21話 お嬢様の本気が恐ろしかった件
メイソン視点です
『ゲーティア!』
―――フハハハハハ…ハーッハハハハハハ!!
その瞬間、夜になった。実際にはおそらく俺たちがいる森の小さな広場が闇に包まれただけだとは思うが、感覚としては一瞬にして昼が夜に変わったように感じた。
どこからともなく野太い悪魔の笑い声が鳴り響く。ものすごく耳障りで不愉快な笑い声だ。そしていつの間にか広場の地面が黒紫の濃い霧に覆われていたことに気づいた次の瞬間。
「…っ!!」
いつもはポーカーフェイスなアイリーンさんの目が見開き、恐怖と嫌悪感に染まる。霧の中から伸びてきた無数の真っ白な手が、逃げ惑うアルミラージたちを1匹残らず捕まえて……。
うん、これ以上の説明は控えよう。…周りが薄暗くなったことで詳細がはっきり見えなくて本当によかったと思う。
「……」
「……」
「…えーっと、『ゲーティア』って実戦で使うとこんな感じになっちゃうんだ…。アハハ、失礼しましたぁ…」
言葉を失う俺たちと、とても気まずそうなお嬢様。
「…あ、いえ。あのー、うん、素晴らしかったと思います。ほら、出し惜しみするなって言ったのは俺ですしね。…次もぜひ、この調子でいきましょう」
「そ、そうですよ、お嬢様。…次!次行きましょう」
たぶん早くこの場から離れたいんだろうね、アイリーンさん。気持ちはわかるけど。
「…はい。でも一応、次は他の魔法を使うね…」
その後も「敵を甘く見るな、出し惜しみはするな」という俺の言葉をとても素直に受け止めてくれたお嬢様が、魔物と遭遇する度に魔法の先制攻撃でそのほとんどを殲滅してしまった。
俺とアイリーンさんの仕事といえば、魔法が間に合わなかった場合と、たまに討ち漏れがあった時に残りの敵を処理するといったレベルのものだった。
最初の『ゲーティア』ほど強烈なインパクトがある魔法が出てこなかったのは幸い……いや、嘘だな。ターゲットの体内から黒紫の細かい爆発が連鎖的に発生する『イル』ってやつは『ゲーティア』と同じくらいインパクトあったわ。
…闇属性の魔法ってなんというか、ビジュアルが相当あれなものが多いんだね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
初めて見るお嬢様の本気の魔力は、想像をはるかに超えるものだった。正直、ますます護衛の必要性に疑問を抱くようになってしまった。
だって、彼女に防げない命の危機を俺がなんとかできるのか?逆にこのレベルの魔導士に防げない命の危機って何なんだ?…ドラゴンの襲撃?魔王の復活?
……まあ、現実的に考えて腕の立つアサシンによる暗殺の試みとかなら、あり得るかも。でも俺の戦い方は超攻撃型で、何かを守る方向で戦うことにはあまり向いていないんだよなぁ…。うーん、逆に守りに入らず、お嬢様に近づく前にアサシンを討ち取るつもりでいけば良いのか?
その日の帰り道、ちょっとだけ引き気味の俺に「私が出しゃばりすぎて、あまりメイソンの実戦訓練にならなかったのでしょうか…」と少ししょんぼりしながらも、「でも私、意外と役に立つでしょう?もしメイソンが将来冒険者に戻るとしたら、パートナーの魔導士として良い感じだと思いません?」としっかりアピールしてきたお嬢様。
いやいや、今みたいな半分趣味の領域ならともかく、なんで公爵令嬢がフルタイムの冒険者にならないといけないんですか…てかその実力なら王国軍の主力にもなれると思いますよ。それこそ「四天王」なんかも普通に狙えるんじゃないですか。今の四天王って4人中3人が高齢だって聞きますし。
…と心の中ではツッコミを入れたものの、彼女にはそこまでは伝えず「俺みたいな普通の冒険者のパートナーにはもったいないと思います」とだけ言っておいた。
俺の回答にとても不満げな顔のお嬢様。…たぶん彼女は俺が将来冒険者に戻るなら、本気でついてくるつもりだろうな。
…俺はこれからどうするべきかな。もちろん契約を更新した以上は、契約期間は遵守するつもりである。
こうやって実戦感覚が衰えないように他のクエストも受けられるのでならば、ローズデール家から離れないといけない理由が何もないのは事実だ。給料もいいし、働きやすいし、何よりも護衛対象のご令嬢、超可愛いし。
でも、お嬢様との関係はこの先どう考えれば良いのだろうか。年齢は彼女の言うとおり、時間が経てば気にならなくなる問題だとしても、彼女は公爵令嬢で俺は平民だ。
そして今日見た限り、彼女の魔導士としての実力も、はっきりいって俺の剣士としての実力をはるかに上回る。もちろん、内面や外見の部分の釣り合いだって全くとれていない。
俺が彼女の相手として相応しい要素、何一つないじゃないか。いくら考えても本当に一つもないぞ。
彼女は将来、望めば王妃にでも何にでもなれるだろう。彼女が本気で冒険者としての道を望むなら、俺なんかじゃなくて最強のメンバーを集めた豪華なパーティーを作って伝説の冒険者を目指すことだってできるはずだ。
そんなすごいお嬢様が今、俺のことを好いてくれているからって、俺が彼女のそばにいることは許されるんだろうか。そうすべきだろうか。
そして…今の彼女の気持ちが本物だとして、その気持ちは今後もずっと変わらないだろうか。きっとお嬢様にはこれから王族、貴族、天才、金持ち、美男子…いろんなすごい男からの求愛が絶えないはずなのに。
…落ち込んじゃうな。やっぱり俺にお嬢様は高嶺の花だと思う。
でもなんだろう、この感情。…誰にも渡したくない、ずっと俺のそばにいてほしい、ずっと俺のことを好きでいてほしい、その太陽のような笑顔を見せるのは俺だけにしてほしい、俺だけのお嬢様でいてほしい…。そんな気持ちでいっぱいだった。
「お嬢様」
「はい?」
「よかったらまた、一緒に実戦訓練しましょうね」
「…はい!」
弾けるような笑顔を見せてくれるお嬢様。改めて「この笑顔を一生独占したい」と強く願ってしまった。
……いつから俺は、こんな身の程知らずの男になってしまったんだろう…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、頻繁に魔物討伐に出かけるようになった俺たちは、なんと地元ではちょっと名の知れたパーティーになってしまった。
ローズデール公爵家のお嬢様が本名で活動しているとあって最初から話題性は抜群だったし、実戦を経験したことでお嬢様とアイリーンさんの実力がさらに急激に伸びて、実際に相当力のあるパーティーになっちゃったし…。
もっとも意外だったのは、旦那様と奥様の反応。こっちとしては大事なお嬢様がこんな訳のわかんない平民の男と日々魔物討伐に明け暮れていて良いのかと思ってしまうのだが…。
どうやら「魔道王国の貴族」には独特の価値観があるらしく、まだ魔道学園に入学もしていない娘が早くも魔導士として名前が売れていることが誇らしくて誇らしくて仕方がないといった反応だった。
そしてローズデール公爵家が全面的に俺たちの活動をバックアップしているものだから、最近は高難易度クエストの指名依頼まで届くようになってしまった。
……いやあの、どうしてこうなった?
ブックマーク、☆での評価、感想など、心よりお待ちしております。
よろしくお願いいたします。




