挑発
『そういえば、お前普段アクセサリ店に行っているらしいな』
「そうですけど、どこでお聞きに?」
『弟子がそこで働いていたみたいでな』
「ああ、あの下郎のことですか……」
今度行ったときにいびり倒そうなんて考えるなよ。それにしても、こいつが美人だということがは首都でも周知のことらしく、相変わらず視線は途絶えることが無い。まあ以前のような下品な視線はだいぶ無くなっているが。
「それよりこの後、依頼とかあるのですか?」
『いや、しばらくはこの周辺にとどまる予定だ』
もっとも、ギルドの依頼が来なければの話だが。
「それは嬉しいことです♪ ……ですが最近、キャストラインへの侵攻が多いようで……」
『分かっている。そろそろ向こうも黙ってはいないはずだ』
ギルドの遠征クエストが発注されたのも、その影響が少なからずある。今のうちに防御が薄い拠点を調べあげ、対策を打つためだ。
『……いずれにせよ、お前には働いてもらう』
「もとより、そのつもりで」
妖艶に笑みを浮かべ、ラストはこちらを見上げる。
『……期待している』
雑談を交えつつ市場をまわっていると、何やら揉め事が起きている場面に出くわす。
『何が起きている?』
「あっ刀王様! 丁度良かったです! あの二人の決闘を止めていただけませんか!?」
決闘? 街中でPKなど、専用モードをオンにしておかないと出来ないはずだが。
「……どうやら、本気の様ですわ」
ラストはというと、人ごみを透視することで、既に言い争いの様子が見えているようだ。
『状況は?』
「大の男が、少女に難癖をつけているようで」
『止めに行くべきか?』
「…………」
何だその目は。
「……また主様に下郎が寄ってくるのですね……」
『なんでそうなる』
「ハァ……貴方様は無自覚だからよけい厄介なのです……」
『意味が解らん事を言うな。止めてくる』
「むー……」
そう言って俺は野次馬でできた壁をかき分け、争いの様子をうかがった。
「――おかしいでしょ!? 何で私があんたの剣を弁償しなくちゃならない訳!?」
「鞘当てしておいてよく言うぜ! 喧嘩売ってんのかてめぇ!?」
「はぁ!? っあのねぇ、誰だって街中で訳もなく睨みつけられたらそうなるに決まってるじゃない!」
「俺の目つきが悪いのが悪いのかよ、あぁん!?」
一触即発。互いに剣を抜き、それぞれが振りかぶったその時――
『――そこまでだ』
「えっ!?」
「何っ!?」
俺はたまたま腰に挿げたままの《蝦蟇野太刀》を引き抜き、二人の剣を燃えさかる刃で受け止めた。
『……この街での決闘は禁止されていることくらい、知っているな?』
「っどど、どうして、刀王が!?」
「刀王!? この人が!?」
男の方は俺を見るなり刀王だとたじろいだが、少女は俺のことを刀王だと初めて知った様子である。
『決闘罪は罰金刑、もしくは禁錮刑となっていることを知っての行動か?』
「ち、違うんだ! このガキが鞘当てしてきて――」
「もとはといえばあんたが睨みつけてきたのが悪いんでしょ!?」
「だからって鞘を当てるか普通!?」
『どっちもどっちだ』
下らない。鞘当ては確かに無礼だが、そこまで行く過程が実に下らない。
『一つ目に、確かにあんたの目つきは悪い』
「うっ……」
『二つ目に、睨まれたくらいで鞘当てをするな。PKするとさらに重罪となるぞ』
「そんなの分かっているわよ……」
『ならば鞘当てなど止めることだ。お前も鞘当てくらいで剣の弁償などする必要が無い筈だ』
「でもあんたの刀を受けたせいで刃こぼれしちまって――」
『決闘をしようとした罪だ。大人しく受け入れろ』
「そんな……」
「うわっ! 私の剣なんてひびが入っているんだけど!?」
そこまで責任は持たん。そもそもそんな低レベルな武器で俺の前で決闘したのが悪い。
『今回は見逃してやる。が、次行なった場合は分かっているな?』
「分かったよ……」
「ちょっと!? 私はまだ納得していないんだけど!?」
『……ハァ、そんな低レベルの剣を持っているからそうなる』
俺の見立てだと少女が持つそのブロードソードのレアリティレベルは良くて35。対する俺の蝦蟇野太刀のレアリティレベルは倍以上になる76レベル。ブロードソードが壊れるのも無理はない。
『俺に叩き折られたくなかったら、もっと強い武器を持つことだな』
「ぐぬぬぬぬ……ムカつくー!」
さて、家に帰るか――
「だったら、私の新しい剣を見つける手伝いをしなさいよ!」
『……ハァ?』
「だから、あんた刀王なんでしょ!? 私が持つ新しい剣の一つや二つくらい見繕ってくれるはずだわ!」
いやだから自分で見つけろって話じゃ――
「――それとも、刀王ともあろう人が他人の剣一つも見繕えないのかしら?」
『……いいだろう』
ただし、刀王相手に挑発したことを後悔するなよ――




