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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
覚悟の日
37/43

覚悟の日 4

「確かに……」と、 祐樹もうんと頷く。「それは名案かもしれない」とチヨも同意した。

「ほう、福沢さんは後世に名を残す人にでもになるのかにゃ?」

 坂本は腕を組み感心してそう言うと、にやりと笑った。

「あ……こ、このことは秘密でお願いします……」

「ははは! わかっちょるよ」

 祐樹をからかいながらも、坂本も何かをやり切ったような表情を浮かべ満足気に笑みを浮かべた。

「さて、話したいことは終わったきに。わしは松本先生に会いに行ってくるかの。福沢さんもいるらしいしの?」

 坂本はまた三人に悪戯な視線を配ると、目元を三日月にして子供のように笑って踵を返す。後ろ手に手のひらをヒラヒラと振ると、坂本はそこを去っていった。


――チヨの写真の右腕の黒ずみが消えていた。身元を明かすことで歴史の修正までできてしまうものなのかと、チヨは呟いた。逆に返すと坂本がそれだけ秘密を守る男であった事を意味する。それは彼だけではなく、三人に関わった者にも言えることだ。新選組の原田だけではなく、土方、永倉も、そして松本もだ。

 そもそも未来を知るということは、現時点での行為を起動修正するということになる。だが、必然であった未来であるならば、介入しても問題がないことになる。自らの信念を貫き通す者には、未来なんてものは知る価値はわずかなのだ。もっと言えば、自分の未来を見据えている者も多くいる。彼らは未来が自分達の手で作られることも知っている。

 また、未来に影響を与えないということは難しいことでもあり、容易でもないことなのだ。影響を与え続けるにはそれを引き継ぐ者が必要になってくる。チヨのように長い間この時代に滞在していれば何かしら影響は与えているのかもしれないが、まだ数ヶ月の藍や祐樹にはそれほどの影響力はなかった。最も影響を与えているであろうチヨの歴史が修正されたことで、三人が未来に与えたであろう影響をほぼプラスマイナスゼロにできたのではないかと、彼らは考えた。だが飽くまで推測であって、藍や祐樹が元の時代に戻った時に何かが変わっていることは否定はできない。少なくとも彼らの人生は変わったことにはなる。

 その中で福沢諭吉という男にこれから彼らは全てを話すのだ。日本国内で有名な私立大学を創り上げた男に、手紙を託すのだ。藍と祐樹に不安や恐怖がないわけではなかった。彼に話すことで未来が変わってしまうのではないか、手紙が解読されることで歴史が変わってしまうのではないか、そもそも引き継がれず、万一の時に親元にその手紙が届かないのはないか――全てはそれを引き継ぐものに託されている。

 藍と祐樹は慣れない筆を取り、手紙の内容と文末に自分達の住所を書き終えた。折り畳むと表紙には『開封は西暦二○××年×月×日以降に、佳川藍もしくは橋本祐樹がいる場で開けること。現れない場合は中に書いた住所宛に届けること』と書き、裏に『慶應大学文学部にて保管』と書き記した。

「本当にいいんだね?」

 祐樹は藍に確認する。「うん」と返事が返ってくる。

「慶應の文学部、結構難しいよ。聞いたところの成績だと今からならよっぽど頑張らないと」

「わかってる」

 そう、彼女は『現代(平成時代)』に戻れた場合、慶應大学文学部を受験することにしたのだ。

「私の夢を追える場所でもあるし、目指すならそこに行く。自分のためにも、手紙のためにも」

 そこで教授とツテを作り、手紙を取り戻す。それに歴史や考古学を勉強するには文学部に入るのが一番のようだった。

 手紙を書き終え、藍はチヨに向き直る。

「チヨさん、本当にいいんですか」

「私は遠慮しとくわ」

 相変わらずチヨは苦笑してそう答えた。死ぬということが、どれほどの恐怖なのか。もしかしたら、藍達にはまだそれが本当の意味でわかってないのかもしれない。チヨは何人もの人々を看取ってきた。眠るように死ぬ者もいれば、もがき苦しみ死ぬ者もいた。生と死に最も近い仕事をしている彼女だからこそ、拒むのだろう。逆を返せば、死を恐れない者もいるかもしれないが――


「あれ?」

 藍はふと足元を見ると見覚えのない匂い袋があった。原田からもらったものは彼女は肌身離さず持っているし、それと色も柄も違う。匂いももうなくなり、あちこちがボロボロになっていた。藍はそれを拾い上げると、裏に返す。そこには刺繍が施されており、『龍』と書かれていた。気付いた祐樹が横から覗き込んだ。

「これって……どうみても女の人が持つものだよね?」

 藍は素直な疑問を口にする。

「坂本さんのじゃないかな? その『龍』って、恐らくおりょうさんっていう、坂本龍馬の恋人の名前かも」

 坂本龍馬に恋人がいたことは有名であり、その恋人の名前も『龍馬』と似ているということでも知られている。お龍が風呂場から裸のまま龍馬に彼の身の危険を知らせにいった話や、日本初の新婚旅行をしたとも言われている話は、ファンの中では常識のように親しまれている。その女性の匂い袋ではないかと、祐樹は読んだ。

「だとしたら、大事なものなんじゃ」

 藍は懐に入れている自分の匂い袋に、服の上からそっと触れた。藍のそれもわずかに匂うだけでもう匂い袋としての役割は終えている。だが、それが大切な人からもらったものであると、その役目だけが重要ではなくなる。それを彼女はわかっていた。

「私、これ坂本さんに渡してくる。ついでに福沢さんにも時間が取れないか聞いてくるよ」

 藍はいてもたっても居られなくなり、すぐさま履物を履いた。

「俺も行こうか」

「ううん、大丈夫。場所もわかるし」

 祐樹から松本の居場所は聞いていた。歩いても十分で着く距離だ。彼女は首を横に振って笑うと「行ってきます」と扉を閉めた。


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