第五十一話:阻止計画
いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。シェルケンから盗んだ黒塗りのセダンが異世界の荒野を駆け抜けている。
タールの出血は能力発現剤を利用した荒療治で止めた。シアの突拍子もない提案に俺とタールは驚きを隠せなかったが、彼の出血は注射針を刺してから数分後に完全に止まって痛みもなくなっていたようだった。つくづく能力者という存在が疑問に思えてくる。異能に驚異の回復力、寿命は無能力者よりも長く、20歳で身体の成長と老化が止まる。「人間の上位互換」という表現が思いつく。
外の風景を見ていたリーナが何かに気づいたかのようにこちらに視線を向けた。
「アレン、これからどうする?」
「そうだな……」
手元には資料庫から持ってきた爆破目標の地図がある。そこの日付は明日になっていた。もし俺達が無実を証明できたとしても、爆弾テロが行われれば居留区は混乱に満ちることだろう。
「無実を証明してから、シェルケンの爆弾テロを阻止する」
「いよいよ本当にアクション映画みを帯びてきたぜ」
「アクションえいが?」
リーナは俺達の言葉をきょとんとした顔をする。ラッビヤ人があの生活を送ってきたとすると、きっと映画からして分からないに違いない。
彼女を挟んで向こう側のシアがニコリと微笑みかけた。
「もし平穏が戻ってくれば映画も見れますよ。きっと」
「えいがは見ると良いもの?」
「楽しいぞ、色んな人が色んな事をするんだ」
我ながら酷い説明だったがこれもまた技術と文化の問題だ。実際に見てもらわないとその素晴らしさは理解してもらえないだろう。これに関してはお互いにだが。
リーナは一応納得したようでこくこくと頷く。興味津々の様子だ。全てが終われば彼女を映画館に連れていきたいものだ。
車は居留区の外縁部に到着する。警備の薄いところを見て、中に入ろうという魂胆だったが連邦軍も馬鹿ではなく夜間までしっかりと人員が配置されていた。だが、強制突破するまでもない。自分たちは盗まれた能力発現剤を取り返してきたのだ。捕まったら捕まったで無実の証拠がある。
――と思って検問を通ろうとしたが一つ横の道ががら空きなのに気づいてそちらを通ることにした。タールにはとにかく北東地域区画へ向かえと指示していた。
「んで、どうやって爆破テロを阻止するんだ? ヒーロー君」
「レーシュネ長官に掛け合ってみよう。受付は少し強く言えば通してくれる」
レーシュネの名前が出てくるとシアがあからさまに嫌そうな表情を見せる。官僚(ついでにレーシュネ個人にも)に良い思い出のないシアのことだ。また前髪が焦げ付くのを危惧しても無理はない。
「止めましょうよ。総務省大臣にべったりだったんでしょう?」
「じゃあ、俺達で爆発物処理班をやるか? 無理だろ」
「しかし、この身なりで受付に行けばその場で捕まりますよ」
「だからここに来てるんだよ」
タールに指で行き先を指示する。彼は何ら文句を言わずに指示に従ってくれていたが、表情は怪訝そうだ。シアは黙って周りを警戒していた。
これから会う人間――その答えを先に言ってくれたのはリーナだった。
「イミカに会う?」
「ご明察」
シアは聞き覚えがない名前に首を傾げる。タールも運転をしながらこちらの様子を伺っていた。
「どなたですか? そのイミカって方は?」
「ファッション雑誌の記者で服も作れる人だよ。リーナが今着ている服を作ったのも彼女だ」
「ほう……」
シアはリーナの服をじっくりと見ながら、感心したように吐息を漏らした。リーナの方はジロジロ見てくるシアの頭頂部をじっと見つめている。
「んで? その人に頼み込んで変装をするってか?」
「簡単にはそういう事になる」
「まるで近世の怪盗みたいだな」
タールがそういうと車は民間人宿舎に到着する。エンジンを切り、無駄な物音を立てずに宿舎の中へ入り、階段を登る。この様子だけ見れば怪しげな窃盗団にでも見えたことだろう。俺はイミカの部屋のブザーを鳴らす。辺りが暗くなったとはいえ、まだ深夜というべき時間帯ではないだろう。
中々出てこない彼女にイライラが募る。周りを気にしながら待っていると扉の奥からドタドタと音が近づいてくるのが分かった。ドアが内側に開き、玄関に茶髪のウェーブロングの女の子が出てきた。いつもとは違うもこもこの部屋着、髪は跳ねていてまとまっていない。どうやらうたた寝中だったらしい。寝ぼけた目で俺達四人に視線を巡らしてから、状況を理解するのに数秒間掛かってるようだった。
「ふぇ……?」
「イミカ、突然押しかけて悪いが助けてほしいことがある。とりあえず部屋の中に入れてくれないか?」
「ふぁあぁ……お部屋の整理とか、出来てないんだけど……」
「いいから、とりあえず入れてくれ」
「人体改造なら……ふぁぁ……しないわよ……」
「いいから、はよせいや」
思わずお国言葉を出してしまった。だが、イミカはその一喝(?)で目が覚めたようで俺達はやっと彼女の部屋へと入ることが出来たのであった。




