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甘言

 ジョニーを地下牢に残したまま、俺は更にシロガネたちと別れて上へと向かう。敵の大将の意図は掴めないものの、俺達はまだ少なくともすぐに死なずにすんでいるらしい。


「…………」


 普段はフードで隠しているはずの顔をさらけ出すとなると、自分でも恥ずかしいものがある。


『……くっ』

「それにしても、暗王様がまさかこのような外部の者を招き入れるとは……少し理解に苦しむところがあるなぁ」


 それは呼ばれた本人が一番疑問に思っています。


『……なぁ、暗王様ってのはどんな奴なんだ?』

「どんな奴って……お前本人を前にした時にはそんな喋り方は止めておけよ」

『……留意しておこう』

「暗王様は……とても素晴らしいお方だ」


 ――嘘だな。


「…………」

「暗王様が治めるまで国内で混乱に陥っていたワノクニだったが、暗王様がその玉座につくにあたってあらゆる障害を排除し、この国を盤石なものとしてくれたんだ」

『……なるほどな』


 すっごいヤバそうな気がする。明らかに王様に異議申し立てした瞬間打ち首獄門的な何かを背景に感じるんだが。

 それに加えて城内の生気のない暗い雰囲気など、ベヨシュタットとはまるで正反対だ。


「……到着だ」


 和風の城内だが、明らかにスケールを間違えたような大きなふすま。丁度自分の目線と同じ高さに取っ手がつけられているということは、少なくともこれを利用する人間の背の高さは俺の二倍以上ということくらいは予想がつく。


「……頼むから、暗王様の前で粗相だけはするなよ」


 そしてこの前で止まるということは、こここそが暗王の間だということ。


『……善処しよう』


 鬼が出るか、蛇が出るか――というより、鬼しか出てきそうな予感がしないのだが。


「……暗王様! 刀王を連れて参りました!」


 俺をここまで連れてきた看守が、緊張のあまり上ずった声で中の者に対して伝える。すると中から静かに女性の声が漏れ出す。


「ようやくであるか? わらわにしては随分と待った方である、が?」


 艶やかでありながら高圧的な声。どうやら中にいる者は俺の予想通りの性格の持ち主らしい。


「も、申し訳ありません!! 道中行き違いなどがありまして、我々としても必死で――」

「もうよい、去れ」


 女性の指示に従い、看守は頭を下げ、後ろを振り向き、その場を立ち去ろうとした瞬間――


「――《斬リ切リ舞》」


 一瞬だった。だがこの太刀筋、否、風の刃を俺は確かに見切る事が出来た。

 先ほどまで閉じられていた巨大なふすまは丁度俺達の首のところで横一直線に切れ、そしてその幾先にあった看守の首が飛び、俺の首は飛ばなかったのがなによりの証拠だ。


『……くっ』


 それにしても何と横暴な王であろうか。そのツラを拝んでやりたいくらいだ。

 とはいっても、もはや俺と王の視界の間を阻む者など一つもないわけだが。


『……あんたが暗王か』

「ほう、そなたが刀王か。何とも小さきものよ」


 和服を着崩したような、遊女のような服装。艶やかな声を出すにふさわしい瑞々しい唇。他人を常に見下しているような怪しい雰囲気をかもしだす瞳。そして巨大で妙に色っぽい肢体。それら全てを持つのが俺の目の前にいる傾国の美女、暗王であった。


『それよりもふすま越しに殺そうとするとは、随分と物騒なものだな』


 さりげなく先ほどの斬撃で枷を切っておいたのが功を奏したのか、相手の暗王は俺の実力がそれなりのものだと考え、態度を少しばかりゆるめる。


「……ククク、気に入ったぞ人間。一応は王を名乗るだけはある」

『戯言はいい。単刀直入に、俺を呼び出した理由を聞こうか』


 俺は目の前の存在に少しばかり苛立っていた。

 暗王の背からは鴉のような羽が生えており、明らかにカラス天狗――つまり亜人だということは分かる。その亜人が、同じ虐げられているはずの亜人を競売にかけていることが俺は一番気に入らない。


「まあまあ、ちいとばかりわらわの話を着ても損はしまい」

「…………」


 天狗が持っているのは鉄扇。恐らくこれで先ほどの恐ろしい風刃を作り出したのだろう。

 対する俺はというと寝間着義のまま丸腰。下手に挑発して機嫌を損ねてもこちらが不利なだけ、か。


『……いいだろう。話を聞こう』

「ふむ、素直な者は嫌いではないぞ」


 暗王は気分を良くしているが、ここはグッと我慢して聞くしかあるまい。


「そちも薄々気づいておるじゃろうが、わらわはれっきとした天狗であり、そなたたちの言うところの亜人。して亜人がどうしてこのワノクニを統治できているか、という話をしよう」


 まあ、聞いて損はしないだろう。


「ここがまだワノクニとなる前、もともとはハンゾウという一人の男がこの集落を仕切っておった。しかしある時を境に、集落はハンゾウ派ともう一つの派閥に分かれ、集落内で対立が起きた。平穏に治めるための力を欲したハンゾウは集落を出て時折山へと入り、そしてわらわの元に弟子入りを果たした。まあハンゾウは味方の裏切りにあって志半ばで倒れ、わらわが遺志を継ぐ形でここにおるのだがな」

『……そうか』


 おおかたハンゾウはこの女にそそのかされた上に殺され、美味い所で取って代わられたのだろう。そして後は反乱分子を独自に抹消してまわり、今の独裁国家の誕生というワケか。


「……まるで今のそちと似ておらんか?」

『どういう意味だ』

「お主も国に裏切られた、といいたいのじゃ」


 俺は一瞬ハッとし、そして暗王はそれを見逃さなかった。


「――そちは、ベヨシュタットが憎くないか?」


 傾国の美女は一瞬で俺の背後に立ち、そして耳元でささやく。


「あの国を、お主の望む形へと変えたくないか?」

『……変えてどうするつもりだ』

「何も、わらわも今のベヨシュタットは気に入らんのでな。わらわの国に亜人の奴隷を押しつける貴族のいる汚れた国ではなく、お主のような清廉潔白としたものが君主の国と手を結びたいというておるのじゃ」

『清廉潔白という割には、自分でも矛盾していないか? お前達は亜人を奴隷として売り飛ばす市場役をかってでている』

「……それは違う」


 暗王は再び元の場所へと一瞬で戻り、そして鉄扇を開いて口元を隠す。しかし目元に潜む憤りを、いら立ちを隠すことはできずにいる。


「わらわの国は知っての通り弱い。特別ほかの大陸に強い後ろ盾がある訳でもない。だからこそ、汚い仕事でも仕方なく引き受けざるを得ないのじゃ」

『後ろ盾がないからこそ、強大で潔白なベヨシュタットを後ろ盾にしたい、と』

「そういう事じゃ」


 暗王はにっこりと笑ったが、俺はその前の暗王の怒る顔を忘れてはいない。あれは弱者が理不尽な強者に向ける怒りじゃなく、単なる汚いワガママだと俺は知っている。

 弱者の気持ちは自分でもわかっている。だからこそ、俺は目の前の強者の理不尽なわがままを許すことは出来ない。


「お主に頼むのは、ベヨシュタットの革命――」

『断る』


 今度は俺が、暗王の一瞬の表情の変化を見逃さなかった。


『あんたがもっと事前に下調べできていたなら、俺があんたの思い通りになる男じゃないって分かっていたかもな』


 まあ、かといってシロさんとかに言ってみても、途中まで従うふりをして効率よくこの国を逆にひっくり返すと思うがな。


「……そちはわらわの言っている意味が、自分の置かれている立場が理解できんのかえ?」

『丸腰の侍……だからどうした? 俺は別に刀が無くても戦える。あんたを相手に立ち回れる』


 いよいよ王を怒らせてしまったようだ。


「……もうよい。わらわの思い通りにならぬのならば――」


 暗王は一瞬で距離を詰め、俺の喉元へと鉄扇を振り抜き始める。

 だが俺は寸前に後ろに跳んで回避し、相手の出方を改めて伺う。


「――ここで死ぬがよい」


 交渉決裂。暗王が鉄扇を雅に構えれば、王対王の殺し合いの合図となった。



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