38話 最後の夏が終わります
学園生として過ごす最後の夏休みが、あと数日で終わろうとしていた。
この夏は私にとっては学園生としての最後の夏というだけではなく、生まれ育ったローズデールの屋敷で過ごせる最後の夏でもあった。冬休みにもう一度屋敷に戻る予定ではあるけど、ここで見られる夏の景色はあと数日で永遠に見納め。
そう考えるとやっぱりセンチメンタルな気分になってしまう。前世を合わせると20年以上過ごした、とても愛着のある場所だからね。
特に私が今座っている自室のベランダから見える風景…大好きだったな。中でも夏の景色が一番好きだった。…目に焼き付けよう。
大好きな景色を眺めながら、家族との思い出を振り返る。前世からやってきた直後は、勘当された時の家族の冷たい顔がずっと頭に残っていて、家族に対して心のどこかに壁を作っていた。
そんな私はきっと、全く可愛げのない娘だったはずなのに、それでも両親もお兄様もずっと、私のことを大事にしてくれた。本当、ありがたい話だよ…。
だから今の私は、自信を持って両親もお兄様も大好きだっていえる。前世のことなんか、もう忘れた!……だからこそ、これから大好きな家族に迷惑をかけて、大好きな家族を悲しませる選択をしなければならないことが本当に申し訳ない。
そしてお姉様。「四天王シルヴィア・ラインハルト」。うん、とてもしっくりくるね。しかも最年少なのに実力はすでに四天王の中でも圧倒的に最強だからね。
でもお姉様、将来、もし他の四天王の方が誰かにやられても「奴は四天王の中でも最弱」とか「面汚しよ」とか言っちゃダメですよ。……って何の話だよ。
お姉様には本当にお世話になった。彼女がいなければ私が闇属性に適合性を持つことも分からなかったはずだし、ここまで魔法が上達することもあり得なかった。そしてメイソンと早めに出会えたのも彼女のアドバイスのおかげ。
…遠く離れた場所で暮らすことになっても、あなたは私にとって永遠のお姉様で、永遠の師匠です。そしてお姉様ならきっと私の選択を理解してくれるはず。
…本当にありがとう。大好きです、お姉様。どうかお兄様と末永くお幸せに。
「……あのー、聞こえていらっしゃいますかー?お嬢様?」
いつの間にかやってきた剣聖アイリーン様が、だいぶ気の早い別れの挨拶をしながらセンチな気分に浸っていた私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
やばい。完全に自分の世界に入っちゃってた。もしかしたら何度か話しかけられたのに無視しちゃったのかもしれない。…なんかだいぶ前にもこれと似たようなことがあった気がするな。
「ごめん、ちょっと考え事してた。どうしたの?」
「はい、旦那様からご伝言を預かってまいりました。14時にサロンに来るようにとのことです」
「わかりました。ありがとう」
でもお父様からの伝言はそこで終わりではなかった。次の瞬間、アイリーンは少し表情をこわばらせ、やや低めの声で私に続きを言ってくれた。
「…メイソンも連れて来るように、とのことでした」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「チェルシー、どうか考え直してくれ。今からでも遅くない、二人で逃げよう!」
私の両手をつかんで、メイソンが悲痛な顔で必死に訴えてくる。もう何度目か分からない彼からの説得。彼が私に注いでくれている愛情の深さが、これからも私と一緒にいたいと思う気持ちの強さが、痛いほど伝わってくる。
「…ダメだよ。メイソンまで罪人になっちゃう」
「そんなこと気にすんなよ!!君のためなら俺は命だって…!」
「…ありがとう」
彼の言葉を遮るように、彼を優しく抱きしめる。しばらくして彼から離れた私は、今の自分にできる精一杯の笑顔を彼に見せる。
「私、幸せだよ」
「…だったら続けようよ。これからも二人で幸せに生きていこうよ!」
「……ごめんなさい」
ごめんね、メイソン。私は間違いなくあなたの足手まといにしかならない。こないだみたいな賊ならともかく、逃亡犯を捕まえるために王国が出す、腕の立つ追手を相手にずっと私を守りながら戦うのは無理だよ。
しかも私の右腕につけられている追跡用のブレスレットのせいで、私の居場所は王国に筒抜けなの。
あなたも本当は分かっているはずだよ、メイソン。二人で逃げたところで、二人とも死ぬという結果にしかならないって。私は私なんかのためにあなたを死なせたくないの。
「……わかった」
「ありがとう。…愛してる」
私はメイソンの顔を引き寄せて、自分から唇を重ねた。情熱的な口づけを交わす私たちの目からは、絶え間なく涙が流れていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本当、前世の私ってバカだった。悲劇のヒロインぶっちゃって。
自分のせいでメイソンが死ぬのはいやだからっていって、彼の最後の説得を拒否してセント・アンドリューズ行きの船に乗り込んだ結果、翌日にはメイソンを死なせることになったからね。まあ、もしかしたら私が死んだあと、彼は奇跡的に助かったかもしれないけど…。
今の私があの状況だったら、迷わず自分の右腕を切り落としてメイソンと一緒に逃げる道を選ぶね。…そう、諦めない。どこまでも逃げるの。
……ということで、私は早速アイリーンに私たち三人分の荷造りをお願いした。それだけで私の意図を汲み取ったアイリーンは、すぐに動き始めてくれた。さすが私の『神メイド』。
さすがにいきなりお父様が私を部屋に監禁しようとしたり、メイソンを直ちに屋敷から追い出そうとしたりはしないと思うけど、何らかの強硬手段をとってくる可能性はゼロではない。
そうなった場合に備えて、今夜にでも屋敷から三人で逃げ出せるように準備をしておかなくちゃ。…先ほどの家族への別れの挨拶、案外気の早いものでもなかったかもね。
私は今日の呼び出し、おそらくメイソンと私の交際がお父様にバレたのが原因だと予想している。私たちの交際をどこかから耳にしたお父様が、一応私たちに事実確認をしたうえで、別れを迫ることが今日の呼び出しの目的なのだろう。
てか逆に今までよくバレなかったものだよ。あれだけ学園で堂々といちゃついてたし、そもそも学園入学前から私はメイソンへの好意を一切隠そうとしなかったのにね。
むしろ今まで何も言われなかったのがミラクルだったんだ。今までの幸運に感謝しなきゃ。…でもその運も今日で尽きてしまったらしい。
無言でメイソンの手を握り、微笑みながら彼の目を見つめる。彼も優しい笑顔で、私の手を握り返してくれた。…うん、大丈夫。誰になんて言われようと、どんなことがあろうと、二人一緒ならやっていける。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時刻通りに向かったサロンは、案の定、どこか少し重苦しい空気だった。お父様とお母様の向かい側の席を勧められた私たちは、恐る恐る着席した。私はともかく、メイソンはこの状況、めちゃくちゃ居心地が悪いんだろうね。手を握ってあげたいけど、さすがにこの状況ではまずいよね…。
まずはお互いの近況報告や世間話が始まった。お父様とお母様は必死に怒りを抑えている様子でもなければ、これから爆弾を落とすぞって感じにも見えないけど…。
でもサロンに流れる空気はやはりどこか緊張感があるというか、少しピリッとしている気がした。もしかしたら私がとても緊張しているからそう感じているだけかもしれないけど。
「さて、本題なのだが…」
真剣な顔になったお父様の視線が、メイソンをとらえていた。
「メイソン君、君は娘と付き合っているのかね?」
…ですよね。その話だと思ってました。
あと少しで本編完結します…!
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