結婚報告は前途多難
異世界に招かれて、約五ヶ月。
旦那様の愛に溺れながらの日々にもちょっとは慣れ、私も落ち着いた様な気がします。
……慣れたというか、ネガティブな考えをする事が無くなったと言いますか。
そのせいで日常的に仲良くでろ甘な空気漂わせる為、周囲の方々(主にお母ちゃんと赤毛騎士)には砂吐かれたりしますが、そこはほら、新婚さんなんで。
妊娠と結婚同時期なんで!新婚三ヶ月目なんです!
だから勘弁して下さい!
殺意込めた目でクルーレさん睨まんといて、お母ちゃん!
クルーレさん、お母ちゃんに冷たくされるの気にするから!お父ちゃんに未だに結婚報告出来てないの、地味に気にしてる所あるから余計に!
……お願い、優しくしたって(泣)
と、そんな愉快な日々を過ごしていた、ある日。
シャリティアさんとお姫様が夕食の下ごしらえをしている時、私は幻想的な絵が特徴の、一冊の絵本を読んでました。
[おひめさまと雪妖精]
このお話は、ずっとずっと昔、リアーズ国に産まれたお姫様の実話を絵本化した物。
シャリティアさんも知ってる、誰でも一度は読むお話なんだそうです。
主人公は、魔法が苦手な銀髪のお姫様。
あんまりにも下手くそだったらしく、民からも馬鹿にされ、友達も居なく、とても淋しく暮らしていました。
そんなある日、一人(一匹?)の水の妖精が現れ、お姫様と交流を深めていきます。
……まぁ、妖精は何も喋らないでただお姫様の話を聞いているだけなんだけど。おかんと女神様以外の妖精は意思疎通不可能らしいから、これも仕方ない。
そんな日々を何年か過ごし、お姫様が二十歳の誕生日を迎える日がやって来ました。
魔法が苦手な為、成人の儀式で何か粗相をしてしまうかも、と返事も反応もないと分かっていても妖精に愚痴をこぼすお姫様。
すると、妖精はふよふよと浮かび、お姫様の頭を撫でました。まるで、頑張れと言うように。
そのままふよふよと飛び去り消えた妖精に、お姫様は感激してこれで儀式を乗り越えてみせる!と張り切って儀式当日を迎えました。
儀式は、成功。
それどころか、いつもなら魔法を一回使うとフラフラになっていたお姫様が、どういうわけか元気なまま。
お姫様が産まれたのは、寒い冬。
雪が降りそうな曇天に衝動のままお姫様が魔力を放つと、キラキラと虹色に輝く雪が降ってきました。
お姫様は、自分の思う通りに魔法が使えるようになっていたのです。
お姫様はこの日より、天候を弄れるほどの凄腕の魔法使いとして、後世に語り継がれる事になり。
その後、お姫様の前に妖精が現れる事はありませんでした。
で、おしまい。
大量に積み上がった絵本を仕分けする傍ら、いつのまにか私は、無言でページをめくっていた。
昼食後に始めたのに、そんな事をしていれば私の周囲の片付けだけは一向に進まないのは、当たり前だった。
「なーなー女神様ー?これって実際どおなん?」
私の頭の上で休憩していた女神様に、手に取っていた絵本を開いて見せた。
「……『おひめさまと雪妖精』……ああ!確か、魔法の苦手なお姫様が、仲良くなった妖精のおかげで国一番の魔法使いになるってお話?」
「そーそー!これって、最後妖精の姿はその後、誰も見てないってなってるやん。……死んじゃったん?」
「えっと……違うわ。美智子以外の妖精って、人間にも視認出来る魔力の塊みたいなモノだから、死ぬって概念は無いの。……このお話だと、妖精の魔力でお姫様を強化したんだと思うわ。死んだんじゃなくて、お姫様と同化したと言えば良いのかしら?」
魔力にも血液型みたいなタイプがあって、同じだと同化しやすいらしい。
……お姫様は生まれつき魔力量が少なかっただけで、水属性の適性はあったって事らしい。
「ほうほう、成る程なー。……絵も綺麗やし、これもありやな!」
[あり・なし・相談]の三つに分類中の私は[あり]の山に絵本を重ね、また新しく手に取った絵本も読みながら作業を進めていく。
「……私も幼い頃に読みましたが、その様な意味だったのですね。この国に生まれた私達にも、まだまだ知らない事が多いですわ。」
「それは、まあええねんけど……ちょっと美津!全部読むのはやめ!晩御飯の準備もあるやろ!クルちゃん帰って来てまうよ!」
「あっ、やっべ忘れてた!」
「旦那忘れたらあかんやろ……読書好きな所は、ホンマ、おとんに似たなぁ。」
「うふふ。では本を軽く壁側に寄せて、食事の準備を致しましょう。」
「はーい!」
私は絵本を隅っこに寄せてからキッチンに向かった。
――――――――――――――――――――――
「ただまい戻りました!」
「おかえりークルーレさ……あぁ、また仕入れてる。」
一時間後、私の旦那様、クルーレさんは絵本を数冊片手に持って帰って来た。
本日は四冊、テーブルに重ねて置いた後、私に抱きついて頬をぐりぐり頭に擦り付け甘えてくる。
……最近、思う。私が若ハゲになったら、きっとクルーレさんのせいやなってくらい同じ所ぐりぐりされてる。
力加減が絶妙に、強い。
びくりと身体を震わせ怒られると思ったのだろう、怯えながら離れたのでまあ許そう。
ちょっと涙目、可愛いし。
「むぐむぐ……今度は誰や?」
先に食事を始めていたおかんに聞かれ、クルーレさんは花咲く様にっていう表現が似合う笑顔を浮かべた。ま、眩しい。
「り、料理長が、お子さんに読み聞かせていた物が良かったと言っていたので!」
尻尾があったらブンブン振り回してるんやろなぁってくらいご機嫌な旦那様は、実際耳が出てぴこぴこ動いてる。
おい、ほんまにテンション上がり過ぎや。
「クルーレ……この部屋を、児童用図書館にしたいのですか?」
「……それも良いですね。」
「この子……あまり聞いていないわね。」
「はぁ……。」
シャリティアさんの呆れた顔と、私のため息は同時でした。
子供には沢山本を読んでやったほうが良い、とは岡田家もとい、私の父、晃の持論です。
幼い頃から本好きの私も、その意見には賛成でした。
なので、私が勉強用に借りていた様な絵本を、子供が産まれたら用意しようね、と旦那様に言った所。
……うん。確かに言いましたよ?
ビビリの私は、早めに段取り組んで安心したいねん。
だからベットの中での雑談中、相談しましたとも。
……すると、なんという事でしょう。
一週間もしない内に、部屋の片隅が絵本に占拠されました。……なんでか分厚い児童用小説なんかもあるの。凄いかさばるの。
今日の分も入れたら、軽く四十冊超えるねんけど。
ミスティーの城にある図書室の本は、歴史的文化財として保管されている物も多く、私が借りる事が出来たのは聖女特権だったようです。
だから赤ちゃんが産まれて、首も座って、外出が出来るようになってから、お散歩のついでに町に新しく買いに行こうねって……言ったはずやねんけど?
それを、わざわざレオン様脅して仕事早めに終わらせて。
城下町に馬借りてマッハで行って。
その日、同僚などにオススメされた絵本を数冊ずつ、探して買って帰ってくる。
同僚がお古でいいなら後日持ってこようか?と提案しても、自分が買ってあげたいから、と言って聞かないらしい。
最近では雑談出来る同僚が増え、私や子供の話をすると相手も自身の子育て話や玩具、そして読み聞かせた絵本を教えてくれるので。
聞いてるだけで楽しくテンションの上がってしまった旦那様は、衝動買いしてまうみたいなんです。
……本当に、最近知ったんです。
クルーレさん。重度の貢ぎ体質や。
しかも国王付きの騎士って高給取りやから、湯水の如く使っても懐痛まないっていうチートっぷり。
……今まで、お金を使いたいって思ったことの無いクルーレさんは、産まれてくる我が子にプレゼント出来るのが本当に嬉しいみたいです。
そこんところに少し、絆されるんやけど。
しかし、今後家計を預かる妻としてはなんでも買い与える精神は、問題ありです。
今はお城勤めやけど、将来的にはクルーレさんの実家近くに引っ越して、実家の果樹園手伝いながらのんびり暮らそうと思ってる私としては、問題ありです。
何かあった時、始める時。
貯金は、大事なんです!!!
「クルーレさん!」
「……ん?どうしました、美津?」
頬を桃色に染めて、にっこりと微笑む私の旦那様は、私に褒めて!って言って欲しそうな顔を向けてくる。耳もピコピコ。
にこにこ笑顔が、すっげぇ眩しい。
「…………む、無駄遣いは、駄目ですよ?」
「はい、勿論!」
こうして、明日も絵本が増えてしまう。ぐすん。
……心の底から否定出来たら良いんやけど。
私も、八割くらい喜んじゃってるから、まあ、無理か。
「……美津の良い子たる所以は、『私の分はプレゼント無いんか』って文句も嫉妬もせえへん所やな。うん。」
「……美津様は女性が好みそうな装飾品の類も、あまりお好きじゃないですものね。オススメしても、あまり気乗りしないと言うか。渋るというか。……本の類だと、問題ないのですね?」
「そうやなー。確かに本や漫画以外の物には、美津あんま執着無いと思うわ。……化粧嫌いの私でも、若い頃は指輪とかネックレスしててんけどなー。見た目は私やのに、中身はホンマ、おとん似やなー。楽しみが減ってもうた。ちぇっ。」
「…………女は着飾るのも仕事ですわ。配偶者が居るのなら、なおの事。」
「……アクセサリーがゴテゴテしすぎの奥さん連れ歩くのもどうかと思うけどなー。ほら、クルちゃんもさっさとご飯食べ!片付け出来へんやろ!姫様が!」
「そうですわ。美津様も貴方を待ってまだ食べていないのですから。早く席にお付きなさい。明日の朝の仕込みもせねばなりませんから。姫が。」
「ゔうぅ……二人の言い方が腹立たしいですわ。」
「頑張れー雑用ー。」
「きぃ〜!!!」
お母ちゃんのとどめの一言に、お姫様の悔しげな声が響く。
お姫様が食器を洗いながら(魔法無し)皆と掛け合うのも、定番になりつつある。正直、見てておもろい。
最近やっと、シャリティアさんに鍛えられたおかげで掃除洗濯が出来るようになってきたお姫様。
しかも、私が何か片付けようとすると「妊婦は大人しくしてれば良いのですわ!」って叫びながら奪っていくくらい、頑張ってる。
……いや、もう妊娠三ヶ月くらいやで?私、悪阻もそんな酷く無くておやつもご飯もモリモリ食べれるし。
……たまたま吐くところ目撃されて、クルーレさんが泣きながら私の背中撫でてた時もあったけど。トイレ掃除しに来たお姫様、顔真っ青にして見てたけど。
……いやほんま、最初の頃だけやからっ!
今の自覚症状、月経無いくらいしかおもいつかないくらい、普段通りやから!
おかんもおとんの方の家の人達も、初産でも元気な人が多かったって話めっちゃされてたし。
まあ……王妃様が、お姫様を産んでそのまま亡くなっているから、妊婦相手に何か思うところがあるのだろう、とシャリティアさんが言っていたので。
しばらく、お姫様に甘える事にしてます。
そんな事を思い出しながら、本日の夕食である野菜がたっぷり入ったミートスパゲティを頬張る。
うん、美味しい。
お姫様の練習用に、まずは茹でるだけ、炊くだけで出来るメニューをお試し中なんですが、何とか形になって来たみたい。
味付けは、まだ私かお姉様のチェックが入りますが、何とか食べられるものは作れるようになりました。
……ジャガイモ茹でてる間に掃除してて、忘れた鍋を焦がしそうになった事は、ありましたが。
お姉様は、キレてました。こわかったです。
「……ごめんね、美津。今日も鏡にならなかったの。」
テーブルの上でマフィン(美津作)を食べながら、ポツリと呟く女神様の頭を、私は大丈夫と言いながら撫でた。
女神様は瘴気浄化の為に、自分の本体を封印してしまったから魔力量が大幅に減ってしまっていて、家族と異世界を繋ぐ鏡にもその影響が出ているらしい。
分身体では細かい事が分からないらしく、繋がったらすぐに分かる様にと、現在、腕輪に変化している鏡は女神様が所持している。
フラフープするみたいに、腕輪に身体通す妖精姿の可愛さにはキュンと来る。……そのせいで、クルーレさんが余計に女神様目の敵にする様になってもうて。
女神様、マジごめん。
「まあ、気長に待つよ。だから気にせんとそれ全部食べや?」
「……うん。ごめ、……。」
「ん?どしたん?」
口を開けた状態で停止したまま動かない女神様に、私とクルーレさんは見つめ合う。
数分経っても動かず、……私とクルーレさんが指でつついても、動かない。お地蔵さんの様に。
「……ホンマにどないしたんや?」
「……まさか、本体に何かあったのか?」
女神の山に封印された本体は、今でも火口から丸見えになっている状態。
なので、今はミスティー、リアーズ共同で警備の兵を二十四時間体制で配置している。
「姉上、殿下に報告を。」
「分かったわ。……貴方は美津様達の護衛と、女神様の監視を続けなさい。」
「はい。」
「みーちーこーっ!!!」
クルーレさんの返事とかっと目を見開いた女神様の雄叫びが、同時でした。
「うわっなんやねん!」
「ちょっと、私と手を繋ぐの!」
そう言っておかんに突進していった女神様が、おかんの両手を掴み少し沈黙。すると、腕輪がキラキラと輝いて……ぽふん、と音を立てて、鏡に変化した。




