意外な正体
この場における均衡が崩される――
「逃げるんだ!!」
「どこに!?」
「入り口は一つしかないぞ!?」
「それに……その入り口に虐殺公が立っているんだぞ……皆、皆殺されちまうんだ!!」
城内のパニックに反して、俺はこれこそが千載一遇のチャンスだと即座に理解した。
『ッ、今の内に――』
俺は手かせがつけられたままの両手を振りかぶり、隣で呆然としている司会を殴り倒す。
「えっ、ぐへぇぁ!?」
『他の奴等は――』
「待て!」
舞台袖からは待機していた警備員が次々と現れるが、俺は冷静に流派の教えを実行する。
『四鬼噛流・空ろの構え――』
のらりくらりと警備員の攻撃をかわし、蹴りだけでカウンターを返す。
壇上の掃討を終え再び会場の方を向くと、虐殺公が逃げ惑う貴族一人一人を叩き斬っている光景を目にすることができた。
『……さぁて、どう出るか……』
ひとまずは俺と同じ奴隷を全て救出し、貴族たちが知らない舞台袖の方からの出口を使って脱出することにしよう。
その前に――
『――これを借りるぞ』
「えぇっ!? それは我が大切にしていた刀で――」
『刀は装飾品じゃねぇ。人を斬る武器だ』
両手が使えないなら、足を使えばいいじゃない。
俺は近くにいた貴族から刀を強奪すると、混乱渦巻く会場の奥へと跳んでいく。
『PRO(器用さ)はともかく、俺のSTR(筋力)だとギリギリこれができるようだが……』
抜刀した刀を足の指に挟み、近くの邪魔な貴族を切り捨てた後に再び納刀しなおす。
手で刀を持つとは違う感覚に少々戸惑ったが、そこは流石にゲーム、すぐになじんで手足ほどではないが自由に扱えるようにはなった。
『まずはあの少女から――』
最初に約束を果たすべき相手の方へ、八艘跳びという訳ではないが次々と椅子や人を足場にして向かって行く。
「な、何だ貴様――」
『邪魔だ』
刀の鞘を捨て、俺は枷を付けられた両手で太った貴族の身体を真っ二つに斬り伏せる。
『この機に乗じて脱出する』
「えぇっ!? お、おまえ今ひ、人を斬って――」
『この世界はあくまでゲームだ。それに……お前を助けるにはこうするしかなかった』
俺は少女に舞台袖の方に向かっておくよう指示をすると、そのまま他の奴等も逃がそうとした。
しかし――
『ッ! やはり来るか……!』
俺の目の前に、幾多もの死体を積み重ねてきた者が降り立つ。
「…………」
「…………」
互いに無言のままにらみ合う。といっても、虐殺公の方は仮面をかぶっているせいで顔の表情は読めないが。
「……逃げなさい」
『ッ!? まさか――』
「この場は任せて」
『……いいだろう。だが俺は、今回競売にかけられた奴隷全てを連れて逃げる』
「……好きになさい」
しばらく相対したのち、俺と虐殺公は再びそれぞれの目的を遂行すべく別々の方へと跳ぶ。
『まさか、そういう事だったか……おいトカゲ男!』
「なんだこの状況は!?」
困惑するトカゲ男に、俺は他の奴隷の脱走に協力するよう指示をする。
「だがどうするんだ!? ここがどこだかわからねぇし――」
『いいから俺の指示に従え! それとも訳の分からん貴族に飼われたいのか!』
「そんなもんきまってらぁ! 逃げてやるよぉ!」
話の聞き分けがいい奴で助かった。俺は刀を持ったまま更に会場内を駆け回り、全ての奴隷を舞台袖へと逃がす。
「おい! 全員居るぞ!」
『そうか! ならば裏口から脱出するぞ!』
いまだ虐殺の悲鳴が響き渡る会場を後に、俺達は裏口から建物の脱出に成功した。
◆ ◆ ◆
「ふぅ、どうなるかと思ったぜ……」
建物から離れ、どこか知らない街の裏通りで俺達はたむろしている。これからどうするかはまだ決めておらず、皆の息が整うのを俺はじっと待っていた。
「ど、どうするんだこれから……?」
『黙っていろ……これだけ大勢だと、動くのも難しいからな……』
それに虐殺公の中身があの人なら、恐らくは――
「全員いるようね」
「ッ!?」
トカゲ男が振り向くと、そこには先ほど会場で暴れていた恐怖の象徴が立っている。
「お、お前は!?」
『まさか貴方が助けに来ていただけるとは思いもしませんでしたよ』
俺はやはりと思い、悠々と後ろを振り向く。そして相手が仮面を外してその素性をさらす前に、中の人物の名を俺は言い当てる。
『――キャリカ・サラスタシア卿』
「フフフ……」
仮面の奥に潜む三白眼。そして怪しげに口角を挙げている女性は、まさしく《聖女》と呼ばれる貴族の姿であった。




