王になり損ねた者
――おおう、寒気が。
「貴方様、大丈夫ですか?」
『大丈夫だ。何でもない』
どうして寒気がしたんだ? 魔法陣で移動中の異空間でこんなことがあったか?
『やっぱりまだバグが残っていたのか?』
この世界に異常をきたす何かでも起こっているのか? なんて思っていたが、無事ブライトチェスターに着いたようだ。
『……そこそこに被害を受けているようだな』
外壁の一部は崩れ、辺りには硝煙の臭いが広がる。
――ブライトチェスター防衛任務。期間はこの三日間。相手は短期決戦で腹を決めるつもりらしい。
『……しかし敵の姿が――』
「ひゃっほージョージ!!」
死角からの強襲。俺は後ろ手に抜刀し、その一撃を刃で受ける。金属と金属がぶつかり合い、辺りには衝撃波が広がる。
『……分かっていたが心臓に悪いからやめろ』
「会いたかったぁ、ジョージ……」
俺は後ろを振り向かなくても、その槍を振り下ろしてきた相手を知っている。
《殲滅し引き裂く剱》最後の一人であり、そして三人の創始メンバーの最後の一人――
『ベス、同胞に会うなり槍を向けるとはどういう事だ』
「ウフフフ、どうせ受けきっていたでしょう?」
『それでも俺達の結束にヒビが入る』
「この程度でヒビがはいる結束なら、いらないでしょう?」
おっとりとした顔つきでクスクスと挑発的に笑い、槍をまるで自分の手足のように自在に操る少女。彼女こそが《純粋な殺意》の異名を持つ少女、ベスだ。
『……防衛の後詰めとして来たつもりだったが、必要なかったか』
「いいえ、必要よ? だってあたしの暇つぶしにはとってもとっても必要でしょ? じゃないと味方まで殺して暇を潰さなくちゃいけなくなるもの」
レベルは俺と同じ98。本来なら俺のように王の名を冠する称号、《鎗王》の座を受け取れていたはずの少女だった。
だが彼女はゲームに入る前からPKを好んでするプレイスタイルであり、ゲームに入ってからも敵を惨殺し続けていることから、剣王はそれなりの地位を与えているものの存在を危険視している。
「あーそうそう、既に第一波は皆殺しにしておいたわぁ」
そして彼女がいまだに残虐性を持っていることは、野積みにされている無残な死体の山が物語っている。
『……相変わらず惨いやり方だ』
「でも一番効率的よ?」
ベスは軽々と槍を振り回しながら、このゲームにおける持論を語り始める。
「だってこれだけ痛々しく、惨たらしく殺されていたら後続の人はどう思う? 自分はああなりたくない、殺されたくないって思わないかしら?」
「…………」
「無意味な殺生をしたくないのなら、こういう恐怖で相手を委縮させればいいのよ。私と戦ったらどうなるのか、リアルに身近に感じ取れるように」
『……相変わらずイカレているな』
「あら? 一時期の貴方ほどではないわぁ?」
ベスはそう言いながら、駐屯地に建てられている砦の方へと足を向ける。
「さっ、食事にしましょ? お腹が減っては戦はできないわ」
無数の死体を作り上げた後によく食事ができるものだと思いながら、俺はベスの後をついて行こうとした。しかしラストは俺の後をついて来ようとはせずに、その場に立ち止まっている。
『……大丈夫か?』
「いえ、相変わらず下衆でおかしな人間だと呆れていただけです」
『お前がベスを嫌っていることくらい分かっている。だがしばらくの間我慢してくれ』
「……貴方様がそういうのなら」
不機嫌なラストの頭を撫でて機嫌を直しつつ、俺は砦の方へとベスの後をついて行くこととなった。
◆ ◆ ◆
『この戦いで残ったのは百余名か』
食事の場に集まった兵士をざっと数えると、俺はため息をついた。
いくらベスとはいえ、敵の討ち漏らしくらいはある。その幾名かとNPC訓練生、どちらが上かと聞かれたら間違いなく敵兵の方が実力は上だ。
「こっちで死んだのは六十七名。まっどうでもいいわぁ」
『よくない。NPCでも兵力には変わりない』
確かに俺やベス、それに首都にいる奴等に比べたら、NPCの訓練生など兵力として数えるべきかは確かに疑問だ。しかしそれでも重要な事には変わりない。
『それにここは俺達プレイヤーも利用できる施設が併設されている。ここを取られるということは、相手に兵力育成の拠点を与えることになる』
ここは比較的大規模だが、このような育成拠点は世界に点々と存在している。規模が大きな戦争が勃発した際や、防衛の為に拠点に兵士を割り振る際、大抵NPCの一般兵が憲兵として多く割り振られる。大きな拠点には流石にプレイヤーも割り振られることもあるが、それでも補助としてNPCも送られる。これらがいなくなるということは、防衛線が弱まる事にも直結してくるのだ。
『……ここを仕切っていたプレイヤーの男は?』
「運が悪いことに死んでしまったわぁ」
『お前が殺したわけじゃないよな?』
「ウフフ、まさかぁ」
ベスはただ笑うだけで話をはぐらかせると、パンを一口齧る。
「とにかくあと二日、ここで敵を殺し続ければオッケーでしょう?」
『必要以上に殺さずとも、守りきればいい』
「でも殺しておいた方が敵兵力を削っておけるでしょう?」
「…………」
ベスが言っていることは正しいが、何となく気に入らない。俺は適当に食事を済ませた後、ラストを引き連れて夜警の準備を始めることにした。
「あの女、いつか必ず始末しますわ」
『物騒なこと言うなよ……あれでも一応うちの戦力なんだから』
「ですがあの女、いずれ味方をも脅威にさらす存在となるでしょうに……」
ぎゅう、と俺の袖を掴みながら、ラストは心配そうに俺を見上げる。
『あいつの問題行動は剣王も承知だ。それにベス自身もバカじゃない…………筈だ』
俺は目の前で外壁に飛び乗って積極的に敵を探すベスの姿を見て、言葉じりを弱めていくしかなかった。
「……壁の外で死体でも焼いて、明かりをともしておいた方が正解だったかしら?」
『……さーて、警備しようかー』
「主様、やはりあの女は始末した方が――」
『お前も透視を使って警備を手伝ってくれ。その方が効率がいい』
「……ハァ、分かりましたわ」
物騒な言葉が聞こえた気がしたが、俺は聞こえないふりをしてそのまま警備を続けることにした。
「――ウフフフ……たっぷりざっくり殺して、今度こそあの化け物女から愛しのあの人を振り向かせてみせるわぁ」
◆ ◆ ◆
※(ここから三人称視点です)
「――よし、全軍揃ったかー!?」
ブライトチェスターから少し離れた森の中――軍帽を被って爽やかに点呼をする男の前には、綺麗に正方形に並べられた一個大隊が敬礼の姿勢を崩さずに起立している。
隊は一様に同じような軍服に身を包んでおり、背中にはアサルトライフルを背負い腰元には拳銃を備え、そして闘争に陶酔しているような視線を男に送り返している。
「では、これよりブライトチェスター包囲網の最終確認を行うぞー!」
引き締まった空気の中、隊長格の青年は気の抜けた様な姿勢で作戦の確認を行い始める。
「外壁は第一波を犠牲にして崩すことができた。予定通り、今夜の第二波で完全に中を制圧する。今回のTMはベヒモス二体と酸ゴーレムを準備してきた。敵に対する対処だが……男は皆殺しだ。第一波の敵討ちとでもしておこうか」
男が説明を続ける中、一人の兵士が手を上げて発言をする。
「ゲイズ大尉! では女はどうすればよろしいのでしょうか!?」
「女? いないでしょ。いくらここが育成拠点だからってこんなへんぴな所に――」
「それが、あの《殲滅し引き裂く剱》のベスがいたとの報告が、第一波とのやり取りの中で残されておりまして――」
「ふーん……」
ゲイズと呼ばれた青年は、下卑た笑みを浮かべて部下の報告に耳を傾ける。
「ベス……あのサイコ女か。うちの隊も随分泣かされてきたしな……よしっ、女がいたら生け捕りにしろ! 捕虜にするから」
その言葉の裏の意味はこうだ――
――慰み者にしてやる、と。




