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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
各々の日
41/43

各々の日 2

 それから数分で救急車が到着すると、父親が乗り込み、父親は医師として状況を説明する。

 藍と母親は乗ることはできなかったので、母親が車を出し、二人で搬送先の順天堂病院へと向かった。緊張が続いていたが、それは病院の救急へと着くと解放された。祐樹が救急車の中で目覚めたのだ。

 一通りレントゲンやCTや血液検査をするも異常はなく、右腕前腕の打撲だけで済んだ。

 一時的に脳に血液を送り出せなくなる一過性の脳虚血だろうという話になったが、五時間も一過性の筈はないと父親は食い下がっていた。てんかんか何かではないのかと、話し合っている。だが藍にはわかっていた。病気でも何でもないのだ。彼の意識が、あの時代から戻ってきたという、それだけなのだ。そんなことを思うも、言えるはずもなく、ただそのやり取りを藍は見つめる。

 祐樹も藍の存在に気付いたが、深いため息を吐く真似をして、苦笑を浮かべ、首を振って彼女とアイコンタクトを取った。

しばらくその話し合いは続きそうだったので、藍は待合室で座ってぼうっと待っていた。母親も父親も祐樹の所にいるため藍はしばらくの間は一人であった。

 と、ぼんやりしていると、目の前にどこかで見たことのある顔が現れた。手には消毒液と軟膏と絆創膏を持っている看護師だった。その姿は、老けてはいるが確実に彼女だった。

「ここにいれば会えると思っていたわ」

「チヨさん!? 何故現代に?!」

 藍は思わず声を上げて驚いた。しぃーとチヨに言われ、病院の中で何人かの医師と患者が白い目で藍を見ていることに気付くと、口を自分の両手で塞ぐ。そして再度声を落として、藍はチヨを見る。

「理由は簡単なんだけど、祐樹くんにも話さないといけないから彼が来たら話しましょう」

 それまでは仕事をしているわね、と藍の忘れていた右腕に消毒薬を塗りつけ、軟膏を塗り、絆創膏を貼る。軽く打撲しているようで、痛みが増したら冷やすように言われる。

「貴女と話したかったわ。貴方達が戻ってくるまでの三、四十年、できることはしておいたわ」

 齢五、六〇になるだろう彼女は目尻に皺を寄せて笑う。

「できること?」

「ふふ、なんと手紙を見つけたのよ」

「えっ」

 得意気にそう笑ったチヨはだいぶ丸くなったように見える。だが藍が驚いたのはその笑顔ではなく、手紙そのものの発見だった。

「ツテを一生懸命作ったのよ。そして、見つけた。福沢さんは約束を守ってくれたわ。慶應大学文学部にきちんと保存されてる」

 チヨは一枚の証拠写真を取り出す。そこには明らかに藍と祐樹が書いた手紙が写し出されていた。

「これ、こんな写真どうして?」

 聞くところによると、その学部の教授と友達になったようだった。年も近いということもあり、話が盛り上がったそうだ。その流れで変わった手紙がないか尋ねると、写真と一緒にデータを送ってくれたようだ。教授は意気揚々と中身を見ることができるのはもう少しだと、喜んでいたそうだ。

「これ、祐樹くんに見せてもいいですか」

「その必要はないようね、今の全部聞こえてたんじゃない?」

「え?」

 藍は後ろを振り向くとそこには少し離れたところに彼が立っていた。内容もだが、チヨがどうしてそこにいるのかと、彼は口を金魚のようにパクパクとさせた。

「なんでチヨさんが……」

「年を取ってもわかってもらえるって嬉しいものね」

「そんなことよりも……」

「簡単なことよ。あの時代で寿命がきて死にかけたの。それで私も戻ってきて、祐樹くんの通う病院に勤めたっていう、それだけよ」

 チヨは微かに口元に笑みを浮かべると、二人を抱き寄せた。

「また会えて嬉しいわ」


 それから三人は度々顔を合わせるようになった。思い出話を語るように、三人で喫茶店で何度もお茶をした。その喫茶店はチヨの娘がオーナーだという。その娘も一児の母になっていた。娘の目元はチヨによく似ていた。彼女の入れるお茶は、以前チヨが入れてくれたお茶にそっくりで、風味も、香りも、温度もどれもが居心地が良かった。そんな懐かしい味を横に起きながら取り留めのない話を続けた。

 藍と祐樹が消えたその後は、一旦全員が解散となった。残されていた原田も坂本を捕らえようともせず、ただ黙ってそこを去ったそうだ。松本は新選組隊士の健康状態を診るからと、その場を後にしたようだが、恐らくそこを去る口実だろうとチヨは推測した。坂本は拳銃を拾った後、一発の弾を取り出すと、それを鴨川に力の限り投げ出していたらしい。福沢も渡された手紙を大事そうに懐へ詰めると自らの帰る場所へと歩んだそうだ。誰もが二人の姿を目に焼き付けていた。

 そこから先はチヨも人づてに聞いた話だった。

 坂本は何者かに暗殺され、日本はその後国内で戦争が勃発した。戊辰戦争と呼ばれるものだ。そこで新選組は滅び、土方も亡くなった。原田は戊辰戦争で亡くなったという話も聞けば、モンゴルへ逃げたという噂も聞いたがどうにもはっきりしなかった。松本は医療を続け、福沢は明治維新後その知名度を上げた。

 戦争が一通り終わり、明治になってから、彼女は例の『色んな時代の人が集まる村』を訪ねてみたらしい。だが、その村はまるで存在しなかったように跡形もなくなっていたという。戦争で消えたわけではなく、ただの森になっていた。ついにその時代にいる他の時代から来たのはチヨだけになっていたという。チヨが生きている間は少なくともその村は元に戻ることはなかったそうだ。結局その村の存在理由は彼らにはわかることはなかった。

 藍も祐樹も複雑な気持ちでいっぱいになった。自分達が変わることがあっても、彼らの以外の運命が変わることはなかったのだ。


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