようなことはなかったわ……約束をしたの」
「約束とは?」
「……おばあさまの遺言書を一緒に見るという約束」
そう言うと、ふたりは目を見張った。
何も言えなくなったふたりを見て、私は背筋を伸ばす。
きちんと思いは伝えないと。ふたりは大事な人なんだから。
「フィンさんは、特別な方よ。彼との約束を大事にしたいの。婚約の話は彼にしないで」
私は頭を下げた。
「お願いします」
顔をあげると、マーサはビーズみたいな瞳からぽろぽろと涙を流していた。
びっくりして、私は立ち上がりそうになる。
「マーサっ ……マーサの言葉が嫌じゃないのよ。違うのよ」
マーサはエプロンで目元を隠してしまう。
肩を震わせておいおい泣いていた。
「お嬢様……淑女になられたのですね……あんなに小さかったのに……」
「えっ……?」
ジョージが嘆息する。
「マーサさん。泣くのは時期尚早です」
「でもでもっ 小さかったお嬢様が、こんな立派になられて。うううっ。自分で考えて、お決めになられるなんてっ」
私は首をひねっていると、ジョージが解説してくれる。
「マーサさんは、お嬢様の成長を感じて泣いているだけです」
ジョージがかすかに口角を持ち上げた。
「お嬢様がそこまで考えていられるなら、私たちは何も申し上げません。心のままにお過ごしください」
ジョージが笑っていた。
それに二度びっくりしてしまい、照れくさくなって、私は茶化してしまった。
「ありがとう。ジョージが笑ったところ初めてみたわ」
すると瞬時にジョージは真顔になる。
その変化も、おかしくて、愛しい。
マーサはエプロンで涙をぬぐって、しみじみと言った。
「ジョージさんは、よくお笑いになります。お嬢さまの見えないところで」
「マーサさん……」
「わたしもジョージさんの意見に同意いたします。もう、わたしは心配しておりません。ほんとうに、立派になられて……!」
「泣くのは時期尚早です。結婚式までとっておきませんと」
また泣きだしてしまったマーサに、バッサリ切るジョージ。
愉快な私の家族を見ながら、私もふふっと笑ってしまった。
それからマーサとジョージは私の思いを秘密にしてくれた。
私も恋心を打ち明けることはしなかった。
彼との約束を大切にしたい。
それから年が明け、春の気配が近づいてきた頃。
フィンさんから債務処理が終わったという手紙が届いた。
――セリアさんへ
すべて終わりました。
今度の週末、あなたに、会いにいきます。
ご都合は、いかがですか?
――フィン・マッケンロー
それから私は、手紙で大丈夫ですと伝え、彼と会える日を指折り数えて待っていた。




