秘密の村
『――それにしても、厄介ごとを持ち込んで来てすまない』
「まさか! ジョージさんならばいつでも受け入れられますよ!」
見張り番の一人であるリーニャから連れられ、俺達は無事に森の奥深くに隠されているエルフの村へとたどり着くことができた。
俺達はまず村人が集まる集会所へと足を運び、夜でも起きていてここに集まれる者だけでも集められないかとリーニャに告げた。
リーニャは集会所の暖炉に火をともしながら、俺の頼みに対し二つ返事で了承してくれた。リーニャは先に到着していたサラスタシア卿や他の亜人たちが既に眠っていることを俺に告げると、他の村人を集めるために外へと出て行った。
それからしばらくすると、リーニャが引き連れてきた大勢のエルフ族の女性が集会所へと集まった。
『受け入れについては本当にありがたい。だが――』
――そして現在に至るワケだがだが……お前達そろいもそろって密着しすぎだ。こっちは椅子に座っているんだからお前達も元の位置に戻ってくれよ。
深夜だというのに俺が来たと分かるなり集まって来てくれたのは嬉しいが、これは流石におかしいだろ。
何が嬉しくてエルフ族の広い集会所で、こんなに俺の周りに密集する必要があるってんだ。
『とにかくお前達少し離れてくれ。身動きがまともに取れん』
椅子の背もたれの後ろにエルフ、俺の両腕をうやうやしく握っているのもエルフ。そして椅子に座っている俺の膝の上で小さいエルフの少女二人がこちらの顔を覗き込んでくるなんて、俺としても色々と気が散るから。こっちは真面目な話をしに来たっていうのに。
「で、ですがこれはエルフ族の友好を示すもので――」
「ケッ、羽虫が主様の威光にたかっている様にしか見えませんわ」
「ずるいよー! 私の入る隙間が無いじゃん!」
「だ、旦那ってあんなにモテているんだ……」
ラストの機嫌がどんどん悪くなっていっているのもマズイ。更にワケありではあるもののここの村にはエルフ族は女性しかいない上、そいつらが密接にボディータッチして引っ付いているとあっては、俺は俺で気が気でならない。
それにまだ一番の問題児であるあの女が来ていないうちにこの包囲網を解除しなければ、なおさらことは面倒に。
『とにかく離れてくれ! お前達が慕ってくれているのは分かったから!』
「……分かりました、ジョージさんがそういうなら」
エルフ族の女性たちは名残惜しく離れていくが、俺としてはやっと一息つけることである。
「全く、主様も甘いのです! こんなに羽虫にたかられるなんて――」
『ラスト、失礼なことを言うな』
「ですが――」
俺は少し強めの言葉で、ラストの言いぐさを咎める。
『俺達をかくまってくれているというのに、失礼だと言っている』
「……申し訳ありません。出過ぎた言葉でした」
ラストは深々と頭を下げたが、それは俺にではなくエルフたちに向けるべきだと思うが。
『……とにかく事は一刻を急ぐ。もしかしたらここも安全とはいえないかもしれな――』
「ジョージじゃん!! マジかよ来てたのならもっと早く教えてくれよ!!」
集会所のドアが勢いよく開かれると同時に、俺は椅子の上で頭を抱えた。
『……よりによってこのタイミング? マジで?』
「会いたかったぜジョージ!! マジで!」
ドアの前から超特急で走ってくるのは、ラストばりに身体の部分的な成長が著しい、金髪の長髪もさもさ髪のエルフ。
「ちょー嬉しい! いつぶりだっけ!?」
そして彼女も例外なく座っている俺に横から飛び付き、そして頬に舌を這わせそのままぺろりと俺の耳を舐めてきた。
「やっべぇまじ嬉しい! あー、日々の疲れが癒されるー」
やめろ胸が顔にもろに当たってる! 俺の顔埋まってるから!
「な、ななな、なんだこの金髪無礼下郎は!? 一体主様の何なのだというのだ!?」
ラストも怒りのあまり口調がおかしくなっている。これはマジでマズイ。
姉はというとエルフのあまりの堂々としたアプローチに絶句しており、何も言えずにいる。
「いやー、ジョージがきてくれるだけであたしは救われるってもんだ」
『お前が救われたのならもういいだろ。とっとと離れろ』
「やーだ」
『頼むから離れてください』
「えぇー……分かった! ジョージがちゅーしてくれるなら――」
「サッサと離れんかぁ!!」
ラストが力任せに金髪のエルフを離したところで、ようやく事態は収拾される。
「ちぇー、なんだよケチな女だな」
「黙れ!! 私の主様になんてことを――」
『もういい加減話を進めていいですか?』
俺が半ば強引に話を進めることで、ラストとエルフとの衝突を避けることに。
『ペルーダも少しは落ち着け。しばらく俺はここに滞在することになるから』
「マジで!? やった!」
金髪のエルフに俺はそういったが、ペルーダは飛び跳ねて喜びなおさらに落ち着きなさそうにしている。
『……お前達亜人に、そして俺とサラスタシア卿に危機が迫っている』
「といわれますと?」
『……この国で亜人を糾弾する奴等が、本格的に動き始めた』
俺はエルフ族の皆の前で、ジョニーからの情報も加えて今まであったことの顛末を全て伝えた。
まずこの国から亜人が消えて行っているのは、一部の貴族がワノクニへと売り飛ばしているからだということ。そして俺のような亜人の擁護についていた者も、同時にワノクニの奴隷競売にかけられていたこと。そして今、俺達の首が危ういこと。それらを全てエルフ族の皆の前で話した。
「……ひどいです」
『ああ。あり得ないことだが、そういう事だ』
「……私達、どこまでいっても危険にさらされるんですね」
一度従属から抜け出た身である彼女たちからすれば、これほどに恐怖心をあおる話など無いだろう。
『ここのことは誰にも話していない。俺も、サラスタシア卿も。そしてここはベヨシュタットでも立ち入る事は危険とされているよう指定された区域だ。そうそうに捜索の手は伸びてこないと思いたいが……』
その立ち入り禁止に指定するよう進言したのが俺とサラスタシア卿だからなー……敵からすれば怪しんで当然なんだよなぁ。
「私達はどうすれば……」
『とにかく俺と後ろにいる二人、そしてジョニーがいる分ここの村周囲の防衛はできるはずだ』
「主様、ここに滞在するということは――」
『ここが本当に正体不明の危険区域なのだと相手に本当に思わせる。しばらくは自国の人間を追い出すか、殺すことになるかもしれない』
正直賭けだ。ここを根城にしているのが俺達だとばれた途端、相手側は俺達が裏切ったのだと思いこんで本格的な軍隊を送り込む可能性がある。
そしてそれは、図らずも《殲滅し引き裂く剱》とも戦う事になるかもしれない。
『できるだけ追い出すことを優先し、最悪の手段として抹消を考える……ここからは、厳しい戦いになる』
今のところはまだ魔の手は伸びていないものの、まずは相手の捜索の手を全て回避し、そして今度はこちらから隠密して首都に入らなければならない。
『……考えれば考えるほど難しいな』
改めて羅列して考えるとなると難し過ぎる。王という地位を与えられてはいるものの、処刑されるはずだった者を二人抱えて堂々と国に戻る事は出来ない。
仮に戻れたとしても、剣王は俺を信用してくれるだろうが、元老院にマダム・グロリアの息がかかっている貴族がどれだけいるのか。元老院の奴等が裏工作を全くしてこないという考えは有り得ない。
「……チッ」
俺は頭を抱え、眉間にしわを寄せた。皆の信頼を得ていた王から一転、ありもしない容疑をかけられる身となるとは。
マダム・グロリアめ……必ず殺す。
『……今日のところは敵も来ていないようだな。ラスト、念の為これから広範囲の【敵探知】をしておいてくれ。一人でも見つけ次第、潰す』
「承知しました」
『姉さんは……弾丸がいくつ残っているんだ?』
「んー、後五十一発かな」
『これは温存しておこう。ここのエルフ族には魔法があるから、遠距離でしかも攻撃速度の速い弾丸は取っておいて損はない』
「りょうかーい」
『後は……そうだな』
――寝てLPを回復しておくか。




