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第四十七話:潜入


「まるで冗談みたいだな。土曜の昼下がりに見るつまらないドラマの展開みたいだ」

「良く見ろ、泣いても笑っても現実だぜ」


 俺達の|32フォンタローエシュ《約10メートル》ほど前にあるのは立派な建物だった。それはリパラオネ風の建築であり、村にあったようなラッビヤ人の建築ではない。連邦軍がこんな居留地の奥に基地を設けているなんて話は聞いたことがないし、そもそもそれならここから見える黒服にマントの警備の存在がわからなくなってくる。

 そう、ここは紛れもなくシェルケンの基地なのだ。


「なんでまた、こう上手くばったり当たるんですかね?」


 茂みから顔を出しながら小声で訊いてくるのはシアだ。灰色の瞳は目の前の基地に向いている。乾ききってない黒いロングヘアが木漏れ日を受けてちらちらと輝いた。


「盗まれたものを取り返せば無罪が証明できるだろ? さっさと入ってがさごそしようぜ」

「あのなあ……まず、シア以外丸腰なんだぞ」

「俺達は銃を持ってるじゃねえか」

能力者(ケートニアー)の巣窟に無能力者(ネートニアー)が銃を持って侵入するなんて丸腰も同然だと言ってるんだ」

銀の弾丸(フェンテウェルフェ)があるってのにか?」

「あの時は至近距離で気付かれなかったから仕留められたんだ。侵入の混乱の中、敵が複数で能力(ウェールフープ)を使って飛び回る状況でまともに戦えるとは思えない。お祭り屋台の射撃じゃないんだぞ」


 言い合いが始まったところでバチンというスパークの音が聞こえる。警備にあたっていた黒服が白目を向いてその場に倒れた。

 横を見るとシアがそちらに手を向けていた。彼女が能力(ウェールフープ)を使ったのだろう。


「おいおい、何勝手なことしてんだ!?」

「あら、てっきり行くのかと。気が急いでしまいましたねえ」

「わざとだろ?」


 俺が責めるように言うと彼女は眉をひそめて、顔の距離を詰めてきた。


「これ以上またとないチャンスです。証拠があるにしろ、ないにしろはっきりしたことが分かれば私達の“事件捜査”も進展するんですから行かないなんてあり得ません」

「だがなあ」

「奴らの主目的は古典リパライン語話者のかさ増しです。どうせ捕まっても殺されるなんてことは万一もありません。それでも行かないと?」

「わかった、わかったが……」


 俺は顔を引きながら、それまで存在感を完全に消していた少女の方へと視線を向けた。

 日光に輝く雪のような銀髪に水色の瞳、イミカに貰ったコルセットスカートが落ち着いた彼女にとても似合っている。視線に気づいたリーナはゆっくりとこちらを見上げた。


「リーナは本当に丸腰だ。彼女のことを考えるとそう容易に基地に潜入するなんて話は出来ない」

「そうですね。ここに置いて行きましょう」

「は?」


 シアは至極真面目な顔だった。タールは俺と同じく驚愕した様子で彼女に視線を向けていた。


「真面目に言ってんのかよ、それ?」

「シェルケンにしてみれば居るか居ないか分からないような人間を探すより、侵入してきた三人を探すほうが先決のはずです。リーナさんをここに待機させていれば最低限の安全は保障されるはず」

「……確かにな」

「逆に無理にでも連れていけばリーナさんの身も危ないですし、下手なことをすれば私達の生還率も下がるでしょう」

「あー、難しい話は分からねえがリーナちゃんの方は大丈夫なのかよ?」


 リーナは無言で首を傾げる。タールに何かを訊かれたということは分かっているようだが、どうやら話をちゃんと聞いていなかったようだ。彼女のこういったぼんやりしたところが可愛らしくて好きなのだが、状況はのんびりスローライフな俺の趣味を許してはくれないらしい。

 俺はリーナの両肩に手を載せ、彼女の目線に合わせて話を始めた。


「リーナ、俺達はこれからあそこに行って色々と探ってくる。怪我とかをするかもしれないから君を連れていくことは出来ない。だけど、すぐに戻ってくるからここでじっとしててくれ。良いな?」


 途端にリーナの表情に不安が混じるが彼女は否定しない。その雰囲気は努めて自制しているように見えた。パーティーの時も、村に居た時もそうだが、彼女は俺から離れると不安を感じるのだろう。俺も出来るなら彼女の側にいてやりたいが今回ばかりは彼女のことを案じるがゆえにそれは出来ない。そして、リーナもそれを理解している。


「怪我しないで」

「俺だってしたくはないさ」

「絶対に戻ってくる?」

「そのつもりだ」

「……わかった」


 俺は立ち上がって彼女の元を離れた。シアとタールに目配せして基地に入るのに適切そうな場所を目視で探る。さっきシアが気絶させた警備に関してはじきに起きるか、他の見張りに発見されることだろう。ただ、まだサイレンが鳴ったり、警備体制が強化されていない以上、敵の見張りはある程度雑ではあるらしい。

 唯一の頼りである手元の拳銃を見る。


「こいつは消音器がついてるわけじゃない。目立つことや戦闘はできるだけ避けて、情報収集をするぞ。それと危なくなったらすぐに逃げる。良いな?」


 俺の呼びかけに二人は頷く。こうして、特殊部隊員と戦闘経験のない民間人の基地潜入大作戦が始まったのであった。


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