深夜の追憶
エンヴィーの手を借りて首都ベヨシュタットに侵入することになった俺達だが――
『まさかこういう手段で侵入とは……俺達もまだまだ警備が手薄だってことを痛感させられるな』
「ええ。まさか夜風に透明となって紛れるなんて想像できませんでした。普通ならまずただの風に探知スキルを使おうなんて思いもしませんからね」
俺達は今まさに、風になって夜の首都を駆け抜けていた。街ゆく人々の目線など向けられる事も無く、夜風になびいて突き進んでゆく。
「まさか夜限定で風になる隠密スキルがあるなんて、想像できませんでした」
それは俺も同感だった。四鬼噛流にもここまでチート染みたスキルは無かったはずだが……。
『……そろそろ到着か』
城門前には二人の番兵がいる。もちろん俺はそいつ等とも顔見知りで時々話もする中でもあるが、今は奴等も任を遂行しなければならない身として、俺達の前に立ちふさがる事になるかもしれない。
『すまないが、通らせてもらう』
俺は聞こえるはずの無い言葉をこぼしながら、城門を飛び越えて城の内部へと侵入を図る事となった。
「しかし、どこから入りましょうか。正面の門は不自然に空くはずもありませんし」
『……最初の抜け道を使いますか』
「あれですか? あれはいざという時の脱出用では?」
『あの道は剣王と俺達《無礼奴》しか知らない抜け道。ならば誰も警戒するはずもないと思いますが』
「確かにそれは一理あります」
意見が合致した俺達は、城の敷地内にあるバラ園の方へと向かって行くことにした。
◆◆◆
――昔も今も、剣王は何故か花を大切にしていた。
まあ、NPCに何を設定しようがゲーム側の勝手だと言ってしまえば全て終わる話なのだが、それでも剣を扱う屈強な大男には似合わない設定だと常々思っていた。
ある日ふと俺は気になって誰の手も借りずに一人で庭いじりをしている剣王に問いをぶつけた事がある。
『剣王は花が好きなのか?』と。回答はこうだった。
「俺達は殺伐とした世界に身を置いている。そんな中で野道にも戦場にも咲いている花は、人々に踏まれようが斬られようがたくましく育っている。俺はそんな逞しい国に、国民になってほしいという意味も込めて、こいつ等を育てているんだ」
なるほど、と俺は思った。そしてどんな逆境に置かれようが屈しない者こそが、剣王にとってあるべき理想なのだと理解した。
俺は一言良いことを学んだと礼を告げ、静かにその場を去っていった。
『そんなことがあってから、もう一年か……』
それまでは小さかった花壇も、立派な花園となっている。
『……俺は、こんなに強い国の主を相手に説得をしなければならないということか』
「改めて考えると、恐ろしい事です」
この国を強く、大きくして来たからこそ分かる強固さ。今から俺はその頂点に立つ者と改めて相対しなければならない。
『……武者震い、か』
気づけば失敗へのリスクを恐れてなのであろうか、右手が震えている。
『……だが進まなければ、何も変わらない』
俺は強く拳を握りしめ、花園の奥にある茂みの先にある地下への通路へと足を進めていった。
◆◆◆
『――そういえばここにつながっていたな』
「《殲滅し引き裂く剱》の円卓部屋ですね。剣王も憎いことをします」
『懐かしいな……』
「フフ、まだそんなに離れてはいないでしょうに」
だがすべてが懐かしい。しかしそろそろ急がねば、剣王の元に到着する前にスキルの効果が途切れてしまう。
『先を急ぎましょう』
「ええ」
ここから剣王の寝室は近い。全て後少しで決着する。
「…………」
「……やはり、少し恐れてしまいますか?」
『怖いさ。この話し合いで全てが決まるのだから』
俺は手を震わせながらもドアノブを掴み、そして静かに開いた。
そこには寝ているはずの剣王が――
「――やはり来たか、朋よ」
そこには椅子に腰かけたこの国の王が、重鎮な態度でもって俺を迎え入れてくれた。
「さあ、話を聞こうか。国から姿を消していた間、お前にどんな困難が降りかかっていたのか」
『……全て、お話ししましょう』




