己自身との戦い
「……どういうことだ?」
「どういうことだ、と……? 見たままの意味だ、ジョージ。理解しろ。把握しろ。掌握しろ。今や俺とお前、二人だけだ」
俺は確かにスヴェンと戦うために、相手を殲滅せしめんとするために籠釣瓶を抜いたはず。
「……そういうことか」
「――そういうことだ」
全て合点が一致した。つまり俺の目の前にいるのは籠釣瓶の内に秘められていた殺意の集合体。俺の肉体を支配しNPC化させようとしたものの正体ということか。
「……ならば、お前を斬れば俺の身体は元に戻るということか」
俺はそう言って腰元の刀に右手を添えようとしたが――
「……ッ!?」
「ククク…愚かな。刀を持てるはずがないだろう? 何故ならお前は今、この籠釣瓶しか持っていないからな」
そう言って俺の目の前にいる俺は堂々と腰元に挿げてある赫い刀を抜刀し、こちらへと向ける。
――辻斬り化による禍々しい気配が、殺気が俺を鋭く貫く。
「…………」
「どうした? あまりの状況に言葉も出ないか?」
まずいな……目の前の存在が自分と同じステータスであるとすれば、刀がある分向こうの方が圧倒的に上。
しかし刀を抜いたということは、四鬼噛流は使えない。あれは武器を持たぬ状態でしか発動できない、守るための流派だからだ。
「さて、お前がとる行動は唯一つ。四鬼噛流の空ろの構えで無様に逃げ惑うしかないわけだが……いつまでもつか、余興として遊んでやろう」
そう言って目の前の存在は縮地で一気に距離を詰め、俺の喉元へと刀を振るってきた。
「ッ!?」
相手に読まれた通り、俺は四鬼噛流・空ろの構えで回避せざるをえない。幸運にも辻斬り化の状態で刀を無風で振るう技など無いため、今のところはダメージを受けずに済んでいる。
「くっ……」
「どうしたぁ!? もっと殺しに来てもいいんだぜ!?」
とはいえ一撃一撃が抜刀法・死式となれば、当たれば即死な事には変わりはない。
ジリ貧すぎる状況の中、敵は更に調子づいたように苛烈な連撃を重ねていく――
「――ッ!?」
「おっとぉ、今のはだいぶ危なかったなお前。あと数ミリで頸動脈ぶった斬っていたところだったんだが……」
喉のすぐ横を貫かれ、被っていたフードが外される。
「その焦燥に駆られた顔も、すぐに楽になるさ。俺の手によって……お前自身に潜む人斬りの手によってなぁ!」
「……黙れ」
「おやぁ? 随分とふざけた言葉が出てきたようだが……気でも狂ったか?」
「貴様は……俺を知っているようで何も知らないようだな……」
俺が人斬りだと? 確かに過去にそんな時もあったし、今でも時々人斬りの名を語る時はある。
だが俺の本質が人斬りだと誰が決めた?
「……俺は、弱い」
「何を言い出すかと思えば、本当に狂っちまったか?」
「俺は弱い。だからこそ生きる力を、守る力を得てきた」
それを今から見せてやろう――
「――色即是空、空即是色――」
俺は腰元にあるはずの無い刀を、空を掴む。そして勢いよく空を抜刀し、不可視の刀を顕現させる。
「……おいおい、どういうことだ」
「有は無へと還り、無から有が生まれる」
俺の右手には見えないものの、確かに刀が握られている。
「そんな技知らねぇぞ! お前は一体――」
「知っておくがいい。殺意だけでは到達できない領域を――」
抜刀法・神滅式――
「――滅我蓮喰刃」
「ば――」
ば、馬鹿な――
私を滅し、我を統治する。自分をむしばむ籠釣瓶を、殺意を、消し去る一閃を以て訣別の一撃とす。
「……俺は弱い……だからこそ強い」
「り、理解できねぇ……」
「……殺意の身に突き動かされている間は、何も理解できないだろう」
俺は横一線に両断された自分を見下しながらそういうと、倒れている自分はただ息を漏らすかのように笑い、その場に一振りの刀を残して消えていく。
「――だったら、俺にその《殺意を上回る強さ》を見せてみろ……強さを見せてくれる限り、俺はお前に力を貸してやる」
「……礼を言おう、籠釣瓶」
そこから先、俺の意識は再び失われていくこととなった――




