ハッタリ
『――さっさと前に出ろ。叩き斬ってやる』
そう言って俺は納刀してある刀に右手を添え、相手の出方をうかがう。俺は目の前の相手だけに集中し、全ての感覚を研ぎ澄ませて待っていた。
長々と戦いをするつもりはない。ゲーム上で互いに何度か戦ったことはあるものの、いざ実際に目の前にした状態で更にこちらの手札に制限がある今、長期戦になればなるほど装備の差でじり貧になるのは目に見えている。
「……とはいっても、攻撃範囲にわざわざ入るワケ無いでござる」
だが相手もそれを分かった上で、こちらの出方をじっと待っている。
互いに一歩も動けない状況の中、戦いの蚊帳の外ではもう一つの戦いが繰り広げられていた。
「蛇突伸芯掌!!」
「うわっと!? 腕が伸びた!?」
通常の徒手空拳の間合からは明らかに遠い所に、ジョニーの拳は届いている。鞭の様にしなり、蛇のように瞬時に放たれる拳を前に、苦無は苦虫をかみつぶすような表情を浮かべている。
「蟷螂鞭脚!」
カマキリの鎌のように脚を伸ばしての踵落とし。苦無は今までにない戦い方をする敵を前にして思わぬ苦戦を強いられていた。
『……一体どこの流派なんだ』
「余所見は無用!!」
『ッ! 危ない!?』
一瞬の隙だった。俺がジョニーの技に目を奪われていた隙に、シロガネは俺の懐にまで急接近をし、その小さな体躯を横へとねじらせている。
「風輪体術――《刹風迅》!!」
自らの身体を手裏剣に見立てた連続攻撃。シロガネは身体を独楽のように回転させ、クナイと忍者刀による斬撃をいくつも叩き込んできた。
『くっ――』
ギャリギャリとまるで回転鋸のように響き渡る音は、聞く者に不快感と不安感を植え付ける。
何とか刀の刃で攻撃を受け切るも、俺が今持っている刀のレアリティレベルは相手の得物より低い様で、見事に刃こぼれをおこしている。
『くっ、弱すぎるぞこの刀! 装飾ばかりで一切実用性が無い!』
「刀王とあろうものが、武器に文句でござるか」
『うるさい、こちとら脱獄の身なんだよ!』
期待外れといった様子でこちらを見るシロガネに対し、俺は無駄と分かっていながらも睨み返す。
「いくら凄もうが現時点では我が有利。お主がいくら吼えようと、子犬の鳴き声としか思えぬわ!」
何度も刃を重ねるたびに、次第に刀身は切断の用途には適さないなまくらへと変貌していく。
『クソッ、こんなものいらん!』
「自ら武器を捨てるとは、血迷ったか刀王!!」
武器を捨てた相手に介錯でもするつもりなのか、シロガネは無防備な俺に向かって突進し始める。
『――《四鬼噛流》・空ろの構え』
――しかしシロガネの攻撃は見事に俺がいた筈の空間を、空を切った。
「ッ!?」
『やはり、《四鬼噛流》を知らないか』
「なんだその流派は?」
流石のシロガネも知らない流派への対処法など分かるはずが無かった。というよりも、目の前で明らかに当たるはずの攻撃を避けられたことに対する理解ができていない様子である。
『いいからこい。全てかわしてやる』
「くっ……」
俺の挑発に乗せられるまま、シロガネは何度も武器を振るう。だが一度たりとも、俺の喉元に届くことはない。
「何故だ……!」
『それよりいいのか? そんなに技を出して』
TPが尽きるぞ。
「――ッ、乗せられていた!」
流派はTPをあまり必要とせず、更にいえばこの流派に限ってはTP消費がさらに少ない。むやみやたらに技を連発されようが、こちらがTP消費で負けることはまずない。
『どうする? まだ戦うか』
「無論、そのつもりだ!!」
強気でいうものの、ものの数分で形勢逆転とはライバルながら情けない。だが今のうちに更に相手を上回らなければ、精神面で押し通さなければ。
『――《四鬼噛流》・即ちの構え』
俺が回避と同時にだした前蹴りに、シロガネは見事に引っかかる。
「ぐはっ!?」
シロガネのLPにそこまでダメージはない。しかしこの状況においてそもそもダメージを受けた事自体は相手に対し大きなプレッシャーを与えることになる。
『次はもっと痛くしてやろう』
「……おのれ卑怯な!」
『卑怯も糞もあるか。俺は戦いに勝つための行動を行っているに過ぎない』
確かに俺の職業は侍だが、武士道というものは生憎持ち得ていない。
『俺の流派はひたすらに生き抜く流派。故に絶対防御の流派』
両手をポケットに突っ込んだ状態で、仁王立ちの状態で俺はそう言い放つ。威風堂々の姿を前に、シロガネは思わず後ずさりをしてしまう。
『どうした。早く仕掛けてこい』
「……この状況で仕掛けられる訳が無かろう」
まあ、当たり前だ。
そしてこの状況だからこそ言える言葉がある。
『……ハァ、互いに無意味だとは思わないか』
「何故だ」
『このままバカみたいにじり貧で死ぬより、取引をした方がマシじゃないかと言っている』
ギブ&テイクという訳ではないが、何とか話し合いの場にまで持ち込む。俺は最初からこれだけを目指していた。
「……ダメだ! 逃げ出した者とする取引など無い!」
『違う。俺は一つだけ知りたいだけだ』
「……何をだ」
『俺を、そして亜人たちをここに売ったベヨシュタットの貴族のことを』
「……知ってどうする。私は貴様等が祖国を裏切った者共だと聞いている」
『それは嘘だ』
俺は間髪入れずそう答えた。そしてシロガネがこぼした情報を、俺は皿に問いただす。
『……誰が言った。俺達が裏切っているというでまかせを』
「でまかせなどでは無い! 亜人の軍隊を作り出し、祖国に刃向かおうとしているのだと――」
「そんなはずはねぇ! 刀王は俺達亜人を国に受け入れてくれた恩人なだけだ!」
気がつくと隣の方でも戦闘は終わっていた様で、ぐるぐると目を回してダウンする苦無の姿と、シロガネの話を聞いて憤ったジョニーの姿が俺の目に映る。
「……話が違うぞ」
『それはこっちのセリフだ』
「…………ふむ」
シロガネは腕を組んで長考を始めた。自分が効いていた情報との食い違いに疑問を抱いたのだ。
普通なら脱獄犯の言い訳だと切って捨てられるのであろうが、そこは俺とシロガネの長い付き合い故か、一考の余地はあったようだ。
「……ついてこい」
『分かった』
「刀王の旦那、これは罠じゃ――」
『大丈夫だ。俺は奴の性格を知っている』
シロガネの義賊的な考え方もな。




