決死の決意
「先発隊として向かった《魔剣同好会》の報告によると、とてつもなく迷う以外に特に人の気配など無いようだとのことだが……」
「この度はグスタフ殿を加えた《鋼鉄の騎士団》での探索任務ができることを、誇りに思います」
木の上から探索を開始する面々を見下ろしながら、俺は少し冷や汗をかいた。
――これは、面倒なことになってきたな……。
『《鋼鉄の騎士団》……それにグスタフさんがいるとは』
《殲滅し引き裂く剱》の一角を担う大男が、俺達の領域に侵入を開始している。
あの男は一筋縄ではいかない。荒れ地での戦闘を得意とするところから、こういった入り組んだ森での探索が不得意というわけではないだろう。
「主様、どうされますか……?」
『……俺個人としては、分断させたいところだ』
グスタフさんだけでも、何とか説得できないものか。
「では、どういった手配を……」
『そうだな……リーニャとお前に、一芝居うってもらうしかなさそうだ』
俺は幻魔であるラストと、亜人であるリーニャを呼んでとある作戦に出ることに。
『……上手くいくといいが』
◆◆◆
(※ここから三人称視点です)
「――ん?」
森の異変に気がついたのは、細身の眼鏡の男――今となってはグスタフの後をついで《鋼鉄の騎士団》をまとめる男、ヴェイルだった。
「……グスタフ殿」
「分かっている」
そしてヴェイルよりも早く気づいていたのは元《鋼鉄の騎士団》団長、そして現《殲滅し引き裂く剱》の一員であるグスタフである。
「……誰だッ!!」
グスタフが振り向き吼えた方角の茂みが揺れる。一団は皆武器を構え、茂みを揺らすものの正体を見定めようと身構える。
誰もが敵対する存在だと警戒を強めていた。しかし――
「ムゥッ!?」
「……た……すけ、て……お……ねが……」
ボロボロの白いマフラー。褐色の肌に紅のペイントが塗りたくられ、不気味に映える。
「エルフ族……?」
「亜人か……やはり……だがこれは……うっ!?」
よく見れば亜人の下半身が無い。というより、削り取られている。
血濡れたエルフが這った後には血のカーペットが敷かれ、その場における不気味さと今起きていることの危険度を大きく知らせている。
「助けて……バ、ケモノが……」
「何ッ!?」
エルフの後を追って、地鳴りのような足音が響き渡る。
森の茂みはより一層大きく震え、大地はその者の接近に恐怖し揺れる。
「…グギギッギギギッギギギィ!! ……ギサマラ……ウマソウダナ……」
その姿は異形そのもの――
口元からはいくつもの触手を生やし、イカのような頭部にぎょろりとした目玉。胴体に手足がありながらトカゲの様に這う姿はまさしく異形。
「何だこいつは!?」
「……ニンゲン……スキダナ……ニクノアジガァ!!」
異形が吼えると共に、一団に恐怖の心が植えつけられる。
「な、何でこんなものが!?」
「ウマソウダ……グギッギガッギッギギギギギッガアッギギガガガガ!!」
もはやギリギリの所でしか言葉が理解できず、明らかに対話が不可能な存在が目の前にいる。
「お前達! ここはそれがしに任せて撤退せよ!!」
「なっ!? グスタフ殿を置いてはいけません!!」
ヴェイルは大斧を構えてその場に残る姿勢を見せるが、グスタフはそれに対し大声を上げて一喝する。
「ここで全滅すれば、誰が剣王に報告をする!? それがしが時間を稼ぐ間にいち早く逃げるのだ!!」
グスタフの言葉に、一切の曇りなし。ヴェイルは黙って斧を直し、軍団に指示を飛ばす。
「これより我々は撤退戦に移行する!! しんがりをグスタフ殿に任せている間、一人でも多く撤退するのだ!!」
ヴェイルの苦肉の決断に一同は静かに頷く。中には涙を流す者もいたが、だからと言って残る訳にはいかない。
元団長の意思を、継がねばならない。
「撤退だ!!」
グスタフはヴェイルの言葉にただ一言「頼んだぞ」と言って背を向け、改めて目の前の存在と対峙をする。
「さあ、それがし《殲滅し引き裂く剱》の切り込み隊長! 《岩窟王》グスタフが相手だ!! かかってくるがいい!!」
異形のものは軍団が去り、グスタフが完全に戦う姿勢を見るなり標的を絞る。
「グググ、グオオオオオオオオァ!!」
「ぬあああああああああああああァッ!!」
異形のカギ爪と戦斧ゴウライが交わろうとした瞬間――
『ハイ、迫真の演技お疲れ様でしたー』
グスタフのすぐ後ろの方から、パチパチという拍手とともに声が聞こえる。
「何奴ッ――ってそんな……」
『グスタフさん、これでようやく一対一で話ができる』
真っ黒なロングコートに目深なフード。その蒼で縁取られたコートを着ているのは刀王、ジョージ。
「……どういうことか、話を聞こう」
『ああ。俺の方も、聞きたいことが山ほどあるからな』




