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第三十五話:逃走


「……嵌められた。逃げるぞ」


 俺はシアの元までいって彼女を捕まえるとなんと説明したら良いのか良く分からなくなってしまった。結局、レシェールも特別警察も追ってこない。落ち着いて説明すれば良いのかもしれないが神経が興奮して考えがまとまらなかった。だからこそ、出てきたのはその一言だけだった。

 シアは言葉が理解できないのか首を傾げた。


「嵌められたって、誰にですか?」

「説明は後だ。とにかくここを出るぞ、協力してくれ」


 リーナの手首を強く握りながら、そう答えるとシアは不思議そうな表情で一応頷いてくれた。パーティーの出入り口まで達すると制服を着た特別警察官の二人組がこちらを制止してきた。彼らは掛け合っても通してくれそうにない。こちらを睨みつけ、見逃すつもりもないらしい。

 それなら手段は一つしか無い。俺はリーナから手を離した。


「くそったれが!」


 短い助走をつけて片方の警官にタックルする。こういった荒事は得意ではなかったが場を混乱させるのには十分に役に立った。

 押し倒した警官に組み付いて居るともう片方が拳銃を取り出そうと腰のホルダーに手を伸ばした。その瞬間、俺は振り返って混乱するシアの方を向いてその名前を叫んだ。彼女はリーナの手首を右手で掴み、左手はもうひとりの警官の方にかざしていた。


「――っ!!」


 バチン。

 何かが弾けるような音が聞こえた。同時に銃を取り出そうとしていた警官は白目になり、全身から力を失うようにその場にどうっと倒れた。組み付かれた警官はそれを見て唖然としていた。茫然自失といった様子の警官を俺は滅茶苦茶に殴りつけて気絶させる。

 気づけば、パーティー会場に集まる人の視線を一挙に集めていた。こんなことをすれば、私は犯罪者ですと言っているようなものだ。しかし、特別警察になんて関わり合いになりたくない小市民達が彼らを避けていたおかげで逃げ道は確保されていた。

 すぐに立ち上がって背後に呼びかける。


「行くぞ、シア!」


 三人で会場の出口へと走り出す。目の前に現れた邪魔な民間人をかき分けながら駐車場を目指す。


「一体何があったんですか?」


 息を切らしながらもシアはこちらに疑問を投げかけてきた。その右手にはリーナの手首がしっかりと握られていた。彼女もまたいきなりの逃走に目を回していた。だが、休んでいる暇はない。


「特別警察を突き飛ばすなんてただ事じゃないですよ」

「レーシュネと話していた女性は総務省大臣だ。強盗殺人事件の捜査線上にはラッビヤ人だけでなく連邦人の協力者も出ているらしい」

「もしかして、それと間違えられたってことですか」

「まあ、簡単にはそんなところだ」


 本当はレシェールがパーティー自体を仕組んだのではないかというところまで話したかったが息が続かなかった。シアは半分納得、半分不思議といった表情になっていた。

 駐車場にまで出ると車内で待機中のタールが見えた。騒ぎに気づいて起きたのだろう。息も切れ切れに走ってくる俺達を怪訝そうに見てきた。


「おいおい、何の騒ぎだ?」

「説明は後だ、今すぐ車を出せ」

「少なくとも運動会って様子じゃないみたいだな」


 タールは軽口を叩きながらも手元のキーを回した。力強いエンジン音が聞こえてくる。俺はドアを開け、シアとリーナを先に車に突っ込んでから自分も入ってドアを閉めた。


「居留区外まで突っ走ってくれ」

「はあ? そりゃ一体どういう――」

「説明してる暇は無い。さっさと車を出すんだ!」


 俺が怒号を飛ばした瞬間、二つの銃声が聞こえた。リーナが悲鳴を上げる。銃弾は車体に跳弾したようで実害は無かったが、同時に逼迫する危険を肌に感じた。ミラーに銃を構えながらこちらに接近するスーツ姿の二人が見えた。こんなところにスーツ姿で潜入する警察組織といえば一つしかありえない。


公安人民警察(メラファ)じゃないか……!」


 タールも良く分からないようだが、話し合っている場合ではないと気づいて車を急発進させた。


「メラファって何なんだ!?」

「公安人民警察若しくは国家公安警察ですね。本来は汚職、防諜、クーデター予防などを任務とする連邦の秘密警察です」

「ん? 特別警察が秘密警察なんじゃないのか?」

「いえ、特別警察は刑事警察の管轄外を担当するだけで秘密警察ではないのです」


 状況が状況なのにシアは至極冷静に説明をしていた。これで逃げ切れれば良かったのだが、しかし俺達に降り掛かる艱難は留まるところを知らなかった。

 目の前に出てきたもの、それは検問だった。バリケードの脇に小銃を持った兵士達が並んでいる。特別警察、公安人民警察と来て、今度は連邦軍をどうにかしなければならないらしい。


「シア、どうにかできるか?」

「いえ……車からでは狙いが付けづらいかと思います」

「くっ、じゃあどうする……?」


 このままじゃ蜂の巣だろう――そう言おうと思った途端俺達、後部座席の三人は前の座席に押し付けられた。速度が急上昇したのだ。恐ろしくなってくるほどの急加速だった。リーナは必死に状況を理解しようと周りを見ていたが急加速に怯えて俺にしがみついてきた。


「しっかり捕まってろ!!」


 まさかと思ったのはそれが起こってからだった。轟音とともにバリケードが車の脇に吹き飛ばされてゆく。その中には兵士も混じってはねられていた。彼らにとっても不測の事態であったのだろう。後ろから小銃の乱射する音が聞こえた。俺とシアは耐衝撃姿勢のような姿勢になっていた。リーナが振り向こうとするところを乱暴にでも頭を押さえつける。銃弾が当たり、リアガラスが弾けた。自分たちの上にガラスが降り掛かる。

 だが、それ以上の攻撃は加わらなかった。車は猛スピードで通りを抜ける。タールのこめかみからは不健康そうな汗が流れていた。


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