緊迫
「…………」
「……何であんたがいる訳?」
「あら? 主の身を案じないTMなんているのかしら?」
「ぐぬぬぬ……」
……ただいま俺とキリエ、そしてラストの三名でもって、導王が統治する《ブラックアート》へと向かっている。
今回の移動手段はキリエが剣王に掛け合って借りた馬車。この馬車、重要人物を乗せるために全体が耐衝撃として固く造られ、窓も銃弾などが貫通しないように強化されている。さらに外側にモンスターに気づかれない様特別な魔法陣が描いてあり、馬車の周囲に不可視の結界が張ってあるというとんでもない代物だ。
だが今の俺にとっては馬車の外に飛び出したいほどに、内部はとても居心地が悪かった。
『……この前言っておいたはずだ。ラストがついてくるといった時はついて来させると』
「主様の言う通りですわ♪ それに…………このような狭い空間で、貴方のような平坦で乳臭い小娘が一緒ですと、主様に臭いが移ってしまいますわ」
「ぐっ、言わせておけば…………あぁー、そういう事なの。確かにそうかもしれないわねぇ、貴方みたいな胸が既に垂れかけている若作りおばさんからしたら、私なんてまだまだ幼い少女ですものねぇ」
あっ、今この空間でピキッておとがした。
「下郎風情が、そのまな板を更に削いでやろうか……!」
「無駄にふくらましている部分、風船みたいに割るぞ婆……」
あー、ゲーム内だというのに胃がキリキリしてきた。今すぐにでも途中下車したい。
『……頼むからここでの喧嘩は止めてくれ』
「だってこのクソ魔族が――」
「申し訳ありません主様、その通りでございました。確かに、目の前で羽虫が飛び回ろうが、無視を決め込むべきでした」
『そうやって煽るのを止めろと言っている』
「……申し訳ありません」
ったく、道中でこのざまだと先が思いやられる。
大きくため息をつきながらふと窓の外を見ると、草原と怪しげな曇り空が広がっている。馬車は舗装された道を走っているが、それでも時々やってくる揺れと鋭い衝撃は腹に響く。
早く関門にでも到着しないものかと思っていると、馬車は急に停車し動かなくなる。
『ん? どうかしたのか?』
「御三方、関所に到着しました。乗車している者の顔を確認したいとのことで」
『了解した』
騎手から告げられた通り、俺は馬車を降りようとドアに手をかける。
「ちょっと!? そんなにホイホイ出て行っていいの!?」
『大丈夫だ』
ラストによる解呪そして詠唱妨害がある限り、並大抵の魔導師が俺達に勝てるはずがない。
『まずは俺だけが降りよう』
しかし念には念を重ね、最初に俺一人だけが馬車から降りて関所の方を向いた。
石を積んで造られている大きな壁に、道を阻むかのように閉じられている門。当たり前だが普通の関所だ。そして門の両脇には槍を持った門番の代わりに杖を持った魔道士が二人いる。
『あー、剣王の使いの者だ』
「話は聞いている。我々も導王様から命を受けて、貴方方を待っていた」
『そうか。ならば話は早い。ここを通してはくれないか』
「その必要はない」
俺は一瞬だけ眉をひそめ、腰元の刀に意識を送る。いつでも抜刀できるよう心構えをした後に、言葉の意図を読み取ろうと俺はもう一度だけ同じように問う。
『ここを通してくれなければ、導王に会えない』
「通す必要はない。直接ここから飛んでもらう」
そう言って二人の魔導師は詠唱を始めると、馬車の足元に見慣れた魔法陣が現れ始める。
『これは――』
「転送魔法です! 主様! 中に!」
ミャリオがよく使う魔法陣を拡大したものが、馬車の足元で輝きを増す――
「「【転送・ナヴェール山地】!!」」
二人の重なった声と共に、馬車は光に包まれていった。
◆ ◆ ◆
『――全員無事か?』
「ええ、途中で魔法解析をしてみましたが、特に異様な点は見受けられませんでした」
「私も魔法陣を窓から確認してみたけど、普通の転移魔法みたいだったわ」
『だとしたらここはどこだ……?』
またも俺一人だけ外に出て確認をすると、馬車が止まっているのはとある町の入口。そしてそこは俺達の目的地でもあった。
『……これは――』
一つの山が、街になっている――山の斜面に沿っていくつもの建物が立ち並び、一面が様々な色の明かりで照らされている。寂れた様子など一切なく、入り口すぐには魔導師と思われる者が何人もにぎわう市場も見える。
『……凄いな』
そして山を一つの街に仕立て上げたこの場所――山の名前をそのまま街の名としているこの街、《ナヴェール》にて、俺達は会合をする。だがまずはこの街を見て回るのも、悪くはなさそうだ。




