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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
降り続く六月の雨に、花は散る――
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降り続ける六月の雨に、花は散る―― 11


     9


 重く黒い六月の雨の中、私は天羽邸を訪れた。

 傘の代わりに〝魔女の杖〟たるヤイバを手にして。

 今日こそは――そう、心を決めて。


 私はひとの想いをカタチ造る記憶を刈り取る〝魔女〟だから。

 母を亡くしたあの日、ココロに決めた事だから。

 もう、降りられない。

 もう、止める事は出来ない。

 この一年の間に、私は既に多くのひとの想いを刈り取ってきたのだから。

 その事に言い訳なんか出来ない。いや、してはいけないのだ。


 ――自分のしてきた事は、きっと正しい事ではないから。


 この【セカイ】での正しさなんて、私には分からない。

 何が正しいなんて知らない。

 それでもひとのココロを刈り取る度に、手にしたヤイバを振う度に、言いようのないオモイを感じてきた。

 イタイ、とすら感じた。

 それが自分の中にわかだまって、心を重くしていく。心を鈍くしていく。

 形の無いオモイが、私の心を押し潰そうとする。

 いっそ、潰されてしまえばいいのかもしれない。

 何も、感じなくなればいいのかもしれない。

 そうすれば、こんな想いをする事だって無くなるに違いないから。

 きっと、彼の――殻木田くんの事だって。

 いや、もしそんな私だったら彼は出会った頃に、私に笑い掛けてくれただろうか?

 心迷う。

 それも、今日で――


 天羽邸の庭先から彼女の、天羽桜の様子を窺う。

 天羽桜は家の軒下で絵を描いていた。

 淡い色の桜の花の絵を。

 彼女が筆を置く。


 絵を――最後の絵を描き終えたのだろうか?


 雨に濡れて鬱陶しく張り付く髪を払いながら、彼女に近づいていく。

 絵を描き終えてから、彼女は静かに目を閉じていた。

 ヤイバを振り上げる、そんな彼女に向かって。

 この間のように身体が、手が震え始める。

 心を殺す。必死に押し殺す。

 振り下ろそうとして、彼女を見つめ続けている内に私は気が付いた。

 絵を描き終えた彼女は、殆ど息をしていなかった。


 彼女の――天羽桜の生が今、終ろうとしていた。

 ただ事を成した、その後に。


 そんな彼女の、静かな最後さえ私は――刈り取ろうというのか?


 押し殺した筈のココロがザワメキ出す。

 止めろ、ヤメロ、やめろ、ヤメロ――

 ――ウルサイ!

 心が揺れる。

 〝魔女〟としての自分と、〝人〟として自分の境で。

 瞼を頬を流れる滴が伝う。


 ――それでも、ヤイバを振り下ろそうとした。


 その時、彼女が微かに目を開けてこちらを見て、手を伸ばした。

 小さな子どももあやすように、優しく微笑んで。

 そして、そのまま体勢を崩して地面に倒れ込んだ。

 「あ……」

 私はヤイバを降ろして、彼女の様子を覗き見る。


 天羽桜は、息絶えていた。


 「ああ……」

 強く降り続く雨の中で溜息を吐いた。

 終わった。終わってしまった。

 全てはただ、曖昧なまま私が手を下す前に。

 その事に、安堵もした。

 けれど、とも思う。


 変わらない、何も変わらない。

 私が天羽桜を理不尽な力で刈り取ろうとした事実は。

 最後まで優しく、強かった彼女を傷付けようとした事実は。


 季節外れの桜の花が散る。

 魔法の源であった人物を失って。

 雨に降られて、地面に堕ちていく。


 「……先輩?」


 声が聞こえた。

 その声はずっと望んでいたもの。

 ずっと、会いたいと思っていたひとのもの。

 わたしの、わたしの一番、大切な――


 ――だとしても〝今〟は一番会いたくなかった。


 こんな、私を見ないで欲しかった。

 こんな、私を知って欲しくなかった。


 振り返れば、私と同じように雨に濡れた殻木田くんがいた。

 ここまで走って来たのか、彼は荒い息を吐いていた。

 ヤイバを握る私の傍には、倒れ込む天羽桜の姿。


 ああ――


 もう一度、溜息を吐く。

 本当に最悪だ。

 でも、何でだろう?

 何となくこんな日が、こんな時がいつか訪れるような気がしていたのは。


 地面に堕ちた淡い桜色の花が汚れて、穢れていく。


     ◇


 雨が――降り続いている。


 冷たい滴が、六月に咲いた季節外れの桜の花びらを散らしていく。


 青空の見えない灰色の厚い雲の下で、雨に濡れた制服姿の先輩が立ち尽くしていた。艶やかな長い黒髪も、重く湿り気を帯びていた。

 手には見慣れた不可思議な青白い刃。

 足元には、うつ伏せに倒れた天羽さんの姿がある。

 見えた横顔――穏やかに目を閉じた顔付きには生気が感じられなかった。


 「……せん…ぱい」


 まさか、と思った。


 先輩は――その天羽さんの命を奪ったというのか?


 疑惑を必死に振り払う。

 そんな筈が無いじゃないか。

 俺は知っている、先輩の笑顔も可愛らしさも。

 彼女の戸惑いも。

 それから大切なひとを亡くした悲しい過去の事を、押し隠している事も。


 そんなひとが――誰かの命を奪ったりするだろうか?


 「先輩……」


 呼びかける。

 振り返る先輩。相貌が俺を捉える。物憂げな瞳はやはり崩れない。

 彼女は何も答えない。何も答えてはくれない。


 冷たい雨が、容赦なく俺達の身体に降り注ぐ。

 雨に濡れるふたり。


 どうして先輩は、何も言ってはくれないんだろうか。


 何か言ってくれれば、きっと言葉を掛けてあげられるのに。返す事ができるのに。それなのに――


 「からきた…くん……」


 彼女が俺の名前を呼んで、ただ俺を見つめ続ける。

 降り続く滴が頬を伝って、落ちていく。


 その様がまるで俺には、泣いているように見えた。



 暫く雨の中で立ち竦んだ後にもう一度、呼びかけた。

 「せんぱい…何か言って下さい……」

 けれど彼女は、首を横に振る。

 それが何に対する否定なのか分からなかった。


 天羽さんを――手に掛けた事に対する肯定なのか?

 あるいは、その否定なのか?

 それとも。

 分からない。何も答えてくれない先輩の事が分からない。

 そこには俺の知らない彼女がいる。


 彼女は何も言わない。

 それは彼女が、魔女だからだろうか?


 彼女は魔女だった――ひとの理から外れた存在だった。


 だから、命すら刈り取ったというのか。


 俺は何か言って欲しかった。

 何でも良かった。

 否定の言葉でも、肯定の言葉でも、謝罪でも、雑言でも、悲哀でも。

 何かを言ってくれれば、抱きしめる事が出来るのに。

 例え、彼女が何者であろうと抱き締めたのに。

 俺自身の先輩への想いと一緒に。


 降り続く六月の雨に、花は散る――散って汚れ、穢されて、流れ逝く。


すいません。今回は時間が掛かりました。

しかし、いよいよ冒頭へと至りました。


この章も後、四話で終了です。

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