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 拍子抜けの面子だった。先に待っていた二人とも、前線には出ずに温い室内で適当な指示を出していそうな連中だった。


「ぷひゅぅ、こ、この無礼な奴は誰だ!?」


 最初に口を開いたのはオークのようにぶくぶくと太った醜い男。耳障りな呼吸音を漏らしては首を絞めるネクタイに息苦しそうにしている。


「シルキアがいるということは、貴方がベヨシュタットの方ですか? それにしても随分な挨拶ですけど」


 そしてもう一人の男――否、少年はというと……こちらの方はまだ知性的な風貌で、ぱっちりとした瞳で俺の後ろに隠れているシルキアを見つけ、状況をすぐに判断している。


「さ、流石はベヨシュタット、遅れた文明だとこうも下品な入り方しかできないのか」

「それは関係ないと思いますけど……?」

『なるほど、進んだ文明ではそのような醜い姿が流行っているのか』

「ば、なっ、なんだとぅ!?」


 挑発を挑発で返すと、俺は二人が向かい合っているテーブルの近くで空いているソファに、あえて乱暴に座った。


『この度ベヨシュタットから停戦協定の使いとして来た、《刀王》ジョージだ』

「ぐぬぅ!? な、何故王が此処にいる!?」

「……これは驚きました」


 俺の期待通り、《王》の称号を持つ者に対する恐れが二人から見受けられる。だが俺は敢えて意にも介さずに話を淡々と続ける。


『どうした? さっさと協定を始めようか』

「ぐ、ぐぅ……」


 豚のような男(以下豚男と言わせてもらおう)は鼻息を漏らし、場を掌握できそうにないことにいらだちを隠せずにいた。


「とりあえず自己紹介が遅れましたね。僕はロイド。マシンバラの外交官です」

「お、俺はキャストライン所属のラテだ。か、階級は大佐だ!」


 大佐程度で王と張り合えると思うな豚男が。


「此度はマシンバラが提示した停戦協定に応じていただき、感謝いたします」

「ふん! 中世にしては賢明な判断ができたようだな!」

『ハァ?』


 この男は馬鹿か? そっちが負けそうだと判断したからこの協定を持ちかけてきたんだろ? 何でお前が強気なんだ。


『……キャストラインが不服のようなら、俺達ベヨシュタットとしても敵対状態を続けて構わないが』

「ぐぎっ……」

「ラテさん……僕の顔に、マシンバラに泥を塗らないでくださいますか?」

「ぐ、ぐぬぅ……すまない」


 何だこの交渉は。マシンバラとキャストラインが手を組んでいることは知っているが、キャストライン側は人選ミスも甚だしい。

 それともこの役割であえて演じることで、何かほかにも策があるということか? 俺は様々な考えを巡らせながら、話の行く末を慎重に見定めることに。


「それでは協定取り決めにおいて、国境線を決めておきたいと思うのですが」

『それならばこの前攻め落としたベルゴール市までが、我らベヨシュタット領地内ということでいいだろう』


 俺はもっともな条件を提示したが、渡りに船といった様子でロイドは俺の話に乗ってきた。


「実はその件で今回、こうして話し合いの場をもうけさせてもらいました」

『何……?』


 ベルゴールは俺達が実力で奪い取った土地。それを引き渡せとでもいう気か?


『ベルゴールを返してほしいとでも?』

「うーん、端的に言えばそうなりますね」

『嫌だと言ったら?』

「……まあそう言うだろうとこちらも織り込み済みです。ではこちらをご覧ください!」


 そう言ってロイドはこの大陸の全体の地図を取り出すと、どこから取り出したのか赤いペンで都市の名前を丸く囲み始める。


「この中のいくつかの都市とトレードってことでどうです?」

「ぎぇ!? ロ、ロイド氏! 話が違うではないか!?」

「でもラテさんの上司の方から許可を頂いていますよ? あっ、先に言っておきますけどラテさんは今回置物になってもらいます」

「ぷぎしぃぃぃぃいいい!!」

「うるさいぞ下郎豚。焼き殺されたいか」


 今まで黙っていたラストもあまりのウザさに暴言を吐く。正直こういう場で無ければ俺も斬っていたかもしれない。


『……じゃあ豚は放置して実質はあんたと俺で協定を結ぶということか』

「そういうことです。ラテさんはあくまでキャストラインに報告するためにここに来ていただいただけです」


 ということは、豚男だけが本当に役立たずってことか。

 ロイドは満面の笑みでそう答えるが、ラテは同胞であるはずのマシンバラの待遇に腹をたてている。

 

「ぐふぉ! こ、このような対応をする気なら我々(キャストライン)も対応を考えさせてもらうぞ!」


 その瞬間、ロイドの纏う雰囲気が――対応ががらりと変わった。


「はぁ? 誰が負け犬の尻拭いしてやってんだと思っているんだ? 大体お前等が無様に《飛空艇》撃墜させた件について、親方はお怒りなんだぜ? それに……ああ、ここでは言えないか……ったく、そんなに文句があるなら貿易も何もかもこの場で切ってやろうか!? あぁ!?」


 子どもとは思えないロイドの凄まじい見幕に、ラテはソファからずり落ちそうになりながらも謝罪の言葉を並べる。


「ぐっ……わ、悪かった! そ、それだけはやめてくれ……俺も粛清を受けたくない……!」


 先ほどまでわがまま放題だった豚男が、貿易を斬ると言われた瞬間滝のように汗を流して許しを請う。《猟犬ハウンド》といいこいつといい、キャストラインは軍国的で随分と厳しいのだな。

 そう思いながら俺は印をつけられている都市を確認していく。いずれもキャストラインとの戦線近くの都市であり、ベルゴールほど条件が良い領地はないものの、二つ三つ貰えば十分にお釣りがくるレベルで有益な土地が多い。


「…………」

「どうです? 悪い条件ではないでしょう?」


 地図を見つめる俺の横顔を覗き込むようにしながら、ロイドは営業スマイルで機嫌をうかがう。


『……確かに魅力的だ。かなり魅力的だ。だが俺の欲しい土地が此処には無い』

「あれ? 結構好条件をそろえたつもりなんですけど――」

『……俺はこの地が欲しい』


 そう言って地図上のある一点を指さす。そこはキャストラインの領地でもない、全くの別勢力が支配している地。


「……冗談、ですよね」

『俺がジョークを言う様なタイプに思えるか?』


 そこは世界有数の娯楽都市。どの国に属していようが関係なく娯楽を求めることが出来る街――


『――《グランデカジノ》と引き換えようか』

「……中々面白いこと言いますねお客さん」


 目の前でロイドの営業スマイルが崩れていくのを、俺は黙ってじっと見つめ続けた。



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