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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
決意の日
17/43

決意の日 1

 翌朝、二人は新選組の行列を見た。池田屋から彼らの住家へと帰る行列だった。

 京の人々は各々の家から出てそれを見物するが誰ひとり彼らに近づこうとはしない。炎の海になるはずだったこの土地を救った正義のヒーローのはずだが、そう考える者はどうやらいないようだ。

 返り血を浴びて胸を張る新選組を、ただただ無心の瞳で見送る。こそこそと陰口でも言おうものなら叩き切られるかもしれないため誰も口を開かない。きっと街の人々には群れをなす狼に見えるのだろう。

 行列の中には昨夜取り調べにいなかった者も多数いた。

 近藤の横を颯爽と歩き端正な顔立ちをしている、今でいう所謂イケメンがいる。祐樹には彼が土方歳三だとわかるまでそう時間はかからなかった。未来に写真が残っている者が、血のついた着物を着て目の前を歩くのはなんとも不思議な光景なもんだなと彼は感じた。

 土方という男はかっこうよく、頭のキレる策士として知られ、未来では新選組ファンにも一目置かれている。確かに、何十人もの行列の中でも人目を引くものがあり、それだけの存在感が彼にはあった。

 何人か、木でできた担架のようなものに乗せられ運ばれていた。そこには白い布を体に被せられた者もいた。布は黒ずんでいた。

 軽く見回すと原田と永倉の姿もあった。永倉の左手は白い布切れでぐるぐるにまかれていて、その白い布は赤黒い模様がじんわりと浮かび上がってついていた。しかし当の本人は脂汗をかきながらも横にいる、更に体調が悪そうな色黒の男に何やら話しかけていた。

 原田は、担架に横になっている男を心配そうに見ていた。その男は額が割れており、布で押さえていてはっきりとはわからないがその顔は真っ青になっている。

 藍も祐樹も始終黙っていた。

 歴史通り事を運ぶことが望みのはずだったが、これが史実ならなんと酷い選択なのだろう。

 池田屋事件で、幾人も死人と負傷者が出たと言うことだけは紛れも無い事実だった。

「俺達のせいなのかな」

「わかんない……」

 二人は同時にため息をつく。ため息を一度吐くとずっしりと身体が鉛を乗せたようになる。昨夜、結局二人はほとんど眠れず今になって精神的な疲れが押し寄せていた。

 祐樹は先に帰ると藍に告げ踵を返す。が、そこには……。

「……! 福沢さん!」

「やぁ」

 にっこりと笑顔で挨拶をしてきた福沢諭吉だった。

「やはり荒れたようだね」

 新選組の去る後ろ姿を横目に見ながら福沢は苦笑いをする。祐樹はまさかその後押しをしたのが自分とは言えず、同じように苦笑いをして返す。

「それで、どうしたんですか?」

「ああ、昨夜君に言い忘れたことがあってね。おチヨさんの所へ行ったら君達が朝早くから三条に向かったと聞いたんで来たんだ」

 と、彼は意味ありげな言い方をしてごそごそと袂を探る。

「話していたら医学に興味があるようだと感じたのでね」

 祐樹は首を捻った。

 藍も二人の話し声に気付いたようで振り返ると「あ、福沢さん……」と疲れたように呟き、「どうしたの?」と祐樹に耳打ちする。祐樹はただ首を傾げるだけだ。

「君は緒方先生のことは知ってるかな?」

「はい、一応」

「緒方先生はお医者でありながらも外国の知識を日本に広めることに尽力した先生だ。私は主に蘭学。そして医学は別にいてね、ある方が今亡き緒方先生の後を継いだんだ。誰かわかるかな」

「もしかして、松本良順(まつもとりょうじゅん)、先生ですか?」

 祐樹は大学で習った医学の歴史、はたまたチヨにそれとなく聞いていた、現代日本においての『最新医療』を施す男の名を絞り出した。

 大学で学ぶ医の歴史といっても、高校のときのように歴史順に教えられるのではなく、つまみ食いのように教えられるのでそう量はない。

 江戸時代と言えば『ターヘル・アナトミア』というオランダ語の解剖書物を解読した杉田玄白(すぎたげんぱく)前野良沢(まえのりょうたく)、日本初であり 実は世界初と言われる全身麻酔開発者の華岡青洲(はなおかせいしゅう)、日本初の女医でありシーボルトの娘の楠本イネ、おまけに適塾を開き医療を広めた緒方洪庵くらいだ。他にも何人かさらりと教えられるがこの時代はそう数はない。松本良順もその一人だ。

「さすが! よく知っているね。良順さんは私と同じ緒方先生の門下生でね。彼は少し前にポンペというオランダ人から西洋医学を学んだ方なんだ」

 ポンペという名は、他大学の受験で『一般教養』と称した試験で出された時に彼は知った。まさか医療の教養で歴史問題を出されるとは思わず、その問題がわからないときの悔しさといったらなかったのだ。

 そういった幾つかの理由で歴史好きの祐樹にとっては、緒方洪庵とポンペの弟子である松本良順のことを覚えているくらいなんともないことだった。

「それで実は私はこれから良順さんがいる大阪に行くんだが……ちょっと野暮用ができてしまってね。遅れてしまうんだ。それで、もしよかったらと言う話なんだが、このことを良順さんに伝えてくれないか?」

 福沢は懐から出した手紙を祐樹に手渡した。


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