文明の境界線
「ではお二人様、お気をつけて」
今回の装備は刀を三振り持っていくことにした。一つ目は対人用の黒刀・《無間》。二つ目は機械など固いものを斬るために特化させたもの――刀身が他の者と違って太めで、更に細かい刃が回転する《鋸太刀》。そして最後は……口にも出したくないが簡単に言えば妖刀だ。
そして深淵のような黒のタイラントコート。正直言ってこれ以上に優秀な防具を、俺は持ち得ていない。
タイラントコート――レアリティレベル118とはいえ、同レベル帯の防具よりは基本的なDEF(防御力)が劣る代物だ。しかしそれを補って有り余るほどの全属性耐性――物理から精神、更には各状態異常にまで高い耐性を持つこのコートは、正に戦場をその身一つで渡り歩く暴君の名を冠するにふさわしい。
俺はミャリオの前でフードをかぶりながら、毎回【転移】してもらっていることに礼を告げる。
『……手間をかけたな』
「いえいえ、刀王様とお付の者となれば、それ相応の術式を組ませていただいております故」
それは普段他のものを転送するときは手を抜いているということか?
その場では苦笑を返すことしかできなかったが、ミャリオは特に気にするという様子はなかった。俺はそのままラストとともに馬に乗って、地面に描かれている魔法陣の中心へと馬を進ませる。
「では……【転移・アゼーリャ荒原】!」
次の瞬間には光に包まれ、そしてまた次の瞬間には荒れた平野へと放り出される。
『……国境近くか』
周囲を見るとまるで映画のセットそのままのような荒野が眼前に広がっていた。後は荒野のガンマンがいれば似合うのであろうが、俺はフードをかぶった侍だし、俺の後ろにいるのは魔族の女だ。そう考えるとこの世界の不釣り合いな世界観が浮き彫りになる。
ともあれ、後は道路なり何なりとマシンバラへと向かう目印があればいいのだが――
「貴方様、あちらをご覧になられて」
ラストに言われる通りにマシンバラ方面の方を向くと、見覚えのあるアスファルトの舗装と白い線が目に映る。
『……道路か』
道路はベヨシュタット側の途中で途切れており、ちょうどその途切れた部分に自分達が立っている。
『マシンバラ……道路があるということは車らしきものも出来ているということか……?』
文明レベルの高さを感じながらも、俺は道路の上を馬に乗って走りゆくことにした。
◆ ◆ ◆
『――長いな』
《グランデカジノ》まで走り続けておよそ二時間近く。辺りの景色が目新しく変わる雰囲気もなく、俺はまるで魔法で延々と同じ場所をまわらされているのではないかと疑問を抱くほどでもあった。
『本当に到着するのか? 魔法で同じところをぐるぐるとまわっているとかいうオチじゃないだろうな?』
「それは有り得ませんわ主様。私の【魔法感知】には引っかかっていないですし、何より景色も徐々に変わってきていると思われます」
『そうか……? 俺には同じ景色がずっと続いている様にも思えるが』
さっきからずっと同じような形のサボテンが並んでいる様にしか思えないんだが。ゲームのテクスチャの手抜きか? あっ、よく見ると一個一個全然違ったわ。
そう考えていると、ラストの言うように辺りに変化が現れ始める。
『……前方から歓迎が――』
「ええ、来ております」
排気ガスを垂れ流し、轟音を立てながらボロ車が走りくる。
『……野盗か』
どこの地域にも一定数存在する集団。そして大抵はその国の特徴がよく出る存在。
「ヒャッホー!」
「げひゃはは! 女も連れているぜあの野郎!」
「女は俺が頂いていくぜ!」
「ずりぃぞ! あれは俺が最初だ!」
下卑た猛り声を上げて、野盗の乗る車は馬の方へと向かい来る。おおかた馬ごと轢き倒すつもりであろう。
「下郎どもが、私が――」
『俺が……斬る』
野盗ならば、相手から奪う気なのであれば、こちらも手心はいらない。
『抜刀法・一式――居合』
静かに納刀状態からすり抜けざまに斬撃を浴びせてみたものの、あまりの速さに気がつかなかったのか、車は依然として走り続ける。
「主様、斬れてはいないのでは――」
『黙って見ていろ……』
「へっはっはっは! 一回目は外したが逃がすな! 追え――ってあれ?」
俺は黙って刀を静かに納刀すると、背後で走り続けていた車は一刀両断されそれぞれが横転し炎上した。
「流石は貴方様……」
『下らん』
しかし野盗がいるのであれば、そろそろ人がいてもおかしくないということか?
『……グランデカジノ、この先十キロか』
土ぼこりを被っていて少々ぼろぼろではあるが、打ち立てられている看板を横目に俺は更に馬を走らせることにした。
◆ ◆ ◆
『カジノって……ここまで発展してんのかよ……』
はっきり言ってマシンバラ舐めてたわ。まさか普通に電気とかインフラの整備まで済んでいるどころか、娯楽にまで回せるレベルだったとは。
『……こりゃ一戦交えずに済んで正解か……?』
荒野に整然と、突然と現れる娯楽都市。辺りの暗さと相反する様にその場所だけはギラギラと輝いている。
ネオンサインで堂々と《Casino Grande》と示されている看板を見て、俺はまるで都会に初めて来た人であるかのような妙な緊張感を味わう事に。
『……外壁もない。防衛する様子は……街中にガードマンがいるくらいか……?』
敷地内に入らず遠目から見る限りだとそう思える。だが一つだけ気がかりなことがある。
「貴方様、お気づきでしょうか?」
『シンボルカラーが見当たらないことくらい、最初に気づいている』
男性はネクタイにスーツ、女性はドレスといった一様の服装だが、どれもこれも袖の色は真っ白。これではだれがどこの所属かは全くの不明となる。
『……まあいい、俺達も向かうぞ。念の為お前は偽装魔法で魔族であることを隠しておけ』
「仰せのままに」
そう言って俺は検問所の方へと馬を進めて行った。現実世界における警官に近い服装の男二人が、俺達の方へと向かってくる。
『グランデカジノに入りたいのだが』
「では、武器等お持ちの物の検査を行います」
『ん? 今回俺はベヨシュタットの使者としてマシンバラの者と会いに来たのだが――』
「申し訳ございませんが、ここはマシンバラの直接の管轄下という訳ではなく、あくまで中立を名目としている都市であります故、他の者と同様にしていただけないと……」
『……そうか、仕方がないな』
「申し訳ございません」
俺はある事を考えた上で黒刀と鋸太刀を検問官に渡し、最後の一振りはラストの空間転移魔法で隠してもらう事にした。
「? 今何かされましたか?」
『いえ、何も』
「そうですか……では申し訳ありませんが、こちらの方は我々が責任を持ってお預かりさせていただきたいのですが……」
「なっ――」
『ええ、構いません。あくまで治安維持のためですよね?』
「ご理解いただきありがとうございます」
「貴方様!? 武器を取られては――」
『そこまで織り込み済みだ』とラストにだけ聞こえるように言うと、俺はついでとばかりに検問官に質問を投げかける。
『遠目に見ていると、何やらここに入るには服装も変えなければならないようで』
「服の方に関しましては、ここではその場に相応しい服装へと着替えていただきたく存じております」
『袖が白のものだろう?』
「ええ、ここはあくまで娯楽を求める場所。争い事を持ち込むのは無粋にてございます」
なるほどねぇ。争いごとを持ち込ませず、合法的に武器を奪って停戦協定を結ばせるとは。
『検問はもういいか? 服を着替えたい』
「お時間を取らせてしまい申し訳ありません。こちらへとどうぞ」
検問官に言われるがままに、俺は馬をその場に残してネオン煌めく娯楽都市へと足を踏み入れていくこととなった。




