サイドストーリー3 弟の噂
クレア視点です
「そういえば先輩、冒険者の弟さんがいるって言ってましたよね?」
「うん?ああ、いるよ。ここ数年一度も顔を見せに来ない薄情なやつだけど」
ある日のランチタイム、一緒に食事をしていた後輩のエミリが突然あたしの弟の話題を出してきた。
「弟さんのお名前って、もしかしたらメイソンさんって言います?」
「あれ?なんで知ってんの?あたしエミリに言ったっけ?」
「いえ、実は先日帰省した妹からメイソンさんという方の話を聞いたんですよ。それで、苗字が先輩と同じだったので、もしかしたらと思いまして」
えっ?なんだなんだ。あいつ噂になってるの?どっかでなんかやらかした?
疑問を素直にぶつけてみる。
「えっ、どんな話?あいつなんかやらかしたの?」
「いえ、全然。むしろ大活躍されているというか…」
「大活躍?冒険者として?」
大活躍?あのヘタレが?
「冒険者としてもそうなんですけど、今は魔道王国の王立魔道学園で剣術を教えていらっしゃるんだそうです。しかも魔道王国の王家からの直々のスカウトだったらしいですよ」
「…はあ?魔道学園で剣術?」
いや、訳がわかんないんだけど。確か去年届いた手紙には魔道王国の大貴族の屋敷で、護衛の仕事をしていると書いてあったけど、そこから何があって学園で剣術を教えるってことになったんだ?
てかそもそも魔道学園になんで剣術の教科なんかあるの?魔法を教える学園じゃないの?しかも王家からの直々のスカウトって…何がどうなってんの?
エミリの話によると、エミリの年の離れた妹さんには魔導士としての才能があるらしく、現在、魔道王国の王立魔道学園に留学中らしい。
で、その魔道学園に今年から剣術の教科が新設されたらしく、その剣術教科の講師として赴任したのが「メイソン・ベックフォード」という名前の冒険者だということだった。
その講師は魔力を持たない人間は差別されることが多い魔道王国で、その剣の腕と卓越した指導力だけですべての偏見や差別に打ち勝ち、魔道王国の王族貴族に自分の実力を認めさせたらしい。
最終的に彼の手腕を高く評価した魔道王国の王家が大貴族の屋敷からやや強引に引き抜いて王立学園の教員にしたと。
そして彼は学園に赴任して早々、剣術のデモンストレーションで神業のような剣技を披露し、多くの生徒を魅了したらしい。結果、剣術教科は忽ち人気教科になり、その腕に惚れこんだ魔道王国の王子まで彼から剣術を学んでいると。
…いやちょっと信じられないな。あいつ「不屈の精神力」とか「反骨精神」とは正反対のキャラだし、あたしと同じでたぶん他人に剣術を教えるのは全く得意じゃないはずだし。…同姓同名じゃないの?
でもいろいろと話を聞いていると、なんとなくその「メイソン・ベックフォード先生」があたしのヘタレな弟でほぼ間違いないような気がしてきた。
そこまでありふれた苗字でもないから、そもそも同姓同名の可能性は低いしね。
…あいつ、魔道王国でいったい何があったんだ?キャラ変わりすぎじゃない?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「団長!団長があの冒険者メイソン・ベックフォードの親族だって話、本当ですか?」
「…本当だよ。あたしの弟です。ここ数年一度も顔を見せに来ない薄情なやつだけどね」
興奮気味であたしにそう話しかけてきたのは、先日あたしの部隊に配属されたばかりの新人くんだった。
…いつからかな?メイソンのことについて聞かれる回数がかなり増えていた。しかも最近は「魔道王国を拠点に活動している冒険者の弟がいるか」という感じのものじゃなく、「あなたはあのメイソン・ベックフォードの姉なのか」というものがほとんど。
エミリの妹さんからの情報もエミリ経由で入ってきているし、メイソン本人からもたまに手紙が届くからなんとなく近況は把握しているが、それがなくても大陸の反対側に位置するこのベラスケス王国にまであいつの活躍は普通に伝わってきていた。
…うちのヘタレな弟はいつの間にか全大陸に名前が知れ渡った超有名冒険者になったらしい。
そして彼の活躍の中身だけど、正直信じられないものがほとんどだった。
あたしのヘタレな弟は、魔道王国を代表する有名パーティーの一員として、魔道王国の魔物を狩り尽くす勢いで大暴れしているらしい。しかも学園の講師も続けながら。
あたしのヘタレな弟は、ワイバーンを撃ち落としたり、サーペントを沈めたりしているらしい。
あたしのヘタレな弟は、「北の魔女」の異名をとり恐れられていた伝説の黒魔導士、パトリシア・カーライルを討ち取ったらしい。パトリシア女史の黒魔法がうちの弟にはまるで通用せず、いとも簡単に斬り伏せたと。
あたしのヘタレな弟は、今や魔道王国屈指の剣士に数えられるアイリーン・キャスカートに一から剣術を教え込んで、わずか数年で今の実力に育て上げたらしい。
あたしのヘタレな弟は、天才魔導士としても名高い規格外の公爵令嬢、チェルシー・ローズデールと付き合っていて、そのご令嬢にめちゃくちゃ溺愛されているらしい。
いや、本当かよ。物語の中のチート勇者じゃないんだからさ。しかもあいつ超ヘタレだぞ?実力はあるのにメンタルがあれだからあたしに一度も勝ったことがないどころか、互角に戦うこともできないようなやつなんだぞ?
……次、長期休暇がとれたら噂を確かめるために魔道王国に行ってみようかな。もう最近は弟の噂が気になって仕方がない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
メイソン本人から衝撃の手紙が届いた。あいつ、結婚するらしい。お相手は噂通り、魔道王国の大貴族・ローズデール家のご令嬢で、婿入りするらしい。
そして、学園の冬休みを利用してそのチェルシー嬢と一緒にうちの実家に挨拶に来るから、よかったらあたしも同じ時期に実家に来てくれないかって話だった。
…
……
………
マジかよ。メイソンにまで先を越されてしまった。
改めてこのタイミングで自己紹介すると、あたしはクレア・ベックフォード。今年29歳のアラサー女騎士。彼氏いない歴7年。
5歳年下の弟のサイモンは幼い頃に将来を約束した幼馴染がいて、無事その幼馴染との純愛を貫いて来年には結婚する予定。
そして「あいつはヘタレだからそう簡単に結婚には踏み切らないはず」と思っていたもう一人の弟、メイソンもこれで結婚が決まった。
うちの実家での挨拶を済ませたら速やかに魔道王国で婚約を正式発表して、来年の冬か、遅くても再来年には結婚式を挙げるらしい。
そ、そんな急ぐことないじゃん…。まだ若いんだからさ…。
ちなみにあたしはというと、2~3年前から母に「もうここまできたらお前は一生、剣の道だけを極める感じでいいんじゃね?」と言われるようになっていて、もはや匙を投げられている。
ちなみに両親は未だに気持ち悪いくらいラブラブで、母は50代になった今も「愛されている女」オーラが全身から滲み出ている。
だから最近のあたしは、実家に帰るたびに自分の母親に対してまで謎の敗北感を味わっている。
あたしの何がいけないんだろう。自分が特別、美人ではないのはよく理解している。でも別に見た目が特別悪いというわけでもないはずだ。
女らしさや可愛らしさが足りないのもよくわかっている。でも女騎士なんてみんなそんなもんだろう。そして先日結婚したエミリを含め、あたしと似たような感じの先輩後輩はみんな普通に結婚できている。
あたしも22歳まではそれなりにモテていたが、ある日を境に突然言い寄ってくる男がほとんどいなくなったんだよな…。どうしてなんだ?
そんなことをボーっと考えながら悔しがっていると、あたしが待っていた相手が現れた。
「お待たせしました、クレア。本日もよろしくお願いしますね」
「はっ、この身に代えてもお守り致します」
片膝をつき、主君に対する敬礼をするあたし。…一応騎士だからね。王家の方に対してはちゃんと礼儀正しく振る舞いますよ、こんなあたしでも。
そう、眩しい微笑みを浮かべてあたしに近づいてきたこの燃えるような赤い髪の美男子は、うちの国の第二王子のダニエル殿下だった。
あたしが王室近衛隊に所属していた頃に護衛をつとめていた方で、それが縁で、今でも公務以外のご用件で外出される際にはあたしが護衛として同行させていただくことが結構ある。
個人的には近衛隊の方々の仕事を奪ってしまっているようで申し訳ないのだが、殿下からのご指名だから仕方がないんだ。ごめんね、近衛隊の皆さん…。
ちなみにあたしが殿下の護衛をつとめていた時期は、ちょうど王位継承権をめぐって王室内で揉め事が多発していた時期で、当時まだ10歳の第四王子だったダニエル殿下にも暗殺の試みがあった。
その時、あたしがなんとか殿下の御身を守れたことから、殿下はあたしのことを厚く信頼してくださるようになった。
個人的には「カッコよくアサシンを全員討ち取った」わけではなく、自分が殿下の身代わりになって瀕死の重傷を負いながらなんとかギリギリお守りできたって感じだったから、当時の自分の仕事には全く満足していないけどね。
でも、平民出身でしかも女のあたしが、20代の若さで第三騎士団の団長にまで上り詰めたのは、自分の命に代えても主君をお守りするという騎士のあるべき姿を、身をもって実践してみせたことが高く評価されたからなのかもしれない。
ちなみに当時「第四王子」だったダニエル殿下が今は「第二王子」になっていらっしゃるという事実だけでも、当時の王位継承権争いの激しさはご理解いただけるかと思う…。
それももう7年前か…。
「長らくお待たせしてごめんなさい。…でもあと少しですから」
「…?承知いたしました」
今日は前の公務が長引いたとのことで、予定よりも30分程出発が遅れているけど、別に騎士が主君をお待ちするのは当たり前なのだから謝ることなんてないのに。相変わらず優しい方だわ。
あと、何が「あと少し」なのかはよく分からないけど…ま、いっか。主君の言葉にはいちいち疑問を持たず、素直に受け入れるのが騎士ってものよ。
あ、そういえば、殿下、来年の春に18歳になられるな。そしてうちの国では18歳の誕生日から成人となる。
で、うちの国の王族貴族はその18歳の誕生日の日に婚約を正式発表することが多いのだが…、そういえばダニエル殿下のお相手って一度も聞いたことがないな。
……いやいや、来年30歳のあんたが17歳の殿下の婚約を心配する立場か、クレア。現実逃避やめなさい。
ダニエル殿下は、あたしの「承知いたしました」の回答になぜか大変満足気な顔をされ、とても優しい笑顔をあたしに向けてくださっていた。
やっぱり主君の言葉にはいちいち疑問を持たずに素直に受け入れるべきだね!
この後ブックマークや☆での評価がたくさん増えたら、次の作品として「アラサーの女騎士だが、12歳年下の王子に求婚されている件」を投稿するかもしれません?笑
というのは冗談でして、本作はこれで完結しました。
たくさんの方に読んでいただいて、すごく嬉しかったですし、書いていてとても楽しかったです。
読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました!
【2020年10月14日追記】
ブックマークと☆評価、めちゃくちゃ増えました。
感想でもたくさんのご要望をいただきました。
ということで、続編の『アラサーの女騎士ですが、12歳年下のヤンデレ王子に求婚されています…』の連載を開始いたしました。
https://book1.adouzi.eu.org/n1086go/
本作と世界観を共有していますので、よかったらぜひ読んでみていただけると嬉しいです。




