エルフ族
ネクタイにスーツと男性向けのものは大差なく、俺は適当に選んだコートに身を包む。フードが無いせいか俺の目つきの悪さだけが目立ち、周りの人間と目を合わせることが出来ない。
「貴方様、この服はどうでしょうか?」
『あー……似合っているぞ』
「もうっ……少しは関心を持っていただけませんか?」
『俺は今特殊な状況で落ち着きがないんだ。そういう判断はできない』
幸い生命線であるキーボードは取られずに済んだものの、今身に着けているのはDEF(防御力)がゼロの服。そして武器はラストが隠し持っているとはいえとっさに出せずにいる。常に戦いに身を投じてきた自分としては落ち着ける要素が一切ない。
しかし街中に散らばる【解呪】の魔法陣は上級ではあるものの、ラストが言うには魔族が持つ一部の魔法には対応できていないとのこと。いざとなればラストに頼れば生存はできそうだ。
『……行くぞ』
「貴方様! 最後にこれだけは見てもらえませんか!?」
ハァ、人が折角気合を入れて臨んでいるのに、服装程度で何をそんなに悩んで――
「…………」
「あのー、主様? 何を呆けておられますのですか?」
訂正。服装ってやっぱり大事。
黒を基調としたドレスに、ワンポイントとしてつけられているのは深紅のコサージュ。それは危殆の中に潜む美を表すかのようで、それはそのまま彼女を表現しているかのよう。
白色の袖の縁も上手くデザインとして取りこめているようで、今まで選んだ中で一番の服装。うん、これは――
『……似合って、いるぞ』
「っ! 本当ですか?」
『ああ、今回は適当じゃないぞ』
「あぁ……よかった……」
ラストはそう言って自然と俺の腕を組み、共に目的地へと歩もうとする意思を見せる。
『……何故腕をとる』
「どうも先ほどから羽虫がたかり寄ろうとしているようで、私には既に心に決めたお方がいるのだという意思表示でございますわ」
『そうか……』
まあ下手に絡まれて素性がばれるのも面倒だ。このまま歩いていく方が賢明であろう。
『さて、行くとするか』
そうして俺達は文明レベルが現実世界における現代にまで引き上げられている都市を歩き始めた。いたるところにカジノがあり、休息用の高級ホテルやリゾートなどいくらでも挙げられる。
それにしてもネオンが眩しい。だがまずは……酒場、いや、バーか? いや、互いに素性を探る行為は御法度とされているか……ん? ならば何故このような地を選んだというのだ? そもそも停戦協定にしてはいささか不明な点が多すぎる。
『分からん……』
「いかがなされたのですか?」
『こうしてグランデカジノに来たのはいいが、誰が外交官なのか分からなくてな……』
「お困りのご様子ですね」
振り向きざまにとっさに腰に手をやったが、そこに柄などありはしない。そんな俺の滑稽な姿を見て笑う女性――否、人間にしては差異がある部分が一ヶ所だけ存在する亜人がその場に立っている。
眼鏡をかけている姿は理知的にも思えるが、その表情の柔らかさから頭の固い人物という訳ではなさそうだ。そして人間との違い――長くとがったその耳は、魔法を扱わせれば一番有能であると呼ばれるエルフの一族のそれである。
「ぐぬぬぬ……」
やっかみそうに見るなよラスト。それにしても――
『エルフ族か……久しく見る』
「んん? 貴方の領地では他のエルフ族もいるの?」
『ああ。剣王の庇護の元平穏に過ごしている』
「……平穏、か……」
俺が並べた言葉の中に何か引っかかりがあるようで、目の前の女性の表情が一瞬曇ったかのように見えた。
『どうかしたか?』
「い、いえ! 何もないです……そういえば、もしかして貴方が剣王から送られてきた――」
『停戦協定に関する使者だ、自己紹介が遅れたな……俺の名はジョージ。《刀王》だ』
「と、《刀王》って王様ですか!? し、失礼しました! 私の名はシルキア・ローレライと言います!」
そう何度もお辞儀マシーンにならなくても。そう思いながら俺はシルキアに「ただし今ここでは一人の観光客だ」と訂正してその場を収めた。
ベヨシュタットには外交官がいない――というより、現時点では他の五つの国を相手に外交をする必要が無い国だ。食料自給、領地、軍事力――いずれも自分たちで賄える。貿易も基本的にはこっちが有利な条件を提示できる程度には強い。最も、この世界における貿易とは、この大陸の外にあるとされる異国との貿易が多いが。
「それにしても、《刀王》様が直々に来ていただかなくても、ベヨシュタットには専門の外交官はいらっしゃらないのですか?」
『ふむ、これからも定期的にする必要があるのであれば考えておこう』
今まで外交しなくても国が回っていたのは、それなりに我が国が強固だという事の表しであろうか。そんな事を考えながら、俺は次のギルド会議に用いる一つ目の議題を見つけた。
「では、こちらでご案内の方をさせていただきますね」
俺はシルキアの誘導に従って、とあるリゾート施設の方へと足を進めていくこととなった。
そしてこの時の俺は知る由もなかった。あの忌々しい妖刀を、この場所で抜刀することになるとは――




