虚構の真実
虐殺公の正体、それはベヨシュタットにて《聖女》と呼ばれるほどに民への慈悲にあふれる貴族であるキャリカ=サラスタシア卿であった。
『まさか虐殺公の正体が聖女だったなんて、どういう冗談だ』
「あら? 別に私が自ら聖女を名乗ったつもりはないわ」
口元を隠して怪しげに笑う姿に、聖女の面影など無い。俺の目の前に立っているのは、愉快に笑う大量殺人犯ただ一人。
『……本当に悪い貴族だけを殺しているのだろうな』
「ええ。そこだけは《聖女》の名に懸けてもいいわ」
……皮肉なものだな。
『まあいいだろう。しかしどうやってここを探り当てた? それにラストは――』
「貴方のTMなら今、首都にある貴方の家で待機させられているわ」
『待機だと……?』
「ええ」
飛び出して追ってくるはずのあいつが、今回来ていない理由はそれか。
だがどうしてだ。俺のTMなのにどうして待機させられなければならない?
「今回突然あなたが行方不明になっていることに不信感を持つ人がいるってことだそうよ」
不信感も何も、俺は捕まえられてここにいるワケだが。
『……意味が分からない』
「でしょうね。でも先のキャストラインでの大戦で貴方とシロの強さを恐れだし、あまつさえ裏切られた場合どうするかを考えている人が、元老院の中にいるようよ。あの子も本来なら首都の監獄に拘束されるはずだったのを、私と《殲滅し引き裂く剱》のメンバーが反対したことで何とか自宅待機になっているわ」
「…………」
となると、あの青袖で暗躍している奴も関係してくるのか……そういえば俺以外にもベスやシロさんもかぎまわっているようだし、これは――
『……まあいいだろう。だがラストが大人しく留まっているかどうか――』
「あの子なら随分と殺気立っていたわよ。今にも首都を破壊しそうな勢いね」
『……止めてくれたんだろうな』
「ええ。私とシロで説得して今はなんとか家で大人しく待機しているわ。でもそれも一週間以上もつかどうか……」
『だったら早く帰った方が――』
「それはダメよ」
『どうしてだ』
キャリカは肩をすくませ、どうして自分がここにいるのかの理由を俺に告げる。
「今回私はお忍びでここに来ているの。ラストの代わりにね。でもこれで私と貴方が同時に帰りでもしたらどうなるかしら?」
『……こんどはあんたにも疑いがかかる、か』
「そう。虐殺公の惨劇を二度も逃げ延び、しかも一回目の言い訳を作った本人と一緒に帰ってくるなんて、流石にできすぎでしょ?」
『そうだな……だが、どうするつもりだ。俺を疑う奴がいる限り、俺はこのまま国に帰る事が出来ないということか?』
「そうね……そうなるかもしれないわね」
『……チッ』
祖国に帰れない王、か。笑えないな。
「……ねえ――」
「ちょちょちょ、ちょっと待てよお二人さんよぉ!?」
重たい空気の中、慌てた様子のトカゲ男が話に割って入る。
「もしかして、あんた等ベヨシュタットの人間か!?」
『……今の話を聞いていれば分かるだろうが』
「でもって、あんた本当に刀王だったのか!?」
だからさっきそういっただろうが。
『……ああ。そうだと言っている』
俺がそう答えると、挙動不審な少女以外の全ての亜人、獣人が何かの確信を持ったかのように同時にうなづく。
「……実は俺達、皆ベヨシュタット出身だったんだよ」
「そ、そうなのか? ……わ、わたしも具体的には、ベヨシュタットが治めている大陸の端にいたぞ……」
『……話を聞かせろ』
俺とキャリカは神妙な顔つきをして、その話に耳を傾ける。
「俺達は皆地方に住んでいる。いずれもベヨシュタット直轄ではないが、元老院にいる貴族が治めている土地だ。俺達はあんた達の言う亜人だからよ、周りからもちょっと変な目で見られている。俺自身も自覚しているさ。だが、噂では刀王や聖女と呼ばれる一人の貴族の働きかけのおかげで、俺達は隅っこの方でも国の管轄下で安全に暮らせているんだと聞いている。今回、あんた達の話で全て合点が一致した。俺達亜人を、地方の貴族は明らかに苦々しく思っていた。そして同様にあんた達みたいに亜人の擁護をする奴等の悪口も吐いていた。つまり――」
『つまり、亜人を国にかくまう俺達が邪魔だと』
「……なるほどねぇ。更にそれにかこつけて、危険な刀王を外に追い出そうという輩がいるという事ね」
「で、でもそれだったらどうしてわたしが――」
「カモフラージュにでも使われたんじゃないかしら? 今回の珍しい人種としてのね」
「そ、そんなぁ……」
ならば一刻も早く戻らなければ。ラストもある意味では亜人、シロさん達がついているとはいえいつその歯牙にかけられるか分からない。
『キャリカ卿は元老院から漏れ出た噂を聞いていないか?』
「私は擁護側の人間よ? そんな人間にまわってくる噂なんてないんじゃないかしら?」
『……どっちにしろ、国に帰る必要があるな』
「っ、貴方さっき私が言ったことが――」
俺はその言葉を無視し、足にはさんでいた刀で手枷を真っ二つに斬り落とす。
『分かっているさ。だからこそ、帰る必要があるだろうが』
装飾が散りばめられた刀を右手に、俺は決意を固めていった。




