女神様のお友達
お兄様の涙も落ち着いたので、女神様について質問する事にした。
「…………嫌な事を思い出させて、本当に申し訳ないんですが。もう頼れるのがここしか無いんです。クルーレさんのお母様は、女神様と何か繋がりはありませんか?」
「父上、お願いします。どんな事でも構いません。私は、美津と子供と一緒に、誰にも邪魔されずに平和に暮らしたいだけなんです。」
「……ぐす。父上、何か覚えてます?」
「……………………。」
お父様は目を閉じて動かなくなった。
辛抱強く待つ事数分。ぱちっと目を開けたお父様は、クルーレさんに目を向けた。
「…………あの、鳥籠に入れられた黒い妖精が女神だと言ったな。」
「はい。」
「……女神にも、名前はあるのか。」
「あ。無かったらしいんですけど、仲良くしてくれた友達にティアラって愛称付けてもらったって。」
「……なら、その名付けた友はシャルーラで間違いないだろう。」
「「「「えっ!?」」」」
お父様以外の全員が、驚きの声を上げてしまった。
まさかまさか。本当に?
「父上、間違いありませんか?」
「…………ああ。シリウスとシャリティアが産まれた時に、妻は森で出会ったと言う妖精を可愛がっていた。一度だけ、庭園に連れて来た時にそう呼んでいたのも聞いた。娘の愛称に自分の名も混ぜて、ティアラと呼んでいた。」
お姉様とお兄様は双子。赤子二人に、森の澄んだ魔力を取り込ませようと首が座ってからは毎日の様に散歩に出掛けていたというお母様。
その森で出会った妖精が、女神様。
……あれだけボンキュボンな本体だと人目につくから、妖精姿だったのかもしれない。
「私が見たのは、二人が産まれて何年か経ってからだがな。……確かあの時、我が家には王子が避難していてな。元気付けようとした妻が妖精を伴って庭で茶会をしていた。」
「……王子って?」
「レオナルド・ミスティー。レオン国王の長子だ。」
レオナルド様は優秀ではあったけれど、側室の子であり、また本能に先走りやすい獣人とのハーフという事で影で色々言われていたらしい。
王妃との間にやっと息子が産まれ、側室のお母さんも病で既に亡くなっていた当時十歳前後だった王子様を不憫に思ったレオン様が、親友のクライスさんの所へと息抜きの為に公務として派遣したらしい。
地方の農業見学と称して、約二ヶ月。
お母様の事件も、丁度王子様の滞在中の出来事らしい。
「…………まさか、私の父親……。」
クルーレさんの腕がぶるぶると震えだしたので、私は頭上の真っ青になった顔を撫でる。
……私も少し思ってしまった。獣人のハーフ、年齢は若過ぎるけど、獣人の血が混ざると成長は早くなる。
十歳で成人程の身体になるらしいので、可能性はある。
「……安心しろ。それは無い。」
実は最初にお母様を発見したお父様は、逃げていく犯人の後ろ姿を見たらしい。
事件があったのは、馴染みの取引相手との商談がある日だった。
ドラゴンに跨り朝早く出かけても、解放されるのは双子が夢見る時間帯になる、とクライスさんは思っていた。
でも、いつもなら夜遅くまで拘束する商談相手が用事があるとかで、その日は驚くほど早く解放してくれたらしい。
夕食前の時間帯に、クライスさんは家に着くことが出来た。
でも。
家に帰っても、静かだった。
シャルーラさんは家の掃除も魔法でちゃちゃっと終わらせてしまうので、当時はメイドを雇っていなかった。
それでも、静かすぎた。
クライスさんは急いで食堂を覗いて、皆が居ない事を確認した後に夫婦と双子共に眠る寝室に向かった。
寝室のベットで双子は眠っていたが、シャルーラさんが見当たらない。
双子を揺さぶっても起きない所を見ると、魔法で強制的に眠らされている様だった。
今日は工場なども全面的に休みにしていたのに、王子の姿も無く……まさか、賊に襲われたのかとクライスさんは考えた。
シャルーラさんを人質に、王子に何か要求したのかも、と。
クライスさんは魔法で従業員達に緊急招集の手紙を送ってから、ドラゴンで空から探そうと玄関から出た所で。
庭と妖精の森を繋ぐ道の先に、人影を見つけた。
「可愛い……俺の番い……ずっと、俺の、」
「…………貴様ぁああああああっっ!!!」
男が後半、何を言っていたのか。
怒りのまま拳を向けたクライスさんは覚えていないらしい。
男はクライスさんの攻撃を難なく避け、半裸で森の木々に紛れてすぐに消えてしまった。
その後ろ姿を、クライスさんは忘れる事が出来ないでいる。
レオナルド様はレオン様と同じ蜂蜜色の髪と日に焼けた褐色の肌。そして逃げていった人物は……月明かりで見た男は白と黒のまだら模様の髪と、そこから生えた頭髪と同じ色合いの犬耳、白い背中と尻尾が印象的な姿だったそうです。
かつらや魔法の可能性もあったけど、魔力量が多いと見破る能力も上がるらしく……特に果物の選別で鍛えていたシャルーラさんは、皆から目利きの達人と呼ばれる程だったらしい。
手当てを受けた後の彼女本人も、顔が違うと言った事が決め手になり、王子の疑いはすぐに晴れたそうです。
王子は妖精の森で居眠りしていて、城から付いて来た護衛の二人も湖と森の境目で確認していたから間違いない、と。
お父様のこの言葉に、クルーレさんから安堵のため息が漏れる。
……うん。もうちょっとでレオン様と親戚になる所やった。
「…………やめて。縁起でもない。」
「え、そんなか。お爺ちゃんがレオン様の場合が、そんなしょっぱい顔する位嫌なんか。」
「嫌です。」
「私も、レオン様が親戚なんは嫌やなー。」
「お、お母ちゃんまで……。お世話になってんのに。」
「……何をしたんだ、あの馬鹿王。」
「あ、あはは。」
ど、どう説明すれば。
お母ちゃんは兎も角、クルーレさんは私を取られると勘違いして八つ当たりしてるだけって、言うのもどうかと思うねんけど!?
「…………その、レオナルドって王子は今、何処におんの?直接話聞きたいわー。」
「あー、王子の放浪癖は、まだ治っていないようで。難しいかな?」
お母ちゃんの質問に、シリウスさんが答えてくれた。
城に戻ったレオナルド様はその後、「王妃が産んだガキに国を任せる」と言って城を飛び出して、生存報告にお土産の様な呪いの道具の様なけったいなものを城に送ってくる様になったそうです。
…………い、色々な恨み込めてるっぽい。
「……もともと、レオン国王は側室だったナタリア様以外の妃を持つ気が無かった。だが周りの人間は、貴族でもない、獣人で後ろ盾の無い平民上がりと彼女を罵った……他にも理由はあるが、レオン国王の立場を考えたナタリア様本人の勧めもあって、当時力のあった貴族の娘を王妃として据えたんだ。」
レオナルド様はそんなレオン様を軽蔑している、という言葉に、私はクルーレさんを見上げた。
うん。苦虫噛み潰した顔って、そんな顔やな。
獣人は愛情深く、独占欲も強い傾向にある。
ナタリア様は生粋の獣人であった筈。なのに、自分の番いに、他の女の人勧めるなんて……相当悩んで、苦しんで、嫌でも我慢したんやろうなぁ。
好きで好きで堪らない、愛しい人の為に。
レオナルド様は、そうさせたレオン様が憎らしく思ってしまった。……だから、城に寄り付かないのか。
「王子は神出鬼没らしいから。出会えたら良い事が起きるかもって噂が流れた事もあったんだ。」
「…………そんな話もあったな。」
お兄様とお父様の言葉に座敷わらしとツチノコを想像した私は、悪くないと思う。
「…………当時、屋敷や森に出入りしていた人物は全員調べたんですか?」
「……ああ、勿論。私の伴侶を辱めたモノを、私が簡単に諦めるわけが無いだろう。」
おかげで従業員が半数以上辞めてしまった、とうっすら口の端を持ち上げ微笑んでいるのだろうクライスさんの背中には、暗黒が見えます。
うん、怖いわ。そりゃ関係無くても恐怖で辞めるわ。
…………おかしい。一緒に生活してる期間短いはずやのに、なんでこの親子二人はそんなに似てるのかなっ!?
「…………ああ、そうだ。お前に渡しておく。」
怒りから何か思い出したようで、懐から小さな手帳を取り出し、お父様はクルーレさんに手渡した。
「……これは?」
「お前が産まれてから持っていた、シャルーラの手帳だ。屋敷に居た短い期間だが、お前の成長記録を小まめに記していた……最近見つけたんだが、頑丈な鍵の魔法がかかっていてな。無理に魔法を除去すると、手帳の中身が書き換わる仕様になってるそうだ。器用なシャリティアに任せれば、読めるかもしれん。……遅くなったが、これも結婚祝いに受け取ってくれ。」
「すまない、私と父上は魔法が苦手でな。どう頑張っても無理だった。」
徹夜したんだけどなぁと笑うお兄様に、なんだか和む。天然って言葉が浮かんでしまう。
「……なんか、あんたの兄ちゃんみっちゃんに似てるな。ちょいと天然な所。」
「ふふ。そうですね。怒ると怖いところも似てますよ?」
「えーなんか複雑……まあいいけど。手帳、私も見せて?」
それよりも、手帳に書かれている事の方が気になる。
クルーレさんが産まれてからの事書いてるなら、何かビラの犯人の手掛かりあるかも!
「……少し待って下さい。本当に複雑な魔法が絡んでいて、何が美津に害を成すかわから」
「駄目よ!!!」
「えっんぎゃあ!!!」
「美津!?」
突然部屋に飛び込んで来た女神様、ティアラちゃんに魔法を使われた私は両手に激しい痛みを感じて、手帳と共にクルーレさんの膝から転げ落ちた。
「あ…………っ!」
「何してんねんこのあほう!!?」
「美津っ!?い、今傷を、」
「おやめクルーレ!私が癒します!貴方では魔力が強すぎる、さっさと離れなさい!」
「あ、姉上…………、」
女神様に馬乗りになったお母ちゃんを避けて部屋に走りこんで来たお姉様に怒鳴られ、クルーレさんは私に触れるのはやめて、それでも隣に居てくれた。
扉の向こうで、驚いた顔のオックスさん、それに鳥籠を持った青褪めたオリヴィエちゃんの姿があった。
何らかの理由で、鳥籠を開けてしまったみたいやね。
お父様とお兄様も、すごく驚いているみたい。
……私の身体の事は手紙で伝えていたけど、読むのと実際に見るのとでは何か違うよね。やっぱり。
「さあ、美津様大丈夫ですわ。ゆっくり深呼吸を…………………………そう、お上手です。痛みはどうです?」
「う、うん。もう大丈夫。ありがとう、シャリティアさん。」
「……このまま、試しに魔法で傷を塞ぎます。ほんの少しでも痛みを感じたら、教えてください。修正しますから。……兄上は、念の為に包帯と傷薬を持って来てください。」
「……はい。」
「分かったよ!」
私の手の平は、手帳が触れていた部分が焼け石に触ったかのように焼け爛れていた。シャリティアさんがゆっくり、ちょっとずつ魔力を流し込んでくれたおかげで何とか治癒されたけど。
元々身体の中身……内蔵の損傷や骨折の治癒は時間がかかるけど、表面的な傷を塞ぐだけなら数分も掛からない。
……今の私だと、両手っていう狭い範囲でも、治るまでに三十分以上掛かるんやなぁ。
そして私は治った両手で力一杯、クルーレさんにしがみ付いた。
私の傷が塞がるまで隣に居てくれたクルーレさんの視線が、何かを探すものに変わったから。
「…………離して、美津。」
「……へーさっきまで怪我してた嫁さんほっとくなんて、鬼のように冷たい旦那様やなぁーみっちゃん悲しいわー。」
クルーレさんの腰と足に両手両足使ってしがみ付く私は異様に映ってるやろうけど、気にしない。
お姉様とお母ちゃんがうんうん正しいよーと頷いてくれるの、ありがたいです。
「っ巫山戯るな!あの、あの女神はっ、美津を……私の美津をっ、また傷付けた!……殺してやる。今度こそ、この世に存在出来ないよう切り刻んでやる!いいから離せ!!!」
「嫌や!……私が邪魔なら投げ飛ばしたらええねん。まぁ、クルーレさんの馬鹿力でやったら私、また怪我するやろうけどそれでも良いならどーぞどーぞ!」
「〜〜〜美津っ!!!」
「あーあーうっさいなあ!攻撃されたんは私!なら文句言ってええのも仕返しにしばいてええのも私や!邪魔すなこのあほボケ!黙って隅っこに座ってろや暴力駄目男が!!!」
「!!!ぅっ…………ゔぅぅ……ぐすっ。」
手足を離して立ち上がった私はクルーレさんの足を思いっきり踏んでやった。クルーレさんは痛みよりも、私の発言にとてもショックを受けたらしい。
私の言う通りにさっきまで座っていたソファの隅っこで、膝を抱えて泣き出した旦那様を、取り敢えず無視。
お姉様とお母ちゃんの呆れ顔も無視。
オックスさんとオリヴィエちゃんのしょっぱい顔も無視。
お父様とお兄様のあんぐり顔も、今は無視!
旦那様が不憫で可哀想で可愛いとか思った私の特殊性癖も、今は無視。……ときめきよ、静まれ!
自己暗示しながら、私はお母ちゃんに馬乗りになられても大人しく蹲ったままの女神様……ティアラちゃんを両手で持ち上げる。
顔はやっぱり、涙と鼻水でドロドロ。
言葉ではなく、えうえうひぐひぐと何かの動物の鳴き声にしか聞こえない音を口から出している。
……まあ、何が言いたいのかは分かってんねんけど。
なのでお母ちゃんにポケットからハンカチを取り出してもらい、ドロドロ顔を綺麗に拭っていく。
鼻もチーンとしたら幾分かスッキリしたのか、しゃっくりの様にひっくひっくと痙攣だけが残る体勢になったみたい。良し。会話出来るな。
「ティアラちゃん。私に言いたい事、あるやんな?」
「!……ひっく、ぅくっ、わ、わざとじゃっ、……わたし、わたし、けがさせっ、ようなんてっ。そんな、つもりっ!」
「あーちゃうやろ。悪い事したら、どうせなあかんって私言った?」
「ひっく。…………えっと、えっと……先に、っごめんな、さいして。ぐすっ、……どうして、そんな事……したのか、説明……。」
「そう。言い訳なんかいらんねん。悪い事して、相手が自分のせいで嫌な思いとか、怪我とかしたらまずはごめんなさいするんは常識や。そんで、どうしてそうなったんか、今度からそんな事起こらん様にするにはどうしたらええんか、そういうのも踏まえて状況説明すんのも常識、当たり前や。……ティアラちゃん、出来るよな?」
「ぐすっ…………。」
(こくん)
すでに子育てしてる気分を味わいながら、私はティアラちゃんのごめんなさいを聞いて、それから話を聞くことにした。
気分ちゃうと思いますよ、みっちゃん。
既に子持ちです。ちみっこいのと黒騎士様で(笑)




