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第四十八話:ピリフィアー歴807年


 案外、基地に侵入することは難しくはなかった。倒れていた黒服の体を漁って、カードキーを頂いてから建物内で更に二人の黒服を気絶させて全員シェルケンとして変装することが出来た。服の上からマントを着て、フードを被っていれば完璧だ。相手に顔がバレれることもないだろう。

 シアは服が体に合わず窮屈そうだし、タールなんかは着る時にズボンが裂けたりしている。しかし、この際そんな細かいことを気にしている余裕はない。

 気絶した黒服男を手近なロッカーに押し込みながら、部屋を見渡す。電気不足なのか天井の電灯は時折付いたり消えたりしている。壁に貼り付けられた設備図には部屋から出て少ししたところに資料庫が存在することが示されていた。


「この資料庫とやらに行くか。何か情報が得られればいいが」

「まあ、何もなくても安全に帰ることが第一目的でしょう」


 シアと小声で話しながら歩いてゆく。タールには事前に言葉を発さないように言っておいた。俺達のように“連邦”の言語翻訳庁職員ならまだしも、シェルケンに虐げられてきた“王国”からやってきた民が流暢に古典リパライン語を話せるとは思えない。実際に彼は逃げ去った少女の会話を理解できていなかった。下手に現代標準リパライン語を話して意思疎通を取ると侵入者だと知られかねない。

 資料庫の重厚なドアを開けると更に薄暗い部屋が現れた。スチール製の棚に紙や本などが所狭しと置かれている。大量の資料の山にタールはため息を付いた。俺が彼に視線を向けると慌てた様子で口を両手で閉じる。


「さて、どう調べていけば良いものか」

「どうやら年別に資料が分類されているようですね」


 シアが指差した方向を見ると、棚にプラスチック板のようなものが挟まっていた。板に書かれた数は手前の方は2005、奥に行くにつれて2004, 2003, 2002......といった感じで一つ刻みで数が減っている。

 シアは頬に手を当てながら考えるような顔になった。


「今が2005年ですから、その周りを調べれば有用な情報が出てくるんじゃないんでしょうか」

「ああ、調べててくれ」

「ヴィライヤ先生?」

「ちょっと気になることがある」


 シアとタールの疑問の視点を背に受けながら、棚と棚の間を見てゆく。

 どれだけ前の資料があるのだろうか? 村の青年は数十年前にシェルケンが来たと言っていた。数十年前の資料がここにあれば、あれは事実ということになる。

 だが、部屋の突き当りの棚に見つけた数字はもっと奇妙なものだった。


「おいおい……」


 「807」、それが見つかった数字だった。2005のそれとは違う古めかしい字体で書かれた木の板が絶妙なバランスで棚に挟まっている。地震でもくれば落ちてしまいそうだ。

 しかしこれは一体どういうことだろう。これではシェルケンが807年に既にデュインを発見していたということになる。誰にもその存在を知られず、やっと今年になって連邦と戦争を始めた? 繋がりが曖昧で良くわからなくなってきた。

 そんなことを考えていると視界の端からフォルダが飛び出してきた。落ちかけているそれを取って、なんとなしに中身を開いてみる。

 表題は「芽吹(フォルシンソ)計画」。そこにはシェルケンがデュインに来た理由が事細かく書かれていた。807年に異世界の存在を認知したシェルケン達はデュインに閉鎖的な町を作った。様々なところから誘拐した母語がバラバラな人間達をそこに入れて古典リパライン語を共通言語(リングア・フランカ)として喋らせる。二世代、三世代すると彼らの母語が古典リパライン語に入れ替わり、母語の抹消と古典語話者の増加が望めるとされている。

 しかし、ページを捲れば先住民たちの抵抗が予想に反して苛烈だったことが彼らの驚きと共に書かれていた。ラッビヤ人はその中でもっとも強い抵抗を示した民族であるとされ、その人格や文化風俗に関する研究がその後に続いていた。


先生(オイリャー)!」


 シアの声が遠くから聞こえる。古典リパライン語による呼びかけだ。声の方に振り向くと彼女が資料を掴みながら、深刻そうな顔でこちらを見ていた。急いで彼女の方に戻る。


「どうした?」

「これを見て下さい」


 彼女の手元にあった資料は見た所地図であった。だが、それは良く見ると見覚えのある地図だ。レーシュネの執務室で見たものと非常に良く似ている。ラッビヤ人居留区の全図だった。その全図には幾つかのバツ印が付けられている。地図の上に手書きで書かれた赤の表題は「爆破テロ計画案#1」だ。


「おいおい、アクション映画じゃないんだぞ」

「これだけの数の爆破がなされれば居留区もただでは済まないでしょうね」


 シアは困惑したような声色で言う。タールが耐えきれなくなったようにこちらに別の資料を突き出してきた。


「お前が憶測って言ってたの、全部本当だったぞ」

「何?」

「奴らがラッビヤ人に盗ませたのは、能力発現剤(ウェーペーナステーク)皇草強挽物サームカールテン・ファークだった」

「どっちも能力(ウェールフープ)が利用可能になる薬品か」

「計画としてはラッビヤ人に居留区を破壊させた後に反乱分子を粛清して、シェルケンの国を作るつもりらしい」

「そんな馬鹿な」


 にわかに信じることが出来ない。だが、目の前の資料はそれが事実であることをまざまざと伝えていた。これで俺達は急がざるを得なくなってしまった。


「さっさと盗まれた物を取って、居留地に戻ろう」

「どうするつもりですか?」

「大体目星は付いてる。ここを安全に脱出できれば――」


 その瞬間、資料庫の扉が開いた。ただのシェルケンであればすぐに拳銃を取り出していたことだろう。しかし、逡巡してしまった。


「これ以上関わるな、と言ったはずだけど」


 そう呟いたのは逃してしまった一本結びの少女であった。


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