33話 片思いの終わり
レベッカ視点です
「お隣いいですか」
「……?」
返事を待つことなく問答無用で隣の椅子に腰かけてしまった私を、先生は少し睨んできた。先生、こんな怖い顔するんだ…。
「すみませーん!レモネードくださーい!」
「はいよ!」
「……ウェストウッドさん?」
「…もう、レベッカでいいって何度も言ってるじゃないですか」
あ、いつもの優しい表情に戻った。顔色は相変わらずゾンビ状態だけど…。
しばらくしてレモネードが運ばれてきて、私はちびちびレモネードを飲みながら自分が酒場にやってきた経緯を説明した。そして少しだけ適当に世間話をしてから、早速本題に移ることにした。
「…で、どうしたんですか、先生」
「……どうしたって言いますと?」
「…とぼけるんだ?ここ一週間、女子の間で話題になってますよ。ベックフォード先生失恋した?とか。彼女のメイドさんとケンカしたのかな?とか」
「……アイリーンとはそういう関係じゃないって何度も言ってるのに」
「えっ、じゃ失恋したっていうのは当たりなんですか?」
「いや、別にそういうわけでは…」
「……誰かに話したら少しは楽になるかもしれませんよ?毎日一人でお酒ばかり飲んでないで」
「…どうして毎日飲んでることがわかったんですか」
「やっぱり毎日飲んでたんですか!?ダメですよ~、先生」
…毎日飲んでたんかい!ダメだこの人、ダメな大人だ…。
意外なことに、先生はぽつりぽつりと最近落ち込んでいる理由を私に話してくれた。あまり自分のことを話したがらない人だから、こんなにも簡単に話してくれるとは思わなかった。相当弱ってるな、先生…。
「つまり、先生には友達以上恋人未満の関係の彼女さんがいて」
「……まだ彼女ではないですけど」
そこ、こだわる?
「…そこはシンプルに彼女さんって呼び方にしましょうよ。いちいち「彼女候補さん」とか面倒じゃないですか」
「…はい」
「で、その彼女さんに先生よりも遥かに条件の良い男がアプローチしてきたと」
「はい…」
ゴクッゴクッとお酒を飲み干す先生。ちょ、そんな一気に…!
「もう、飲みすぎですよ!ちょっと休憩!」
「……はい」
…素直に反省したらしい。
「もう…。続けますよ。…偶然それを知ってしまった先生は、彼女さんを問いただすどころか彼女さんとまともに会話をすることもできず、悶々としながら一週間酒浸りの状態になりましたと」
「…そんな感じです」
「……」
「……?」
「…先生って、実はとてつもなくヘタレな人だったんですか」
率直な感想を伝えてみる。あっ、今、分かりやすくしょんぼりした。
「あっ、ごめんごめん。そんなしゅんとしないで。…でも意外。見学の時のあの戦神みたいなソードマスターと同一人物とは思えない」
「…これが素です。幻滅しましたか」
「いいえ全っ然。むしろ最高ですよ、そのギャップ。もう先ほどから私は漲る母性本能を抑え込むのに必死です」
幻滅なんかするもんか。めちゃくちゃ可愛いじゃない。母性本能をくすぐる天才かな?…むしろますます好きになっちゃったよ。
……今の話だとたぶん私にチャンスなんかなさそうだけど。…ま、しょうがないか。悲しいけど。
「……これは女の勘というか、まあ、普通に考えると当たり前のことなんですけど」
「……?」
「たぶん彼女さん、先生のこと選ぶから心配しなくていいですよ」
「…どうしてそう思うんですか」
「そのアプローチしてきた男というのがどんなすごい条件の男なのかは知らないですけど…先生より素敵な人なんてめったにいないですから。彼女さんが正常な判断ができる方なら、普通に先生の方を選びますって」
驚いた顔をして私を見つめる先生。たぶんこの人、あり得ないくらい自己評価が低いんだろうね。今の話でなんとなくわかった。
「……そして、もしね、先生の彼女さんがそんな普通の判断もできないような人だったら」
「……?」
「…私が彼女さんのバカな選択に感謝して先生のことをもらっちゃいます!だから安心してください、もし振られてもこんな美少女が手に入ります♪むしろ積極的に振られに行った方がいいんじゃないですか?」
「…いやいや、学園の生徒に手を出すわけないでしょう」
いやそこは柔軟に考えようよ。うちの学園は「自由」の学園でもあるんだよ。聖属性担当のマルティナ先生なんか「本当は性属性担当」とか言われているくらい、その分野における指導力にも定評があるよ。しかも指導対象は男女問わず。
「そう?そんなこと気にする必要ないと思うんだけどな。……それにしても、あーあ、私の方が失恋しちゃったのか。…いやまだ分かんない、諦めないぞ。どうか先生の彼女さんが表面的な条件に目がくらむような方でありますように…!」
自分勝手だけど、できればそうであってほしい…
「こら」
「…あ、そうだ。先生。先生の話を聞いてて気になったことがあるんですけど」
「なんでしょう」
「先生、何度も自分は彼女さんに釣り合わないって言ってましたよね」
「…言いましたね」
「それ、間違ってます。先生に釣り合わない女性はたくさんいても、先生が釣り合わない女性なんてほとんどいないですから、そこも安心していいと思います」
たとえば光属性の魔力持ちの美少女なんかにも余裕で釣り合いますよ、先生は。むしろ私の方が相当頑張らないと釣り合いがとれません。
「…ほら、誰かに話したら少しは元気になったでしょう?」
「…はい。おかげさまで」
「ふふ、お役に立ててよかったです!」
「…ありがとう」
「先生」
「はい」
「…先生の彼女さんが万が一、先生を選ばなかったらって話……私、本気ですからね」
「……わかりました」
分かったって言った!今、分かったって言ったね!絶対忘れないからね!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、私は千鳥足になった先生を彼の部屋まで送ることにした。どんな凄腕のソードマスターだろうが、こんな酔っ払いが夜中一人で歩いてたら危ないからね。てかいつの間にこんなに酔っ払ってたんだ、この人。普通に喋ってたから全然酔ってないのかと思ったよ。
…はっ、これってもしかして酔ったフリをして、私が自分を持ち帰りできるチャンスを作ってくれてる?先生って実はあざとい系男子ですか?私誘われてる?…そんなわけないか。
むしろ私が一緒に学園に帰ると宣言すると、先生は「誰かに見られたら…」とか言って難色を示した。でも私が「えっ、私に一人で夜道を歩いて帰れって言うんですか」って抗議したら渋々一緒に学園に帰ることを了承してくれた。
私たちは先生が知っているという学園への「裏ルート」(細い山道だから先生は何度も転びそうになってた。酔っ払いがこんな道選ぶなよ…。)を通って、無事に先生が住んでいるというと教員用の居室の近くまでたどり着いた。
「ふぅ…なんとか無事につきましたね!」
「…すみません、ご迷惑を…」
そう言いながら先生がフラフラした足取りで部屋のドアに近づこうとする。彼が転ばないよう見守りながら、どういう別れの挨拶をすれば最高に良い印象を彼に残せるかを考えていた、そのときだった。
「……どうして?」
先生の部屋は中庭のような感じの共有スペースに直接部屋のドアが面している、1階の部屋だった。そして先生の部屋のドアから少し離れたところにはベンチがあり、どうやらそのベンチに人、おそらくは女の人が座っていたようだった。
暗くて全然気づかなかった。でも向こうはこちらに気づいたらしく、ゆっくりとした歩みでこちらに近づいてきていた。
…えっ何これめっちゃ怖いんだけど。幽霊?
「…どうして?どうしてあなたがメイソンと一緒にいるの?……レベッカ・ウェストウッド」
えっ私?…てかメイソン?
「……チェルシー…」
乾いた声で先生が呟く。そしてゆっくりとこちらに近づいてきた人物の顔を、私もやっと認識することができた。その人物は……公爵令嬢チェルシー・ローズデールだった。でも何か様子がおかしい。明らかにおかしい。
月明かりに照らされた美しい顔は、恐怖や絶望に染まっているように見えた。見開いた目からは絶え間なく涙が溢れ出ていて、瞳はまるで青く燃え上がっているようだった。
そしてその瞳から放たれた怒りと憎悪、もしかしたら殺意までこもっているかもしれない狂気じみた視線が、まっすぐ私をとらえていた。
「……!」
彼女の怒りの理由は全くわからない。身に覚えがない。でもそんなことはどうでもいいと思っちゃうくらい、とにかく怖かった。
本気でこの場で殺されるかもしれない、すぐにでも走って逃げるべきだと思った。でもあまりの恐怖に私は一歩も動くことができず、何か言葉を発することもできなかった。
私たちの目の前までやってきたローズデールさんが、怒りと憎悪、そして狂気に満ちた顔で真っすぐ私を見つめる。全身が細かく震えていることがわかる。何なの?この威圧感は。悪魔?死神?
…なんでもいいけど逃げなきゃ、せめて何か言わなきゃ…!
「……どうして?」
恐ろしい表情のまま、私を凝視しながら首を傾げるローズデールさん。この質問に対する回答を間違えると私はこの場で殺されると直感的に感じた。背筋が凍って全身に鳥肌が立った。
「…ご、ごめん、チェルシー、俺が酔っ払ってフラフラしてるのを見つけて、危ないからって部屋まで連れてきてくれたんだよ」
「……」
その瞬間、少し慌てた声で先生が彼女に向かって何やら弁解の言葉をかけてくれた。私は全く状況が飲み込めていなかったけど、とにかく何度も首を縦に振った。本能的にそうすべきだと思った。
彼の言葉を聞いて、無言で私たち二人をじーっと見つめるローズデールさん。
……怖いよぉ。
「本当にごめん」
「…そう」
少しだけ落ち着きを取り戻した様子のローズデールさん。よかったぁ…。何が何だか分かんないけど、とにかく落ち着いてもらわないとこちらとしては大変困る。
一瞬だけ俯いたローズデールさんは、次の瞬間、私に向かって優雅な動作で頭を下げてきた。
「どうか先ほどのご無礼をお許しください、ウェストウッドさん」
「…!あっ、いいえ!こちらこそ!」
いや冷静に考えると私何も悪いことしてないけどね、たぶん。でも怖いからとにかく謝っておこう。
「ご親切にありがとうございました。メイソンがご迷惑をおかけして申し訳ございません。もう大丈夫ですよ」
「…ありがとうございます、ご迷惑をおかけしました」
丁寧な口調ながら「速やかに消え去れ」という意図がひしひしと伝わってくるローズデールさんの言葉に、御礼と謝罪を述べながらもなんとなく目で「早く逃げた方がいいよ!」と訴えかけているように見える先生。言われなくてもすぐに立ち去りますよ。
「あ…いえ!では私はこれで…!おやすみなさい!」
「うん、おやすみなさい!」
「……おやすみなさい」
最後の挨拶の時のローズデールさんの表情からは、幸いにも先ほどの激しい怒りや憎悪の色は消えていた。でも最後まで私のことを見つめる目はとても冷たかった。
誰だよ、彼女がフレンドリーで優しいとか訳の分からないことをいってたやつは。やっぱめちゃくちゃ怖いじゃん。危険人物じゃん。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、自分の部屋に戻ってなんとか冷静さを取り戻した私は、今日の出来事を思い出して分析した。そして一つの結論に達した。それは先生の「友達以上恋人未満の彼女さん」は、おそらくチェルシー・ローズデール公爵令嬢だというものだった。
なんでその可能性を今まで一度も考えなかったんだろう。どうしてキャスカートさんが先生と付き合っていてもおかしくないと思った?「長い付き合い」だから?「師弟関係」だから?「パーティーメンバー」だから?
……全部ローズデールさんにも当てはまるじゃん。
今思えばローズデールさん、剣術授業で先生と話すときは、いつもとは違う、とても優しい顔でどこか嬉しそうに喋ってた。
先生が信頼するパーティーメンバーだからだろうなとしか思わなかったのだけど…。そうじゃなくて大好きな彼氏だからだったんだよ、きっと。
それに先生が繰り返し言ってた「自分は彼女に釣り合わない」って言葉。
私は相手がローズデールさんだからといって先生が彼女に釣り合わないとは思わないけど、相手がローズデールさんなら、先生がそう感じてしまうのもなんとなく分かる。まず身分が違いすぎるし、ローズデールさんは能力面でも化物級だし。
そして先ほど私を恐怖のどん底に陥れたローズデールさんとのやり取り。あれはたぶん、自分の彼氏が夜中に他の女を連れていたから怒ってたんだろうね。
…それにしてもあの反応は異常だと思うけど。実はめちゃくちゃ嫉妬深いタイプなのか?ローズデールさん…。
しかも彼ら、ナチュラルに「チェルシー」「メイソン」って呼び合ってたよね。最後のローズデールさんなんか「メイソンがご迷惑を…」とか言ってたしね。あれはもう「うちの主人が酔っ払って迷惑かけてすみません」って謝るときの妻のセリフだよね。
……そうか、そうだったのか。キャスカートさんじゃなくてローズデールさんだったのか。私、とんでもない人の彼氏に恋してたのね。
「アイリーンとは恋愛関係ではない」って言われた段階で喜ぶんじゃなくて、「では彼女はいないってことで良いか」って確認すべきだった。まあ、たぶん無意識にそうしたくなかったんだろうけど。
…うーん、やっぱ私にはチャンスなんかないね。先生はローズデールさんが他の男に言い寄られたから酒浸りになって、ローズデールさんは先生が他の女と一緒にいるのを目撃してあれほど取り乱した。
やばいくらい相思相愛じゃん。何が「友達以上恋人未満」だよ、「恋人以上夫婦未満」の間違いじゃないの?
先生も悩む必要なんか全くなかったじゃん。先生が他の女と一緒にいるのを見ただけで理性がぶっ飛んじゃうくらい先生のことが大好きなのに、他の男選ぶとかありえないじゃん。あの様子だと先生と結ばれるためなら何でもすると思うよ?それこそ駆け落ちでもなんでも。
あーあ、やっぱ私の方が失恋しちゃったか。ローズデールさんより早く先生に出会えていればな…。残念だな…。悲しいな……。
チェルシーが無事ヤンデレな子に育ってくれて大変満足です。
もう作者は思い残すことは何もありません…。




