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地下牢にて

「うわ、あんたよくこんなとこ通れたわね……服の端が地面にすれてないか気になるんだけど」

『そのために保護魔法かけているんじゃないのか?』

「気持ちの問題よ!」


 確かにこんな下水道を通らされるのは気分が悪いかもしれないが、それを俺にあたってもらっても困る。

 大体キリエは魔法剣士マジックナイトなんだから、この位の魔法廃棄物くらい見たことはないのか?

 それともこれって意外と危険だったりするのだろうか。


『もしかしてこれって結構危険なのか?』

「私達が歩いているところは大丈夫だけど、あの下水に落ちたら保証はできないわ」

『そうか……もう少しで到着するんだ、ちょっとだけ我慢してくれ』

「その通り。主様を煩わせるなど、羽虫風情が下水に突き落としますわよ」

「下水道に落とそうとした瞬間、道連れにしてやるんだから……!」


 ここからだと例のトロール兄弟の出入り口に近い。流石に無駄話は控えて欲しい。


『そろそろ出口だ。静かにいくぞ』


 俺は壁に身をひそめながら、そっと出口の方へと顔をのぞかせる。

 今のところは誰もいない様子。チャンスだ。


『よし、行くぞ』


 俺は素早く出口に取り付けられている梯子の方へと向かい、二人も俺に続く。


『先に俺が様子をうかがう。ラストとキリエは誰か来ていないか見張っていてくれ』

「分かったわ」

「仰せのままに」


 俺はそう言って梯子の先の隠し扉をゆっくりと開く。

 隙間から辺りを見回すと、どうやら先ほどの屋敷の地下室と思われる所に通じていた様で、辺りはうす暗く炎だけが揺らめいている状況だ。

 炎の明かりで石壁が照らされる中、俺は人の気配がないかと感覚を研ぎ澄ます。


「…………」


 どうやらいないようだ……先に進もう。


『上がって来い』


 最初にキリエ、そしてその次にラストを引き上げると、俺は再び静かに隠し扉を閉める。


「ここは……」

『どうやら、地下牢といったところか?』


 改めて辺りを見渡して独房の一室と気づく。だが檻にカギはかかっていない。昔造ってあったものの上に、新たに豪邸をたてているといったところか。


『ここを探索するが、できる限り火元には近づくな』


 影でばれる可能性がある。


「でしたら、透過魔法をおかけいたしましょう」


 ラストはそう言って、俺達に投下の呪文を唱え始める。


「【幻体変化トランスミッション】」

『……っ!? おい、ラストはどこだっ!?』


 透過魔法のせいで互いに見えなくなってしまった俺は、ちょっとしたパニックに陥る。

 小声で怒鳴る俺に対し、ラストは見えないその手で俺の袖をぎゅっと握る。


「主様、ここです。例の羽虫は不本意ながら私の反対側の手を握らせております」

『そうか……だったらもっと強く握っておけ。そう簡単に離れないようにな』


 それといざという時は解呪して即座に動けるよう、ラストに言付けておく。


『俺がお前の手を握り返したら、透過魔法を解除するんだ。いいな?』

「主様が、私の手をお握りになられたら、ですね」


 姿は見えないが、ラストの声からにやけ面が想像できるんだが。


『それとキリエ。お前も自分で危険だと感じたら、ラストを通して俺に連絡しろ。いいな?』

「…………分かったわ」


 数泊おいての返事だったゆえに、俺は一瞬もうはぐれてしまったかと焦ってしまった。


『先に進むぞ……』


 俺は袖の感覚を確認しながら、かがり火だけで照らされている地下牢をゆっくりと進んでいく。


「…………」


 ……何だここは。まるで怪物専門の動物園といったところか?

 俺達が通路をしばらく進んでいると、いるわいるわ、いくつもの牢の中に多種多様な怪物が飼われている。


『……気味が悪い』


 尋常じゃない大きさの蝙蝠。三つの頭を持つ猛犬ケルベロス。けたたましく喚く鶏の様な怪物コカトリス。そして人型を崩したかのような異形のデーモン。

 牢の中にいるならまだしも、こいつ等を野に放たれたら街などひとたまりもない。

 そして――


『……これは、ヤベェんじゃねぇの……?』


 通路の一番奥。

 ひときわ大きな牢の中にいるのは、ドラゴンの死体の蘇り――ドラゴンゾンビだった。

 肉は腐れ落ちて骨まで見え、本来なら覇気のあるはずの目も陥没している。羽はボロボロとなって飛べそうにはないものの、その異形の姿は見た者に対し畏怖の心を植え付けさせる。


『……これは、マズいんじゃねぇか』


 これは本気で、あのプライドという男が国を取りに来ていると考えて間違いない様だ。


『これを未然に防げれば、ブラックアートに対し多大な恩を売れる……だが俺達だけでこれを防ぐのは難しいぞ……』


 いかにコイツ等を外へ出さずに、ターゲットを始末できるか。七つの大罪セブンス・シン討伐だけでもランクSの上のSSシークレットサブジェクトクラスのクエストたり得るというのに、これだとSSSという今考えた架空の難易度レベルにまで跳ね上がるんじゃないか?


『……チッ。面倒になってきやがった』


 だがこの様子だとすぐには野に放たれはしないだろう。体制を整える時間は十分にあるはず。


『……一旦帰還して、再度作戦を立てなお――』

「おや? ネズミがちゅーちゅーと騒がしいと思ったら、まさか玄関から一度入ってきたネズミだったとは」

『ッ! しまった!』


 俺は即座にラストの手を握り、透過魔法を解除させる。


『どこにいる!?』

「何処とは、先ほど君は私を見つけているではないか」

『……ッ!? キリエ! さっきの蝙蝠だ! あのでかい蝙蝠の所まで――』

「戻る必要はない」


 俺が後ろを振り向くと、そこには先ほど謁見したばかりの男爵がたっている。


「私に何か用かね?」

『クソッ!』


 見事にはめられた――というより、予想を上回る悪い出来事が起きてしまった。


「ああ、そういえばそろそろエサの時間だったな。トロール兄弟、檻を開放する時間だ」


 そしてプライドの後ろに、俺の所持金を盗んだトロール兄弟が現れる。


「え、エサの時間! 人間を喰う時間!」

「今日は早いのですね。プライド様」

「エサがわざわざ来ているのだ。盛大に歓迎せねば」


 トロール兄弟が降りのカギを持って走り出すと同時に、俺は二人に指示を出す。


『ラスト! キリエと一緒にトロール兄弟を追え!』

「主様! 貴方様は――」

『俺はこいつを足止めする…………死ぬ気はない!』

「クククッ、判断能力が早いな。しかしトロール兄弟は私の後ろにいる。私を倒さねば先には――」


 抜刀法・弐式――


『――双絶空そうぜっくう!』

「ッ!」


 飛ぶ斬撃を始めてみたプライドは、何もできずにそのまま斬撃に引き裂かれた。そしてその隙にラストとキリエは近距離転移魔法で蝙蝠の後ろへと転移、そのままトロール兄弟を追う。


「……不愉快だ」


 しかしプライド自体に、ダメージなど通用していなかった。唯々不機嫌そうに、切断面を徐々に接着させていく。


「小僧。貴様は我が血となり肉となるだろう」


 プライドが初めて人間に対し戦闘姿勢を示すと共に、俺もまた最大の礼儀を持って刀を構える。


『――《殲滅し引き裂く剱ブレード・オブ・アニヒレーション》……《刀王》ジョージ、いざ参る!!』



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