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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
手紙の日
33/43

手紙の日 5

「この手紙を受け取ったのは、藍達に会う前だったそうだ。あんたらに全てを伝えるには早すぎると感じたらしい」

 原田は苦虫をすり潰したような顔をする。

「あの女は、死にかけなきゃ、戻れないことをずっと隠していたんだ」

 藍はその言葉を聞いて、奥歯を噛みしめる。

「でも……わかる気がする。チヨさんはきっとずっと一人で寂しかったんだよ。それに……」

 言葉を止め、一旦彼女は深呼吸をした。

「それにチヨさんを頼ってくる患者さんも沢山いて、戻るに戻れない状況だったんだよ、きっと」

「それにしたって、田中って奴に会いにいくくらいはするだろう」

「毎日あんなに患者さんが来てるのに、無理だよ」

「あんたはあの女の肩を持つのかよっ!」

原田は思わず座ったまま床を殴りつける。それにびくりとして藍はすくんだ。

「あ……悪い……」

「大丈夫……」

 藍は彼の殴った床を見つめる。

「私だってびっくりはしてる。でも、チヨさんは隠していたというよりも、私達に心の準備をさせてくれていたんだと思うよ。だからこのタイミングで隠さず手紙を見せてくれたんだよ」

 藍は苦笑して肩を竦ませる。しかし、また涙が出てきそうになっていることに彼女は気づいてしまった。

「死にかけるしか、ないんだね。やっぱり」

「何納得してるんだよ。自分から命を手放すのかよ。おかしいだろっ。それに友達は俺がいるだろ。元の時代なんかに戻る必要あるのかよ!」

 原田の必死な形相を藍は初めて目にする。それに複雑な気持ちが絡んでいき、藍自身もどうしたら良いのかわからなくなってくる。

「戻るよ……。家族や友達に会いたいし、それに私、この時代に来て初めて自分のやりたいことを見つけたの」

「この時代じゃできないのか」

「きっと、無理」

「そんなにこの時代が嫌いなのか」

「この時代は大好きだよ。大好きだけど……」

 藍の瞳から今日何度目かの涙を流す。

「わかって。お願い。私は戻るよ」

「……そうか……」

 藍はこの時初めて気付いた。原田は今日のこの夜、ずっとこのことを知っていたのだ。つまり、死という運命を変えられないこともわかっていた。藍達が消えていくことの覚悟を決め始めていたのだ。自分一人が辛いと藍はずっと思っていたがそうではなかったのだ。どんな思いで今夜の言葉を綴っていたのだろうかと思考を巡らすと、とても切ない気分になった。

「やっぱりこうなるしかないんだな。薄々わかってはいたんだ。あんたは未来から来ていて、俺はこの時代の者で――」

「そして永遠に、離れ離れ」

付け加えるように藍は放った。涙が溢れては拭って、溢れては拭った。

「泣き虫め」

「へへ」

 目から涙を零しながらも藍はにこりと返す。

「あんたみたいな変なやつ、消えるなんて、寂しすぎるだろ」

 原田はその笑みにつられて唇をわずかに上げる。

「元気でな、っていう言葉も言えねぇなんてな。ただの皮肉になっちまう。笑っちまうな」

笑みを浮かべながらも、若者の男の瞳から堪え切れなかったものが一筋流れ落ちる。

「俺には人を楽にする方法はわからねえ。できることって言えば、あんたらを殺しかけることしかないんだぜ……?」


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