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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
各々の日
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各々の日 1

 目が覚めた。そこは見覚えのある部屋だった。

 何もかもが夢のように思える。そう彼女は感じた。だが、死に際、左手に握りしめていたそれが、現実であったのだと知らせる。綺麗だった桃色は薄汚れ、今は甘い香りもしない、小さな袋。そう、あの原田から貰った匂い袋だった。彼女が過去から持ってこれたものはそれだけだった。後は全て、身に付けているものは地震が起きる前と同じである。ただ違うことは、時間が三時間経っていたことと、そして倒れてきた筈の棚が腕のみに乗っていたことである。あの時は確かに、全身でそれを受けた。何があったのだろうかと思うも、そんな思考もすぐに馬鹿馬鹿しくなる。何故なら、たった今、彼女は過去から現代に戻ってきたのだから、何が起きてもおかしくない、そう思えるのだ。彼女は、藍は、匂い袋を握りしめた。

 本棚は彼女の右腕にのしかかっている。鈍い痛みが走るも、骨折や神経が麻痺をしている様子はないし、腕も動く。ぐっと力をいれて本棚から腕を引き抜くと、右腕前腕にできた痣に手を添える。

「そうだ、携帯!」

 彼女は痛みより先に事実確認をするために、携帯を開く。電波は良好であった。予め彼女は祐樹に教えてもらっていた番号を入力すると、受話器の向こうに呼び出し音を聞く。だが、いつまで経ってもそれが続くだけで出る気配はない。単純に気付いていないだけなのか、それとも危険な状態なのか。それを確認する術もなく、藍はショートメールを入れた。

『着信に気付いたら電話を下さい 藍』

 だが、一時間経った後も一向に返事はなかった。このまま一日二日と待つか、それとも――

 藍は携帯を閉じる。そして上着を羽織り、携帯と財布を鞄に入れると、彼女は足早に家を出た。彼女の向かう先は、順天堂大学医学部だ。彼の家の住所を聞いておけば良かったと、常々後悔するがどうしようもない。万一の時はお互いがお互いを助けようと約束もしていたのだ。

 地震の影響で遅延している電車を乗り継ぎ、彼女は順天堂大学に到着した。

 ここが、松本の父親が作ったという大学か、と彼女は感心をするも、そんなことを考えている暇はないと急いで大学校舎内に入っていく。入り口でばたばたと忙しそうに走り回る一人のスタッフらしき人を捕まえ、連絡がつかないという事情を説明すると学生担当の課に連れていってもらえた。だが、数時間連絡が取れないということだけではなかなかスタッフも動いてくれず、 何度も何度もお願いした。

「住所を教えてもらえなくてもいいので、せめて親御さんに連絡をしてください。きっと地震の後連絡が取れなくなっていると思うんです」

そう言ってやっと説得をすると、家族への連絡先を調べ、やっとのことで電話をかけてもらえた。家族に連絡が行くと、連絡をくれた藍も詳しく話を聞きたいとのことで同行することになった。

 現代で彼に会うのはこれが初めてだ。かと言って、当然初めて会うような緊張感もない。夢でなかったことは彼が存在するということで確定された。あとは、安否だけだ。家族が大学に迎えに来るということで妙にそわそわとして、彼女は待った。この時間に改めて藍は今の状況を考えた。この『考える』ということも、あの時代で学んできたことだった。

 地震が起きてから藍が目覚めるまで三時間あった。この時差はどうして起きているのかわからないが、もし彼にも同じことが起きているとすれば、この時差もあるのだろう。となると、藍が目覚めてから二時間が経った今、家族が彼と連絡が取れなくなって五時間は経過していることになる。心配するのは当然のことだ。だが人は動くきっかけというものを欲する。それが藍からの連絡だったようだ。

 藍は予め、祐樹と「念の為に」と打ち合わせしていた内容を思い出す。関係は祐樹が藍の家庭教師で、地震が起きた日がたまたま訪問日だった。今日の訪問がキャンセルになるという連絡をお互いに連絡し合おうとしていた、といった内容だ。

 そんなことを思い出している間に彼の両親が迎えにきた。母親は至ってはどこにでもいそうな人で柔和そうな人だった。だが、そんな母親とは打って変わって、父親は厳格そうな顔つきをしており、どこか取っ付きにくい第一印象だった。この人が祐樹の言っていた父親か、と藍は思わずまじまじと見てしまう。確かに、どこか空気は似ていた。

「あなたが連絡をくれた人ね。ありがとう」

 母親が藍にそう言うが、どこか不安気な目でそわそわとしている。藍は一通り打ち合わせ通りに事を説明すると、更にその女性はおろおろとした。「早く迎えに行かないと」と父親に言うが、父親は冷静で「わかっているから、落ち着きなさい」と促す。だがそんな父親も強がってそうしていることが藍にはわかった。医者としてなのか、父親としてなのか、冷静にならなければ、と思っているように彼女は感じた。

 二人の親と一緒に車に乗り込むと、祐樹のマンションへと向かう。 着いたマンションはオートロックになっていて、一度彼の部屋番号を押し、呼び出すも返事はない。両親は合鍵で一階のその扉を開けると、祐樹の住む六階のエレベーターのボタンを押した。その間も母親は顔を青ざめ、父親も額にわずかに汗をかいていた。六階で降りると、母親は小走りになり、 急いで部屋の玄関の鍵を開けた。

 部屋に入ると、祐樹は、段ボールの山の下敷きになって倒れていた。母親が声を上げて近寄ると、その姿を見た父親の形相も一変し、救急車を呼ぶ。その後に、彼に触れ起こそうとする母親を除け、父親は医者として彼に話しかける。

「意識はないが、呼吸も脈も正常だ」

 ひとまずは安心といった表情は浮かべるも、ではなぜ目覚めないのかと不安になる。


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