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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
一人の日
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一人の日 4

 二人はいつしかなんとなくぶらぶらと歩きだし、取り留めのない話をし始める。勿論余計なことは言わないように藍は注意を払いつつ、最近何を食べたのかとか、原田は普段どんな生活をしているのかとか、そんな話をする。

 そして気付けば彼女は彼について新選組の頓所とんしょ前まで来てしまっていた。側には寺があり、その辺りから子供達が遊んでいる声がする。それ以外は頓所からたまに話し声や稽古の声が聞こえるくらいであとは静かだ。

「ここが頓所だ。衣食住、稽古はここでやってる」

 藍は、頓所と言うから大きな体育館のようなものを想像していたが、どちらかと言うと大きな家という印象を受ける。聞けば八木家と言う一般人の民家に住まわせて貰っているらしい。八木邸と前川邸という両方の建物を新選組は使っている。

「にしても、歩いたな」

 団扇で扇ぎながら原田は天を煽る。藍も同じように空を見上げる。日は大分傾いていた。

「連れてきといてなんだけど、ここから四条まではかなりかかるぜ。着く頃には日が落ちちまうかもしんないな……」

 参ったなと頭をかく原田。いつもの無計画さが裏目に出てしまった。

 彼はこのあと隊士に稽古をつけなければならないのだ。原田は刀は勿論のこと、槍では隊内屈指の使い手である。日が沈み涼しい時間帯に、槍の稽古をする約束を隊士としてしまっていたのだ。

「代わりに誰か送らせるから待ってろ」

「いや、大丈夫だよ。道も難しくないし一人でも帰れる」

「そうはいかないだろ。女一人で夜出歩いてみろ。京は浪人共がうろついてるんだぜ。何かあったら俺も寝覚めが悪いだろ。暇な奴一人くらいはいるはずだから。いいな、待ってろよ」

 男は女子供は守るもんだ、と原田は言い放ち頓所内に入っていく。

 一人残された藍はしばらくそこでぼんやりと待っていたが、ふと誰かに見つかったらどうしようと思い落ち着かなくなる。彼女はそわそわと同じ場所を行ったり来たりする。五分ほど待っても一向に原田は出てこない。そうこうしているうちに日は落ちていく。

(もう帰っちゃおうかな……)

 藍がそんなことを考え始めたときだった。

 後ろから肩を叩かれる。やっと来たのかと思い振り返ると、原田の姿はなく、そこには以前池田屋の帰り際に見かけた男がいた。確か、祐樹が新選組の中での幹部だと言っていた人だ。

「君が木之下藍か」

 えっ、と藍は眉間にシワを寄せる。

 実は藍と祐樹は木之下チヨ子の血の繋がっていない家族ということになっている。三人が突然一緒に住みはじめた口実をチヨが無理矢理作ったのだ。

 藍は捨て子で、祐樹の両親が彼女を拾い育てたが、その祐樹の両親も病気で亡くなった。その時に診察していたのがチヨ。祐樹と藍は行く宛てがなくなり、チヨが引き取ることにした。

 という、設定になっている。

 そのため佳川藍が本名だが、現代では一応『木之下藍』にしているのだ。今までは藍には知り合いもそういなかったため木之下藍なんて呼ばれることもなかったが、今は確かに木之下藍なのだ。

 だがそんなことを何故目の前の男は知っているのだろうか。原田にも木之下という姓だとは教えてないはずだ。

「確かに木之下藍ですが……」

「悪いが君らのことは色々調べさせて貰ったんだ」

「はい?」

「本名は佳川藍だね。出生地は不明」

「はい……えっ、と、両親に捨てられたので……あの、その前にどちら様ですか」

 藍は反射的に身構える。何かを知っている風の男の喋り方に一歩引いて顔をしかめる。

「原田から話は聞いた。俺が君を送る。新選組副長、土方歳三だ」


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