36話 とにかく幸せです
前世のメイソンが戻ってきた。いや、違う、今のメイソンは前世のメイソンよりもすごい。封印が解けて覚醒した今の彼は、もはや「真メイソン」もしくは「裏メイソン」と呼ぶべき存在かもしれない。
ヘタレメイソンも可愛くて大好きだったけど、一週間で私の心をすべて奪っていったメイソンはやっぱりこのメイソンだよ。…さようなら、私の可愛いヘタレメイソン。そしてお帰りなさいませ、ご主人様。
……うん、早速暴走しています。
メイソンがカイル王子による私へのプロポーズ(本当は「プロポーズ」ではなかったけど)を目撃してから約一週間後で、私が殺人犯になる寸前まで理性が飛んでしまったあの夜の翌日から、私とメイソンは正式にお付き合いすることになった。
付き合い始めてからのメイソンの変化は、それを心から望んでいたはずの私でさえ驚いて少し戸惑ってしまうほど過激なものだった。二人きりになった時は必ずといっていいくらい、濃厚なスキンシップとともに私に対する好意や愛情を囁いてくれる。
慈愛に満ちた目で、まるで生まれたての小動物を扱うような優しい手つきで私を愛でてくれたかと思えば、次の瞬間にはギラギラした目で貪欲に私のことを求めてくれる。
だから私はもう、二人きりの時は常に照れて顔を赤らめて、彼のなすがままに愛情を注がれているだけの状態になっている。
ちなみに私に合わせてくれているのか、元々彼の趣味なのかは分からないが、今の彼には結構ドSなところがあって……。私、何度か言ったよね。もしメイソンが実はドSで私を奴隷として調教することを望むのであれば、その時は喜んでドMになるって。
……おかげさまで最近私はベッドに近づくと、なぜか自然と彼氏に対して敬語になってしまう特異体質を手に入れた。そう、私はメイソンに調教され始めたのである。
「逆だよ、逆。君が彼氏の性癖を捻じ曲げているんだよ」という鋭いご指摘はあえてスルーさせていただこうと思う。
彼は告白してくれた翌日に王都に私を連れ出して、右手薬指用の指輪を買ってくれた。左手薬指用の指輪はプロポーズの時にまたくれるらしい。
「絶対に外さないで」と言いながら指にはめてくれたものだから、また思わず「…はい、ご主人様」って答えそうになっちゃった。……こういうところだろうね、先ほどのようなご指摘が入ってくるようになった原因は。
アイリーンと、もう状況証拠から事情を把握しているはずのレベッカさん以外の人間にはさすがに「付き合っている」と断言はしていないものの、彼は他の生徒の前でも堂々と私のことをファーストネームで呼んでいちゃつくようになった。しかも彼の方から積極的に。今、彼が私のことを「ローズデールさん」と呼ぶのは授業中だけである。
リズに意地悪っぽく「先生とチェルシーって付き合ってるんですかぁ」と聞かれた時なんかは、余裕の笑顔で「まさか。生徒に手を出すわけがないでしょう」と答えていた。…わざとらしく隣に立っていた私の腰に手を回して自分の方に引き寄せながら。
…んん!これだよ、これ!たった一週間で私を溺れさせて地獄行きの運命まで捻じ曲げさせた彼の愛情!
前世でたった一週間で私をメロメロにしたその愛情が、今度は何週間も何か月も続いてしまうものだから、もう私はもう常時トリップ状態っていうか幸福過多で瀕死の状態っていうか、もう自分が何を言ってるかもよくわかんないけど、とにかく幸せ!!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
メイソンは学園卒業を待たずに駆け落ちすることも考えてくれた。私も最初はそうしようかなと考えたけど、その後二人でよく話し合って、少なくとも今すぐ駆け落ちをしなければならない理由はどこにもないという結論に達した。
学園には私たちが堂々といちゃついたり、私が週の半分くらいは自分の部屋を抜け出してメイソンの部屋に入り浸っていたりすることを咎める人は誰もいなかった。いや、もちろんよく思っていない人もいるみたいだけど、少なくとも私に直接文句を言ってくるような命知らずは皆無だった。
私が「先生と私の関係に何か少しでも不満があるという方は、私との殺し合いを望んでいるものとみなす」と宣言していて、その噂を聞いたレベッカさんが「ローズデールさんの言葉は間違いなく本気」と言いふらしてくれたのがよかったのかもしれない。
でも一度だけ、メイソンが何人かの貴族意識の高い生徒たちから嫌味を言われている現場を私が目撃したことがあった。
メイソンは「何のことやら」という感じではぐらかすという大人の対応をしていたが、直ちにその場に乱入した私の「忠告」によって、メイソンに嫌味を言っていた生徒たちは一目散に逃げ出すことになった。
もちろん、見せしめの意味も込めて後日、全員にしっかり報復を行ったので、狙い通りその後は私に対してだけでなく、メイソンに対しても嫌味や文句を言ってくるような人間は誰もいなくなった。
「ベックフォード先生とローズデールさんの件に首を突っ込むと、ロクなことにならない」という認識が学園内に定着したのである。
ちなみに去年までは「ローズデールくんとラインハルトさんの件に首を突っ込むと、ロクなことにならない」という認識が学園内に定着していたらしく、教師たちと上級生たちは非常に適応が早かった。
……確かな実績とたくさんのノウハウをありがとう、お姉様。
そういう状況だったので、私たちは私の残りの学園在籍期間を、誰にも邪魔されず、また何不自由ない環境で、二人で愛し合える貴重な時間ととらえることにした。
駆け落ちしたらどこか遠いところに定着するまで各地を転々とする厳しい生活になるし、追手でも出された日には逃亡生活だからね。今のように余裕たっぷりの生活はできなくなるはず。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
メイソンとの幸せな学園生活はその後も続いた。最初、私たちの関係に対する学園内の認識は「あれに関わってはいけない、危険」という感じのもので、いわゆるタブー扱いだったが、徐々に私たちのことを温かい目で見てくれる人たちも増えてきた。
学園内で開かれる各種パーティーのダンスパートナーはどうしてもメイソンが良いと駄々をこねた私は、そのために生まれてから一度もダンスをしたことがないという彼に特訓でダンスを教え込んだ。
始める前は「ダンスは普通にできる私が、剣術は最初全くダメだったように、もしかしたらメイソンは剣術と違ってダンスには全く向いてないかもしれない」と少し意地悪な想像をしてみたりもしたけど、普通にめちゃくちゃ上達が早くていつものように私の惚れ直しで終わった。我ながらチョロインだわ。
学園内の伝統という、2月14日に女子が好きな男子にチョコレートをプレゼントするというイベントでは、魔道王国No.1との呼び声が高い有名ショコラティエから限定オリジナルチョコを取り寄せてプレゼントした。
本当は手作りが一番喜ばれると聞いたので、アイリーンにやり方を教えてもらって挑戦してみたけど、あまりにもショボい完成度だったので、私らしく金と権力で勝負してみた。
メイソンはとても喜んでくれたけど、実は手作りに挑戦して失敗した話をするとそれも寄越せと言ってきて全部美味しそうに食べてくれた。そして私はまた惚れ直した。
休みの時はアイリーンも入れて三人で、よく魔物狩りに出かけている。ちょっとやりすぎたのか、気が付いたら私たちのパーティーは魔道王国シェルブレットを代表する冒険者パーティーの一つに数えられ、大陸中に名を轟かせる存在になっていた。
…ワイバーンを撃ち落としたり、サーペントを沈めたりしてるからね。仕方ないね。
アイリーンが急降下してくるワイバーンの推進力を逆手に取る形で羽を斬り落としたときはさすがにびっくりした。私の専属メイドはいつの間にか人外級の剣聖になっていたんだなと実感した。
メイソンがちょっと悲しそうに「俺はあんな真似できない。彼女はもう完全に俺を超えた」とつぶやいていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
幸せな日々はあっという間に過ぎていき、私は学園の最高学年になった。生徒会長は無事にカイル王子が選ばれたけど、私は副会長に選ばれてしまった。うーん、面倒だな…。
あ、そういえば予想通りというか、やっぱり運命というか、2年の夏頃からカイル王子とレベッカさんが付き合い始めたらしい。
それを誰よりも喜んで祝福したのは他ならぬ私だった。「最初からそうしなさいよ。なんで最初メイソンにちょっかいを出してきたんだよ」と少し不満にも思ったが、終わり良ければ全てよし。どうぞお幸せに。
レベッカさんは案の定女子の嫉妬からいろいろと嫌がらせを受けていた。前世で私がしていたような本格的なものはないようだけど。
そしてその加害者グループには前世で私の取り巻きだった子たちも入っていたようで、ある日偶然、私がその嫌がらせの現場を目撃してしまった。
今は別に仲良くないけど、彼女たちは前世で私に巻き込まれて罰を受けていた子たちである。まあ、私がいてもいなくても結局は同じような行動をするみたいだけど。
一応彼女たちの元友人として、私は前世の自分の取り巻きの子たちが将来カイル王子に報復されて地獄に落ちないよう、嫌がらせ行為をやめさせることにした。
やり方は彼女たちへの脅しだったけどね。「身分が異なる者同士は結ばれちゃいけないんだ…。へぇー、あなたたちはそう考えているわけね。それなら私にも言いたいことがたくさんあるんじゃない?」って感じ?
…まあ、正直「元取り巻きの子たちをカイル王子の報復から守る」っていうのは言い訳で、たぶん私は「平民の分際で」とか「身の程知らず」といった彼女たちの言葉がメイソンにも向けられているような気がして我慢ならなかっただけだと思う。私短気だからね、メイソン関連になると。
でもその一件が原因で、それまでは私のことを恐れて明らかに避けていたレベッカさんに懐かれてしまったり、レベッカさんから私の行動を聞いたのかカイル王子に深く感謝されたうえで、先輩認定されたりした。
てか彼らの「交際宣言はしないけど、付き合っていることは隠さない」というやり方は私たちの手法を見習ったものだったらしい。
そういえば彼らはこれからどうするんだろう。前世でカイル王子が「悪魔のような毒婦」である私との婚約は破棄して、心から愛するレベッカ嬢と「交際する」と宣言したところまでは分かっているけど、その後、彼らがどうなったかまでは知らない。それどころじゃなかったし。
でもよく考えてみると彼らはメイソンと私以上に結婚のハードルの高いカップルなわけだし、前世で私は罪人になったけど、ローズデール公爵家は健在だった。
そしてそのローズデール公爵家を完全に敵に回した彼らが果たしてハッピーエンドを迎えられたかどうかは疑問である。少なくとも順風満帆ではなかったんだろうね。
ま、王子様と光のシンデレラの話はどうでも良いとして、最近私は少しずつメイソンやアイリーンと卒業後の駆け落ち先について相談し始めている。
今のところもっとも有力な候補はメイソンの生まれ故郷であるベラスケス王国だった。大陸の反対側に位置しているし、ちょうど良いかもしれない。
そういえばメイソンは、私たちが駆け落ちする際に、アイリーンも同行することを普通に認めてくれた。「認めてくれた」というよりも、最初から「三人で行くのが当たり前」というスタンスで、逆に私が驚いてしまったくらい。
二人きりの時に恐る恐る「アイリーンが私に恋愛感情を抱いていることを理解したうえで同行を認めてくれているのか」と聞いてみたら、「もちろん。何年二人と一緒にいると思ってるの」って言われた。
確かにアイリーンの言動は割と分かりやすいから、誰よりも近いところで何年も私たちと一緒にいるメイソンが彼女の気持ちに気づかないはずはなかった。
彼は「もちろん相手が女性でも全く嫉妬しないわけではないけど、チェルシーとアイリーンを引き離すとアイリーンは気が狂っちゃうと思う、俺にとってもアイリーンは大切な友人だから、自分の独占欲のためにアイリーンを廃人にしたくない」と言ってくれた。もちろん私はまた惚れ直した。
そして彼は「俺に見えないところでアイリーンと浮気してもいいけど、バレたらきつめのお仕置きだからね」と悪戯っぽく言ってきた。私が「…はい、ご主人様」と返事しそうになったのは言うまでもない。もはやテンプレ化しているといっても過言ではないね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夏休みになり、数か月ぶりにローズデール・ラインハルトの実家に戻ってきた。馬車の中から屋敷が見えてきたときから、私は「あの屋敷にいられるのはあとどれくらいだろうか…」と少しセンチな気分になっていた。
でも屋敷について、少し前からうちの屋敷で居候になっているという女性の冒険者がとても魅力的な笑顔で自己紹介をしてきた瞬間、私のセンチな気分は一瞬にして海の彼方へ吹っ飛んでいってしまった。
「はじめまして。マリー・ブランシャールと申します。よろしくお願いしますね」
『私が「ブックマークや☆での評価をお願いします、ご主人様」と返事しそうになったのは言うまでもない。もはやテンプレ化しているといっても過言ではないね』




