carnage show
「――冗談、ですよね」
リゾート施設の一室に置いて、一触即発ともいえるピリピリとした空気が生じる。俺とロイドの間には異様な空気が流れ、武器があれば今すぐにでも構えられるような雰囲気すらうかがえる。
『……ああ、一つ忘れていた。ついでに従業員として働いているエルフ族も我々に引き渡していただこうか』
「……僕を舐めていませんか?」
『舐めているつもりなど毛頭ない。むしろこの程度の土地で買い叩けると思っていた貴様等の方が舐めているだろう』
一刻の間互いに睨みあいを続け、ロイドは静かに口を開く。
「……ラテさん、あんた処女のエルフが欲しいってのたまっていたでしょ?」
「あ、ああ……」
「このクソ刀王の後ろにいるシルキアって女、処女らしいから貰って行くと良いよ。ただし、この目の前にいる勘違いの王を殺したらね」
「ぷぎっ! それは本当か!?」
豚男はその言葉を聞くと、張り切った様子で腰元の拳銃を抜き取る。
「大丈夫、刀王の武器は全て没収しているから。せいぜい防具で痛みをやせ我慢するくらいしかできないだろう」
……やはり、そう来るか。
「……クククッ」
俺は思わず素で笑ってしまった。
「……何が可笑しい? お前はここで抵抗もできずに殺される。安心しなよ、ベヨシュタットには「運悪く野盗に襲われた後のところを発見した」と丁寧に死体を送ってやるから」
「ククククク、ハハハハハハハハッ!」
全くもって可笑しい。笑いしか出てこない。まさかここまでコケにされるとは。
『……お前が、殺す? この俺を?』
《刀王》である以前に、この俺を? …………全く、身の程知らずもほどほどしい。俺が誰なのか、目の前に座っているのは誰なのか、本気の本気で理解できていないらしい。
――まあ、それも仕方のないことか。
『……教えてやるよ。《刀王》の前の通り名、《蒼侍》と呼ばれる更に前、俺が何と呼ばれていたのかを――』
俺はラストが密かに呼び出し、手元に差し出していた刀をぬらりと引き抜く。
赫色の刀身。血で固めたような刀身は、今にも首元に喰らい付きそうなほどに血に飢えている。
――妖刀・《籠釣瓶》。斬れば斬るほど、啜ればすするほどより強く、より赤くなる刀。そして――
『――《血の盟約》』
刀で自らの手の甲を貫き、自らの血を吸わせる。これにより一定時間はこの刀の主として認識される。更に――
『――《辻斬り化》』
これを発動中は常に抜刀状態となり、納刀状態からの技――具体的に言えば抜刀法の壱式、弐式、参式が使えなくなる。そしてDEF(防御力)が強制的にゼロとなり、更には痛覚反応の無効化――ダメージを受けてLPが減ったことに気がつかなくなる。
この三つのデメリットと引き換えに、抜刀法・四式――抜刀状態からの技が全て抜刀法・死式――即死技へと変化、更に通常攻撃のクリティカル率が跳ね上がり、相手を一撃で倒しやすくなる。
つまるところ《辻斬り化》とは、諸刃の剣と化すこと。
『……俺が《蒼侍》と呼ばれる前、まだ無差別に人を殺して回っていた時代に呼ばれていた異名は――』
――《人斬り》だ。
◆ ◆ ◆
※(ここから三人称視点です)
「……クックックック、ハッハッハッハッ……!」
白と黒のツートンカラーに、新たな色が加えられる。
――暗く淀んだ紅。血を表す色が壁一面にちりばめられる。
その中で一人。愉快そうに、不快そうに、笑う男が一人。
「――運悪く《野盗》に殺されたのはテメェ等の方だったなヒャハハハハハハッ!」
紳士服に返り血を浴びてなお、笑い続ける男が一人。赫い刀を肩に担いで、歯をむき出しにして笑っていた。
「ヒャハハハハハハ――ガッ!?」
そして今まで笑っていた男は、突如頭を押さえて今度は発狂を始めた。
「……ぐううぅ、うがぁあああああぁあぁあぁぁああぁぁッ!? 殺せ! 殺すな! いいや、殺せぇ!! 腸を掻き斬れ! 肉を喰い散らかせぇ!!」
まるで一人の肉体の中に二人がいるかのように、交互に相反する言葉を男は喚き始める。そして頭をかきむしって奇声をあげだす男に対して、【魅了】の魔法を用いて行動の阻害をする女性の姿が。
「主様! 早く納刀を!」
「ッ、くぅう……」
赫い刀を納め終えると同時に、頭の中のざらつきも収まる。ジョージは額に冷や汗をかき、肩で息を整えながらも周囲を見回した。
『ハァッ、ハァッ……ッ、危なかった……』
「……その力、あまり使うべきではなかったのでは……?」
『くっ、やはり黒刀の方を隠し持っておくべきだったか……』
精神汚染――それが妖刀・《籠釣瓶》を抜刀した際に起きる、最大のデメリットだった。
問答無用で《辻斬り化》の発動。そして抜刀させ続けることで精神を汚染、本家本元の意味での《人斬り(NPC)化》させていくのがこの妖刀の特徴だ。
だがそれと引き換えに得られるのは大いなる力。装備時のTPが無限になる――つまり即死技が撃ち放題という凄まじい刀だ。そしてレアリティレベルは120――つまり、この刀こそが全ての頂点に立つ最強の刀ということだ。
『……何とか、二人だけ殺しただけで済んだな…………くっ……』
「……主様、精神汚染の方がだいぶ進んでいるのでは?」
ラストがいたわるかのようにジョージの手を取ると、ジョージはそれを拒絶することなく大人しく言葉を返す。
『そうかも……知れないな』
抜刀すると決めた瞬間から、自分の中でざらつきが始まっていた――ジョージは予想外に汚染が進んでいたことに冷や汗をかく。
「あ、ああ……」
そしてその姿に腰をぬかし、言葉を失っていたのは一人のエルフである。
『……怪我はないか、シルキア』
「っ……だ、大丈夫で、す……」
問いかけてくるのは理性ある刀王だと分かっている。だがシルキアの本能が、目の前の男に関わろうとすることを拒絶している。
『そうか……』
怯えるシルキアを見て、ジョージはそれ以上言葉を続けようとはしなかった。
「主様、どうするおつもりですか?」
『……決まっている』
あの刀を抜くと決めた瞬間から、ここまでするつもりだった。
『今ここにいる奴等……貴族だろうがなんだろうが関係ない。真実を知る目撃者がいてはいけない…………この街の奴等全員を、消す』
「っ!?」
シルキアがドキリとした表情でジョージを見つめると、ジョージは静かに言葉を訂正する。
『……エルフ族を除く全てを殺せ。できる限り惨たらしく、まるで獣か何かが喰い散らかしたかのように、鬼におもちゃにされたかのように殺せ』
ジョージの冷酷な命令に対し、ラストは黙ったままうなずく。
『そしてこういう噂を広げろ。この場所を崩壊させたのは一人のイカれた貴族のせいだと…………そうだ……あいつにも協力してもらおう』
そしてこの日たった二人による虐殺劇によって、グランデカジノは幕を閉じることとなった――




