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第五十三話:隠された目標


 行政庁の中は平常通り業務を進める職員が行き交っていた。俺達四人は特別警察の服装で帽子を深く被り、顔が見えないようにして受付に向かってゆく。職員の注目を集めているようだったが、誰一人として話し掛けてくるものは居ない。特別警察に積極的に関わろうなどという人間は居ないからだろう。

 俺はリーナの耳元に小声で話し掛けた。


「リーナは受付前の椅子に座って待っていてくれ」

「……すぐに戻ってくる?」

「ああ、だから絶対に動くんじゃないぞ? 分かったな」


 その瞳は心配そうな感情を訴えていたが俺は強く言いつける。付いてくることが出来るのはここまでだ。レーシュネの周りには何があるのか分からない。銃でも撃たれようものなら無能力者(ネートニアー)のリーナは死ぬかもしれない。そんな危険に彼女を晒すことは出来なかった。

 彼女は視線を逸しながらもこくこくと頷く。フォーマルな特別警察の服装の上を銀髪の房が滑り落ちた。

 タールとシアの二人は俺がリーナと話しているうちに受付を言いくるめたようだった。


 その後の展開は思ったより早かった。すぐにレーシュネの執務室まで通してもらうことが出来たのは意外だった。長官は業務中らしく終わり次第、執務室に戻ってくるらしい。というわけで、ここで待つようにお菓子とリウスニータまで用意されてしまった。

 数日前にあれほどのことがあったのにも関わらず、セキュリティが貧弱すぎるとは思ったがそこでレーシュネの言葉を思い出した。


「同じことを言う別の人間が来るだけ、か」


 ふと、思い出した言葉が口に出てしまった。シアとタールは深くは追及してこなかったが疑問の視線を向けてくる。

 あれはレーシュネの諦めにも近い言葉だったのだろうか。自分が何をやっても意味はなく、全てはレシェールなどの手の上で転がされているだけだと。自分の代わりなど幾らでもいて、レーシュネ・ボーシュニョスツィーニ・シュフイシュコは臨時行政長官という名ばかりのポストだと言いたかったのだろうか。

 ならば、俺達が今やっていることは通用するのだろうか。

 心の中に疑念がざわめき始めたところで、執務室の奥の方で木が軋むような音がしてレーシュネが入ってきた。内向きに開くドアが奥の方に設置されていたようだ。彼はこちらへと歩いてきて一礼をした。


「本土からわざわざご苦労さまです。しかし、法務省警察院直轄の特別警察庁の方々がこちらに何の用でいらっしゃったのでしょうか」

「それがですね」


 俺が帽子を取り外すと、タールとシアも同時に帽子を取り外す。俺達の顔を見たレーシュネは顔が硬直してしまっていた。


「俺達が無罪である証拠を示しに来ました」

「これは一体どういうことだね。警備を呼ぶぞ」

「落ち着いてください、シュフイシュコ長官。私達は貴方を傷つけるために来たわけではないんです」


 シアは長官に能力発現剤(ウェーペーナステーク)を見せつける。すると彼は目を見開いてそれに驚いた。


「それは、盗まれた能力発現剤(ウェーペーナステーク)じゃないか」

「パーティーから追い出された後、私達はシェルケンの基地の侵入しこれを取ってきたんです。強盗殺人の犯人は私達ではなく、シェルケンです」

「なんてことだ……」


 レーシュネはそんなことなど全く知らなかったとでも言いたげに頭を抱える。単なる連邦人の凶悪犯罪者かと思って蓋を開けてみれば、過激派シェルケン――テロリストが居たのだ。頭を抱えたくもなる。

 俺はシアに目配せして、例の地図も出させる。居留区の地図に複数のバツが書かれた「爆弾テロ」の地図だ。

 それを見たレーシュネはすぐに電話を取って、連絡を始めた。爆破までの時刻は時計を見れば数十分しか無かった。電話の先はどうやら連邦軍司令部らしく爆弾の位置を伝えて確認を要請しているようだった。彼は暫く黙って電話を繋ぎ続けていたが、唐突に「わかった」と一言だけ言うと切って俺達の方に向き直った。


「……君たちの言う通り、爆弾が見つかった」

「なるほど」

「だが、この地図には奇妙なところがある」


 レーシュネは地図を凝視していう。


「奇妙なところ?」

「ここだ」


 彼は地図の右上の「爆弾の個数:7」と古典リパライン語で書かれた場所を指差して言う。


「私も古典リパライン語は長らくやっていないから、うろ覚えだがこのタルグ(talg)ってのは数を表すんだろ?」

「まあ、そうですね。ここでは“爆弾の個数”です」


 シアが頷きながら、端的に返す。


「じゃあ、おかしいじゃないか。この地図にマルは6つしか無い」

「……っ!」


 地図を見返すと確かに場所に付けられたマルは6つだけだった。単純に考えればあと一つ地図に書かれていない爆弾が何処かに存在することになる。


「この地図が流出したとしても、爆破で確実に居留区にダメージを与えられる場所に設置してるはずだ」


 タールが珍しくものを考えるような顔で言う。それなら大分場所を絞ることが出来る。連邦軍基地やキャンプ、空港などには既に丸がついている。これ以外とするならば、自ずと一意にその場所は決まってくる。


「――居留区行政庁だ」


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