最終話 毎日命を救ってもらっています
「ご婚約おめでとうございます、先輩」
「ありがとう」
温かい微笑みとともに祝福の言葉をかけてくれた生徒会執行部の後輩に、私も笑顔で御礼を言う。今日は私たち3年生の卒業パーティー。先日メイソンと私の婚約が正式に発表されたため、私はすれ違う人のほぼ全員から祝福の言葉をかけられていた。
前世はこの会場で今までの悪行を断罪され、ありったけの罵倒とともに婚約破棄と修道院送りを言い渡されたんだよね。そして泣き崩れる私にはみんなからの軽蔑と嘲笑の視線が突き刺さっていた。
…たぶんみんな「ざまぁみろ」って思ってたんだろうね。私めちゃくちゃ評判悪かったし。
その罵倒と軽蔑と嘲笑が、今回は温かい微笑みと祝福の言葉に変わったのだから、きっと私は今回、正しい道を選んで歩んできたのだろう。
そして私が正しい道を歩んで来られたのは、間違いなくメイソンが私を導いてくれたから。この10年間、私は彼のことしか見てないからね。私の道が正しかった=彼が正しかったという結論になるわけですよ。
…相変わらずのヤンデレ思考って言われるかもしれないけど。
前世で軽蔑と憎悪に満ちた冷たい目で私を見下ろしながら私を地獄に落としたカイル王子は、今回はいつもの柔らかい笑顔で私たちのことを祝福してから「よかったらご両親から婚約を認めてもらったノウハウの伝授を…」とか言ってきた。
「ノウハウなどない。強い気持ちで正面突破あるのみ」とまるで騎士みたいなアドバイスを送って、私個人としてはもちろん全面的にサポートするし、ローズデール家も二人を応援する立場に回るよう取り計らってやるから頑張れと、ちょっと上から目線でリップサービスして恩を売ってやった。えらく感謝された。
そして前世における私の学園生活最後のイベントで、人生最大の悪夢となった卒業パーティーは、今度は何事もなく穏やかな雰囲気のまま終了した。最後は花束まで渡されてしまった。
その後も卒業式当日まで断罪されることも追放されることもなく、私は今度こそ無事に魔道学園を卒業した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……貴族って大変だね」
最近メイソンはこのセリフをよく口にする。両親とメイソンの意見が完全一致し、爵位は私が継ぐことになった。なので将来、彼は「公爵」ではなく「女公爵の夫君」になる予定である。
しかし、それでも彼が三大公爵家の一つであるローズデール家の一員、つまりは貴族…それも大貴族になる予定という事実に変わりはなかった。
「お疲れ様!ごめんね、慣れないことさせちゃって…。楽しくないよね」
「いや、君と一緒になるためだから全然いいんだけど…。チェルシーのこと、マジで尊敬するよ。小さい頃から毎日こんな感じだったんだろう?」
「うん、それこそ4歳とかから」
「…すげぇ」
だから彼は今、ローズデールの屋敷で貴族としての知識や素養、マナーなどを叩き込まれている最中だった。しかも短期集中型の詰め込み教育で。
大人になってから新しいことを学ぶのはやっぱり簡単ではないようで、最近の彼は毎日ヘトヘトになっている。私が彼の疲れを癒してあげなきゃ。
冬休みにはメイソンの生まれ故郷に訪れて、メイソンの実家にご挨拶に伺った。メイソンの婿入りの話はメイソンが事前に手紙を出して根回しをしてくれていたらしく、二つ返事で承諾していただいた。
メイソンの実家はベラスケス王国の港町にある、主に冒険者向けに武器、道具、薬などを販売する商店だった。
ベックフォード家の男性陣、つまりお義父様と、弟のサイモンさんはメイソンから凄腕の剣士が放つ威圧感のあるオーラをすべて抜き取ったような、とても穏やかで落ち着いた感じの方々だった。
女性陣、つまりお義母様と、これから私のもう一人のお義姉様になるクレアさんは気さくで明るい感じの親しみやすい方々だった。…メイソンだけじゃなく、私のメイド兼護衛として同行していたアイリーンまで剣術の手合わせに付き合わされたことには少し驚いたけど。
ちなみにクレアさんはベラスケス王国第三騎士団の若き団長らしい。私のお義姉様たち、ちょっと戦闘力に特化しすぎではないか?……私も人のことは言えないけど。
そしてお義母様はなんと元女海賊とのことだった。海戦で重傷を負って海に落ちたお義母様が偶然メイソンの実家近くの海岸に流れ着いて、瀕死の状態だったお義母様を見つけたお義父様が献身的に治療、看病をして奇跡的に助かったのが二人の馴れ初めらしい。
お義父様のことを見つめるお義母様の目は、昔から見てきた、お姉様がお兄様を見つめる目とよく似ている気がした。…たぶん私も、メイソンを見つめる時は彼女たちと同じような目をしているんだろうね。
話を戻して、私が卒業してからも、メイソンは学園の剣術講師を続けることになった。だから春休みが終わったら私たちは、王都のローズデール家の屋敷に生活の拠点を移すことになる。言うまでもなくアイリーンも一緒に王都に来てくれる。
ちなみに私の進路はというと…なんと学園卒業と同時に四天王に抜擢されてしまった。だから今の私の正式な肩書は「四天王チェルシー・ローズデール」である。
……私、絶対言わないからね?「奴は四天王の中でも最弱」とか「四天王の面汚し」とか。
この「四天王」という役職は、王国軍の幹部にあたるんだけど、どちらかというと名誉職に近い役職である。だから四天王の日常業務はこれですという、具体的な職務内容は特にない。
ただ、一つだけ伝統的に求められる役割があって、それは有事の際に王都と王家の守護者であり、切り札であり、最後の砦であるべきということ。
そういう役割だから、魔導士としてのいろんな素養、スキルの中でも特に「戦闘力」に特化した人間が選ばれる。
そして魔道学園の卒業生や他の候補者から、現役の四天王よりも強い戦闘力を持った者が現れた場合は、現役の四天王の中で最弱(あーっ!やばっ!今「最弱」って言ってしまった!)の人間が四天王の称号を返上するというシステムになっている。
別に四天王に選ばれたからって常に王都に滞在しないといけないというわけではなく、実際にお姉様もローズデール・ラインハルトと王都を頻繁に行き来しながら生活しているが、一応メインの拠点は王都にしておく必要がある。
本当は生まれ育った屋敷でずっと暮らしていきたかったけど、二人とも仕事が王都だから仕方がない。
…今頃ベラスケス王国を目指して逃亡生活をしていてもおかしくなかったわけだから、贅沢言わずに今の恵まれた環境に感謝しなきゃ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そういえばさ」
「なーに?」
「チェルシーに迫る命の危機ってどうなったんだろう。これからやってくるのかな」
…うっ。まだ忘れてなかったんかい。こっちは完全に忘れていました。…そういえば私、『見通す眼』の保有者という設定でしたね。
はい、ただいまメイソンが後ろから私を抱きしめるような格好で、絶賛ピロートーク中。なぜか話題として私の予知夢の話が出てきてしまいました…。
「あー、あれね。たぶんもう大丈夫だよ」
「…そうなの?」
「うん、私が見たイメージは私が賊か何かに襲われたところを、メイソンが助けてくれるというものだったんだよね」
「…賊?」
「そう。賊。でもほら、今の私をどうにかできる賊ってたぶんいないじゃん」
「いないね…「賊」どころか、「軍」でも厳しいのでは…?」
ムッ
「…いや私、メイソンが思ってるより遥かにか弱いからね?メイソンがずーっとそばで守ってくれないと、賊にさらわれて酷い目に遭わされちゃうかもよ?メイソンはそれでもいいの?」
「アハハ、ごめんごめん、冗談だよ、冗談。可愛いなもう」
そう言いながら後ろからぎゅっと抱きしめてくれるメイソン。それだけで心がぽかぽかする。…惚れた弱みって恐ろしいわ。
「…もう。とにかく、私が魔法とか剣術を頑張っているうちに、その命の危機はたぶん自己解決できちゃったんだと思う。これからやってくることはおそらくないから、安心してね」
「そうか。…よかった」
「…心配してくれてありがとう」
「ううん、……でもそれだと結局、俺は君とアイリーンに剣術を教えたこと以外は何も役に立てなかったね。高い給料をもらってたのになんか申し訳ないな」
…本当、誠実な人だな、私の婚約者は。こっちこそ半分くらい嘘ついてるのがますます申し訳なくなっちゃう。
「そんなことないよ」
「…そうか?」
「…私、メイソンがいないと本気で生きていけないから。だから私と一緒にいてくれるだけで、メイソンは毎日私の命を救ってくれているようなものだよ」
「……」
「……?きゃっ」
…一瞬無言になったメイソンは、次の瞬間急に私の体をひっくり返して自分の方に向かせた。…えっ?メイソンが無言でこういう目をするときって、これから私のことを激しく求めるぞってサインなんだけど…あの…メイソン?つい先ほど終了したばかりなのでは?
…えーっと、私なんか彼のスイッチ押しちゃった?ねえメイソン?メイソンさん?ご主人様?えっ、あっ、んっ、も、もう……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「新郎アラン・ローズデール、あなたはここにいるシルヴィア・ラインハルトを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか」
「はい、誓います」
「新婦シルヴィア・ラインハルト、あなたはここにいるアラン・ローズデールを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか」
「はい、誓います」
…お姉様、内心「アランには病める時も貧しき時も訪れないわ。私がそうはさせないもの」と思っていたりはしないだろうか。なんとなくそんな気がする。
…それにしても本当に美しいな。何もしなくても天使や妖精みたいな人が、本気で着飾ったウエディングドレス姿になるともう眩しくて直視できないわ。美の女神の生まれ変わりって言っても過言ではないね。いや、美の女神よりも美しいかも。存在自体が圧巻だわ。
今日はおそらく、魔道王国の歴史に残る結婚式の日。300年近い王国の歴史上初めて、ローズデール公爵家とラインハルト公爵家が婚姻を結ぶ日である。
ローズデール・ラインハルトは町全体がローズデールを象徴する「青」と、ラインハルトを象徴する「緑」に染まり、二人の門出を祝福している。
それにしても見たこともないレベルの豪華な結婚式だな…。うん、私たちの時はもう少し控えめな感じがいいかな。都市全体を巻き込んだ盛大なセレモニーとかプレッシャーでしかない。…私でさえそう感じるのだから、メイソンにとってはもっと負担になるんだろう。
いやそんなこともないか。最近のメイソン、貴族としての立ち振る舞いがだいぶ様になってきている。私の婚約者は何をやってもできる人なんだよね。努力型のチートというかなんというか。私、また惚れ直しちゃったよ。
…そして今日のスーツも、とてもよく似合っているよ、せんせ♡
ブーケ・トスの時間になった。事前の打ち合わせで、私がキャッチする予定となっている。…決して私がしゃしゃり出て自分が受け取ると言い出したわけじゃないからね。お姉様からのご指名です。
「いきますわー!せーのっ!」
お姉様の右手から放たれたブーケは、完璧なコントロールでまっすぐ私に向かって飛んできた。…もしかしたら単に投げただけじゃなくて、確実に私の手元に届くように風属性の魔法を応用して使ったのかもしれない。お姉様ならそれくらいのことは簡単にできるはず。
いずれにしても、私のところにまっすぐ飛んできたブーケを、私は両手でしっかりとキャッチした。受け取ったブーケを左手に持ち、満面の笑顔でメイソンの方を振り向く。彼は、嬉しそうに目を細めて私のことを見つめてくれていた。
その笑顔を見た瞬間、なぜか前世最後の瞬間を思い出した。彼ともっと一緒にいたい。もっと彼の笑顔を見ていたい。もし人生をやり直せるなら一生かけて彼を愛して、彼と幸せに生きていきたい…。命が尽きるその瞬間まで、私は彼のことだけを考え、彼との未来だけを願っていた。
そして彼は、私の願いのすべてを叶えてくれた。そしてきっとこれからも叶え続けてくれる。
…前世の最後に彼に出会えて、そしてまた再会できて、本当に良かった。心からそう思う。
ねえ、メイソン。聞いてくれる?私を選んでくれて、私のことを愛してくれて本当に……
――ありがとう、あなたを愛しています。
―END―
本編完結しました。
ブックマークや☆での評価をつけていただいた皆様、感想を送っていただいた皆様、誤字報告をしていただいた皆様、そして最後まで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。
あとはサイドストーリーを少しだけアップロードして、本作は完結させる予定です。
今週中には終わります。
よかったらサイドストーリーも最後まで読んでいただけると大変嬉しいです。
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