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聖女の隣国訪問[女神の愛子について]



私の顔色を見て、ピーター様は椅子を勧めてくれた。どの部分にショックを受けたのか正しく理解してくれたようだった。


「黒騎士様は、本当に聖女様を愛しているのですね。」

「……………………。」

「残酷かもしれませんが、可能性はあります。しかしもう一つ、これは今までの招かれた方達の話であって、今居る彼女の話では無い、という事も忘れてはいけません。」


私が視線を向けると、ピーター様は微笑んでくれた。


「聞かせた私に言われたくはないでしょうが、文献だけが正しい訳ではありません。(まじな)いを受けた者はいつも夢見心地な雰囲気で魔力の持ち主、供給者の側を離れるのさえ恐れ怯えていたと言われています。しかし先程の彼女はその様に見えませんでした。……私などより、聖女様の事を知っている貴方達から見た彼女が()()()姿()なのだと思います。まずは、貴方の身体を心配しましょう。」


ピーター様の言葉に救われるのと同時に疑問が湧く。何故私の身体が出てくる?


「前提として、この(まじな)いが施されていると仮定しての話なのですが。この(まじな)いは半永久的に続ける為膨大な魔力が必要なのです。この魔力は対象となった黒髪、黒目の者から供給され続けるので慢性的な魔力不足になります。本来なら眠れば回復するものが、数年、長くて十年近くの時が経つにつれて追いつかなくなる。最終的には命を削る事になります。」


今回の異常なまでに早い瘴気の吸収。

ピーター様の心配も納得と言える。何か不測の事態が起これば私が死ぬ、という可能性もあったかもしれない、と。

私の身を案じてくれていたのだ。


「本当に、何か症状はありませんか?どんな事でも構いません。確認さえ取れたなら、彼女には(まじな)いが施されていない証明にもなります。」


……そう言われても、本当に思い付かない。


「私は、聖女様にお会いしてから疲れを感じた事はありません。むしろ有り余って困るほどで……。」

「……そこを詳しく。」

「えー、と。聖女様は此方に来た時、死に繋がるような大怪我を負っていました。私はご覧の通り魔力が多く、騎士として体力にも自信がありましたので寝ずに治療を続けていました。その時も、私は眠気も……そう言えば食もあまり必要とせずにお側に居たと思います。」


美津様の目覚めるまでの数日、姉上が差し入れてくれたものにもあまり手を付けず、水分だけ取っていたような?


多少の無理なら、魔力が多い者達は己の魔力を身体の維持に使えるからと気にしなかった。


確かにあれだけの大怪我を昼夜問わず癒していれば流石の私も、もう少しは疲れるはずなのでは?


「………………黒騎士様。ちょっと此方に。」

「はい?」



何か思い当たったのか、ピーター様は私を連れて初めてお会いした執務室まで戻って来た。

壁一面の本棚からアレでもないコレでもないといじくりまわし、最後、何か納得の面持ちで一冊の古い本を持って戻ってきた。


「このページ。この絵姿を見てください。」


見せられたのは女神に関する伝承など、私達のなんとなく知っている知識が細かい描写で書かれている歴史書だった。


開いたページの左には細かく書かれた説明文。

そしてページの右には女神の肖像画として描かれた女性の絵姿。



その顔に、見覚えがあった。


なんせ、毎日鏡に映るのだ。



「………わ、私?」


肖像画の顔は、恐ろしい程私に良く似ていた。


細かく書かれた説明文に、女神は波打つ長い黒髪で、黒に赤を落としたような美しい蘇芳色(すおういろ)の瞳を持っていた、と記されている。


私は背中の中程まである髪を一つに纏めているが、癖もなく真っ直ぐだった。それを差し引いても似ている。親子と呼べるくらい。


「……やはり貴方は女神の愛子(いとしご)だったのですね。」

「………いとしご?」

「………世間一般では魔力の強い者は髪や瞳が色濃いなどと誤解してますが、実際は()()()()()()()()()()()なんです。手でも足でも身体でも。何処かしらが女神と似ていれば魔力は強いのです。特に黒髪、黒に見える紅眼、…そして、その女神に似た麗しい相貌。女神の愛が強い証と言われ、愛子(いとしご)と呼ばれます。」

「そんな話、私は聞いた事もありませんよ!?」

「申し訳ない。これは数代前のリアーズ国王が女神から言付けられた事。他言無用と命ぜられれば従わざるを得ませんでした。」

「どういう、事です?」

「『私の子が産まれたら、無事を確認しなさい。この顔を覚えなさい。色を覚えなさい。必ず私の子を愛し、尊重し、守りなさい。そうすればいずれ、私が病からお前達を救うわ。』……これが当時の王族に授けられた託宣です。私は、貴方が女神の言う愛子(いとしご)だと考え、今お話ししています。」

「意味が分からない。私が、そんな……それに病とは、」

「それは。………この世界は、もう立ち行かなくなっているのです。私の妻も、レオン様の奥方達も犠牲になっています。」


ピーター様は表情なく、しかし悲しげに言った。


「ここ数年の研究で、私達の口にする食料品や水、空気に含まれる瘴気が身体の中で一定量に達すると人々は著しく体力、免疫力が低下する事が分かりました。これは子供や体の弱い者に多く見られ、特に子供を産んだ後の母親は如実に現れます。具合を悪くしそのまま亡くなる事が近年増えています。」


この言葉に、それまで父と共にドラゴンに跨り空の散歩をしていたと話していた母を思い出した。


私の記憶にある母はいつもベットの上で、ずっと臥せっていたのに。


健康だった母がベットから起き上がらない日が増えたのは私が産まれてからだな、と。


気付いてしまった。



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