第四十話:“お似合い”の二人
「なんで私が貴方なんかと行く羽目に……」
「そりゃリーナちゃんがアレンと一緒に居たいって言ってたからだろ?」
「そういうことじゃないんですけど……」
「じゃあ、どういうことだ?」
「……まったく、しょうがない人ですね」
はぁっ、と大きなため息をついた。私――シア・ダルフィーエ・シアラの隣にはチャラ男(タールタイ=アケーニモムという名前の)が一人とラッビヤの先住民女性が一人付いている。三人は何処かへと歩いていた。
ここまでの経緯を思い出す。村に着くと、私達四人は来訪者として村の人々に迎え入れられた。リーナさんの通訳を介して村の有力者に挨拶をすると「リパラオネ人であれ、敵から追われている者は匿わねばなるまい」と寛大に迎え入れられることになった。そして、情報収集を兼ねて村の手伝いをしようと申し出た後にリーナさんが「やっぱり、アレンと離れたくない」と言い出してしまい、引き離すことも出来ずにこの男と仏頂面の先住民女性と共に送り出されて、今に至る。
時は夕暮れ、そろそろ夕飯の時間で多分火を起こしたり、調理の手伝いをお願いされるのだろう。そんなことを予想しているとラッビヤの女性が薪やら小枝やらが無造作に置かれている場所と近くにあった泥でできた炉らしき建造物も指差した。近くにナイフやらナタのような刃物も置いてある。
タールさんは首を傾げて答えを探るようにこちらを見た。
「どういうことなんだ?」
「多分、火を起こせということなんじゃないんですか?」
ラッビヤ人の火起こしの方法は既にリーナさんを見ていれば分かる。シュフイシュコ長官と共にお菓子作りをしたときに彼女と長官とヴィライヤ調査官がやっていた奇妙な動作、あれは火溝式の火起こしの方法だ。木と木をこすり合わせて着火する方法だが、タールさんはその様子を見ていない。実際、彼は薪の山を前に呆然とするだけだった。
「火を起こせと言われても火起こしなんかやったことないぞ?」
「まあ、私に任せて下さい」
彼は不思議そうな顔をする。分からない人に一から教えるよりは知っている人がやったほうが早いだろうという魂胆だった。炉の前のナイフを取って、薪に近づいて触れようとした途端にラッビヤの女性が私の肩を掴んできた。彼女は焦りと怒りが混ざったような形相で私に迫ってきた。
「リルンジェルオユモシュマカグ、マトゥコルトミルンユモシュマグ!」
彼女は私の手からナイフを奪い去って、タールに掴ませた。言っていることは良くわからないが、とりあえず私には薪に触る資格が無いらしい。連邦人の感覚ではそれほど怒ることかと思うが、ラッビヤ人のタブーに関係しているのだろう。
タールは手元のナイフを見て、どうすれば良いのかよく分からない様子だった。
「結局どうすればいいんだ、俺は?」
「んー私にはやらせてくれないみたいなので、貴方にやってもらうしかないようですね。仕方がないですが」
「よしきた」
やる気満々のタールさんを前にして私は小さいため息をついた。
仕方がなく木の成形の仕方や火口の作り方を伝えていく。彼の方も慣れた手付きで木を削っていた。少年団にでも入っていたのだろうか? もしそうなら、火起こしの方法も習っているはずだが。
ややあって、火起こしの準備は完了した。後は木をこすり合わせて摩擦熱で発火させるだけだがいくら擦り合わせても火が付かない。タールさんの額から汗がこぼれ落ちる。
「おいおい、これで本当に火が付くのかよ?」
「そのはずなんですけども……」
「取り敢えずやるしかねえか」
薪が湿っていたのか、はたまた摩擦が足りないのか。コンロやライター、マッチに頼りがちな近代人の私には判断することは難しかった。ラッビヤ人の女性もそれを助けようとしない。否、助けることが出来ないのだった。
タールさんはまた全力で木を擦り合わせ始めた。額に汗を浮かべて、真剣に木と向かい合っている。それでついつい言葉が漏れてしまった。
「一生懸命ですね」
「まあな」
「私は良いんですけど、貴方は巻き込まれて面倒だとか思わないんですか? この逃避行に」
「面倒なんて思ったことはないな」
木を擦り合わせるのを忘れて、ぽかーんとした表情でタールさんは答えた。全く考えたことがなかったことを言われて思い出したかのような、そんな雰囲気だった。
「アレンの奴、正しいことをやろうって突っ走る癖があるだろ? 身の程を知ってれば上手く立ち回れるんだが、あいつは自分の身を呈してまで他人を助けようとするからな。誰かが付いてないと危なっかしくて見てらんねえ」
「自分は身の程を知っていると?」
「俺は身の程を知ってるというより小心者だな。長官に可哀想な女の子を助けて下さいだなんて直談判? 無理無理、そんなのが出来るのはあいつくらいしか居ねえよ」
「……」
「だから、支えてやりたくもなるだろ? もう少し付き合ってやろうって思っちゃうんだよ」
言い終えたタールさんは恥ずかしげに頬を少し掻いた。それから言ったことを忘れたいかのごとく木と木を擦り合わせ始めた。しかし、なかなか火は付かない。香ばしい木の香りが辺りに充満するだけで、それを見ていたラッビヤ人の女性もいつの間にか呆れた様子で彼を見ていた。
彼の言うことは本当だ。ヴィライヤ調査官は兵士達の横暴に巻き込まれたあのときでさえ、自分の身を呈して助けようとした。それは誰にでもできることではない。
私はいきなり空の方を指して、大声で言った。
「あっ、あっちのほうに古代の英雄ユフィア・ド・スキュリオーティエがー!」
「なんだと!?」
おバカなタールさんと女性が共々私が指差した中空に視線を向ける。そのうちに私はタールさんの手元にある木々の合わせ目に左手をかざし、能力を使った。散った火花は木々の間に降り注ぎ、小さな火が付いた。
タールさんは不満そうな顔でこちらを見る。
「なんだよ、ユフィアなんか居ないじゃねえか。俺ぁ、スキュリオーティエ叙事詩のファンなんだぜ?」
「タールさん、手元手元」
「ん?」と素っ頓狂な声を挙げてタールさんは手元を見た。そこには引火した火口がある。彼は驚いて目を開いていた。
「いつの間に火が……?」
「やれば出来るじゃないですか、良かったですね。タールさんが火起こしまで出来るとは知りませんでしたよ」
「お、おう……、そうだな、俺にしてみれば容易いもんだぜ!」
タールさんは「がはは」と笑っていた。私もついつい口元がほころんでしまう。そして、またついつい呟いてしまった。
「まったく、しょうがない人ですねぇ……」




