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交錯

『着いたか……』


 見渡す限りの雪。そして雪が積もった家々。ごわごわとした防寒服を着た村人がぽつぽつと見つけられるその村では、皆一様にして顔色が浮いていなかった。


「ありがとうさね。ばあはここで商売をしてから今度は西に向かうとするよ」

『礼は構わない。こちらも良い買い物をさせてもらった』

「ひょっひょ。では、またの」


 行商婆を見送った後は、俺達もとある人物に会うために適当な村人に声をかける。


『すまない、この村の村長はどこに?』

「へえ? あっ! あんたもしかして剣王様の――」

『依頼を受けてここに来た。ことの詳細を聞くために村長と話がしたい』

「そ、それならこっちだ!」


 俺が話しかけるなり急ぎ足で村長の家へと案内しにかかる。よほどの急用らしい。


「村長! 剣王様の使いの方々がいらして下さった!」

「なんと、来て下さったか」


 俺達が村長の家の前で待っていると、家のドアから腰を九十度曲げた老人が現れて俺達を迎え入れる。


「どうぞ、中に入って座って下さいな」

『失礼する』

「お邪魔します……」


 俺は敵意が無いことを示すために腰元に挿げてある刀を反対側に挿し、効き手で刀を抜けなくした。


「ほっほっほ、わざわざそのような事をされなくても我々はあなた方が剣王様のお使いであると信用しておりますとも」

『いえ、これは礼儀に値することです』


 とはいえ、実は左手でも抜刀しようと思えばできるけど。


「そうだったんだ……」


 これくらい知っておこうね! いまだにレイピアを左腰に挿げている人は特に!


『常識だぞ……』

「わ、私今まで剣王様の前でも左腰に挿げていました……」

『剣王が左利きだと思い込んでいると良いがな……』


 思っていなかったらどうなるのだろうか。やはり王を名乗るからには剣術のマナーについては厳しいのだろうか。


「私も、次から剣王様の前では右に――」

『今更しても不自然がられるだけだろ……』

「ほっほっほ、我々としてはどちらでも構いませんよ」


 村長はそういったが、イスカはいそいそとレイピアを挿げ直し、改めて話を聞く姿勢を取った。


「さっそく本題に入りたいところじゃが、まずは温かいスープでも召し上がってくださいな」


 昨日ほどではないとはいえ、寒くないと言えば嘘になる。


『ありがたくいただくとしよう』

「……っ、あったかい……」


 とてつもなく今更だがバーチャルとはいえ寒さを感じるとはこれいかに? まあ温かいスープを美味しく味わえるのはありがたいが。


「ではお食事しながら出構いません、我々の願いを聞いてはいただけないでしょうか」

『話を聞こう』


 そこからは最初に聞いていた通り、例のオオカミの化け物べリアルロウについての話を村長は話し始めた。


「我々はこの通り、この山奥の資源の乏しい村に住む人間でありまして、食料は雪山でオオカミを恐れながらシカを狩り、小麦などは今日のように外から来て下さる行商の方々から毛皮と引き換えに供給している現状であります」

『ふむ、それは大変だな』

「幸い動物たちは何とか対処はできるのですが、ここ一ヶ月ほど前……丁度隣国から逃げおおせてきたという方々をかくまうようになってから、奴らが出てきたのです」

「…………」

「どうかなさいましたか?」


 あのさ、亡命者かくまっているひとがいるなら最初に国に報告すべきじゃないの?


『亡命者については初耳です。恐らく剣王の耳にも届いておりません』

「えっ!? 我々は村から若者を一人送り出したはずですが――」

「恐らく途中で、魔物にやられたのでは……?」


 イスカの判断は残酷だが、それが一番的を射ている。


「ああ、なんてことだ……若い者がただでさえ少ないこの村で、わしは一人無駄死にさせてしまった……」

『……お悔やみを、申し上げます』


 仕方のないことだ。剣王配下の見回りもこの周辺には滅多に来ることが無い。


『今回のべリアルロウについての報告は、無事に首都まで来ている。この際二つとも、解決しましょう』

「ありがとうございます。では、話を戻して……彼らをかくまうようになってから、例の化け物が村周辺に現れるようになったということなのです……」

『……ベリアルロウか』


 あれは狼男というにいては失敗作にも思えるデザインで、一時期オオカミ男を人工的に作り出そうと人とオオカミを融合させた結果がベリアルロウだという噂も出たほどに、気持ち悪いデザインだ。


「ええ、村の者どもは隣国から送られてきた化け物だといって、逃げてきた者達を避けています……」

『確かに聞いた限りだとそう考えてもおかしくはないな』


 この辺を通る隣国の亡命者というと……《ブラックアート》の魔導師共か?


「奴らは決まって夜に村を襲撃に来ます。そして村人を数人誘拐し、そしてまた去っていきます。さらわれた人間は、戻ってきた試しがありません……っうぅ……」


 小さな目から、大粒の涙がしわに沿って流れていく。村長の悲痛な叫びに、俺は何とかせねばと、改めて決心をする。


「ジョージさん……」

『分かっている……村長』

「はい」

『今日は我々が見張りにまわりましょう。奴らが来たら全て狩り殺し、この村が再び平穏になるよう取り組みます』

「ありがたい……では、泊まれる家の方を紹介させてもらいましょう」


 村長はそう言って再び玄関のドアを開け、一晩家に止まらせてくれそうな村人がいないか探し始めた。そうしてしばらくすると――


「村長さんよお! 今日の飯は――ってそいつらは誰だ!?」


 随分と横暴そうな小太りの男が、村長に馴れ馴れしく話しかけてくる。


「こちらにいらっしゃるのは剣王の使いの方々じゃ」

「け、剣王だと!?」


 どうやら、こいつが例の亡命者の一人というようだ。剣王の名を聞くなりビビりあがるあたり、いかにも小物らしい。


「じゃあ俺達のことも――」

『亡命者については、べリアルロウの討伐の後に考えさせてもらう』

「……ちっ、そうかよ」


 目の前で舌打ちしやがって、感じの悪い奴だな。


「とにかく、俺達の今日の晩飯を用意してくれ! 皿いっぱいにしてくれよ、じゃないと腹減っちまうしな!」


 そのまま男は下品な笑い声を残し、その場を去っていく。

 なんだこいつ等は。かくまってもらっているくせに態度がデカすぎだろ。


「気を悪くして申し訳ない、彼らが――」

『例の亡命者ですね、分かりました。国で引き取りしかるべき措置を行います』

「ありがとうございます……」


 留めてくれる家を探し始めてしばらくすると、村長はある家の前で足を止める。


「孫よ、開けてくれ」

「なんだいじっちゃん――ってこの人達は?」


 家のドアを開けて出迎えたのは、村長のたった一人の孫娘だった。


「剣王様の使いの方々じゃ。この人達が、我らを救ってくれる」

「……へぇ、あんた達が剣王の使いね……」


 何か言いたいことがあるようで、孫娘は俺を見るなり詰め寄ってくる。


「ねぇ、兄ちゃんは今どこにいるの?」

『兄ちゃん……? 村長、もしかして――』

「……わしは、もう一人の孫を首都に送り出したのです……」

「…………」


 その言葉を前に、俺もイスカも言葉を失った。先ほど涙を流し悔やんでいたのは、村のことを思ってということだけではなく、大切な孫を失ったことへの涙だったということだ。


「……ジョージさん」

『分かっている……』

 べリアルロウ……痛覚や感情があるかは知らないが、楽には死なせない……。


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