第三十八話:助けを求めて
男たちは俺達に近づいてくると馬から降りて互いを見合わせた。困惑している様子だ。彼らの服装は“連邦”では見ることもないワイルドなものだ。頭にバンダナのような布を巻き、麻布で出来たインナーの上に毛皮を着ている。男たちのうち幾らかは首から緑色の石のペンダントを下げていた。
ラッビヤ語を喋る少女が自分たちを爆撃したりする敵の民を引き連れているのだ。彼らにとっては奇妙な状況だろう。しかし、いきなりなぶり殺しにするという雰囲気でもないらしい。
「バルミン、ラショル ホシュトラルクラルム? マトゥコルト リパレーナト ニルギュズ “バルミン” アルアホシュト」
「アキュシュト、リュギュハン ゴシュマク。バルニンジェニルアイェヤシュンジェルム。アダ、アジョシュンダルミン」
「ンン……ヌートゥラ……」
馬から降りてきた男たちのリーダー格らしき強面の男の問にリーナの言葉――恐らくラッビヤ語だろう――が答える。恐らく彼女はこれまでのことを説明してくれているはずだ。しかし、分からない単語が多すぎて理解は不可能。イントネーションやら息遣いである程度予測は付くが、単語の切り目さえも分からないところがある。
リーナと男たちはゆっくりと会話を繰り返していた。相手は感情が高ぶって怒鳴り合いになるといった様子はない。かといって相手を完全には信用できないようで、こちらをちらちらと見ながら様子を伺っていた。
交渉の背後に居る俺達はただただ静かにそれを見守ることしか出来ない。下手に動いて勘違いでもされようものなら、彼らの片手に持つ長剣で一刀両断され、馬に踏まれてから湿地植物の肥やしにされてしまうだろう。びくびくしていると前に出て話していたリーナがこちらに戻ってきた。難しそうな顔をして、背後を気にしている。
「リーナ?」
「お願いしたけど、怪しまれている」
「うーん、どうしたら潔白を証明できるんだろう」
「何処かに落ち着く手がかりは欲しいですけど、あまり刺激すると……」
「ここまで逃げてきて、あれに斬られて終わりはごめんだぜ」
「むっ、ラッビヤは助けを求めるの人、いきなり斬らない」
「しかしなあ」
タールは男たちを一瞥する。お互いに疑心暗鬼になっているとすれば、一番面倒な状況だ。確かに強盗殺人事件の真相が分かっていない今、彼らのことを怪しむのも無理はない。しかし、このままでは落ち着くものも落ち着けないだろう。
俺は片手をリーナの肩に置いて、彼女に微笑みかけた。
「リーナ、通訳してくれ」
「何か策でもあるんですか、ヴィライヤ先生?」
「ない」
そういって男たちの方へと向かって歩き出す。一瞬遅れてリーナも付いてきた。背後からシアの言葉は聞こえてこない。きっと呆れて物が言えないという感じになっていることだろう。しかし、策など思いつかなくても状況を説明すれば少なくとも斬られることは無いはずだ。
追いついたリーナが不思議そうな顔で俺を見上げた。俺の歩幅に合わせて歩いている彼女は少し急ぎ気味だ。
「通訳は通詞のこと?」
「ん、ああ、まあそうだな」
間違ってはいない。しかし、通詞なんて言葉は200年前頃の近世の言葉だ。今じゃ誰も使わないし、スキュリオーティエ叙事詩の近代訳くらいにしか出てこない。彼女がリパライン語を覚える機会があったのだとすれば、キャンプの周りで話されていたものを聞いてだろう。それなら、こんな言葉を何故彼女が知っているのだろうか?
「リーナ、そういえば“保障する”とか“通詞”だとか時々難しい単語を言ってくるけど、どこで覚えたんだ?」
「本」
「本?」
「リパレーナンの言葉、本の言葉に似ているから」
「本の言葉?」
良く分からなくなってきた。この異世界にリパライン語の本があるということだろうか? 天地神明に誓ってそれは無いと言い切れよう。それなら“連邦”はこんな早期に言語調査官を送る意味はない。なら、本の言葉の「本」とは一体何なのだろう。そもそも奴隷のような扱いを受けていた彼女が本を読める環境にあったのかも謎だ。
そんなことを考えていると目の前にいきなり馬の頭が現れた。否、考え込んでいたせいで前が見えていなかったのだ。ぶつかる寸前に気づいて、馬の目の前で尻もちをついてしまった。男たちのきょとんとした表情、何が起こったのかよく分からないといった視線がこちらを見ていた。しかし、一人が吹き出して堅い空気が決壊した。次々とこちらを指差して、辺りは大笑いに包まれていく。
あまりいい気はしなかったが、俺も愛想笑いを振りまく。偶然の出来事だったが結果的によしとしたい。
「アキュシュト! フュナル ニルン ジェルト ニルム ジェシュアルトフル ゴシュマク!」
「アキュシュト……ジョシュアルト ニリン、バリンギュズジョシュタグ」
「シュハット!」
リーダー格の男の言葉にリーナが満面の笑顔で答えた。おそらく上手く行ったのだろう。俺は立ち上がってズボンに付いた泥を払った。シアとタールはことの成り行きを見守っていたようだが、お互いに見合わせて不思議そうな顔でこちらを見ていた。




