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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
秘密の日
15/43

秘密の日 4

――チヨは酒に強かった。福沢も自分のペースで日本酒を進める。藍は飲まなかったが、祐樹もちびちびと日本酒を進めていた。

 ふと祐樹が懐から例の腕時計をこっそりと出してみる。八時前だった。

 すると、突然、扉が開き、だんだらの羽織りをきた男達が入ってきた。

「新選組だ……!」

 祐樹は驚いて藍に耳打ちした。

彼が知っている姿がある。未来にも写真が残っている。局長の近藤勇だ。

小柄な店主が怯えながら刀を持つ彼らの方へと歩み寄る。

「お客さん、今宵はどないっしゃろか」

「客ではない。ご用改めである。少し店を調べるぞ」

「へ、へぇ。どうぞ」

 その返事を聞く前に隊士がばらばらと店内へ散る。それから自分達の所にも、見たことがない男が一人寄ってくる。

「あんたらは何してる、なにもんだ」

「私は福沢諭吉だ。かの適塾を設立した緒方先生の弟子だ。忌日が近いので大阪に行く予定だがその前に京へ寄った。そして彼らは私の知り合いで、四条で診療所を開いてるチヨさんと、そこに一緒に住んでいる子らだ。怪しいものではない」

 背筋を伸ばし、しゃんと応えた。チヨもそのやり取りを横目にしながら、さも関係ないという風に酒を片手に進めていた。

 男はしばらく黙って彼らをじろじろと見ていたが、何かを思いついたようにはっとする。

「ああ、もしかして。四条にいる変人ってやつらか」

 どうやら『背が高く月代のない男祐樹、同じく女子にしては背が高い藍、四条で診療所を開いてる変人のチヨ』が男の中の情報と一致したようだ。

「あんたら、こないだは左之……っと、原田が世話になったな。俺は永倉ってもんだ。あいつからは散々話に聞いてる」

 チヨが少し動揺したのが藍と祐樹にはわかった。

 何を聞いたのだろうと、不安になり二人も目を反らしそうになった。

「やたら情けないガキと可愛い女子おなごと粋のいいお医者の女がいるって聞いてるぜ」

 永倉はニヤッとした。

 チヨの緊張が解けたのがわかった。二人も久しぶりに瞬きをして、苦笑いして返す。彼らに永倉の洒落た言い回しにツッコミをいれる余裕なんて当然ない。

 福沢はこのやりとりを黙って見ていた。

 永倉は「楽しんでるところ悪かったな」と言って、局長の所に報告しに行った。

 局長は報告を聞くと眉をよせ小さくため息をついた。

 各々の隊士の首筋にはたっぷりの汗を浮かべている。この湿気にあの着込みだ。着物の中には鎖帷子(くさりかたびら)なども着ているのだろう。加えて京中走り回っているのだ。汗をかかない方がおかしい。

「何かあったのかな」

 藍はぽそりと独り言のように呟いた。福沢がそれに対して独り言のように返す。

「何か今夜は荒れるかもしれないな……」

 同時に局長の声が店内に響いた。

「やはりここではない撤収だ。お客さんの皆様、申し訳ない」

 新選組がぱらぱらと店をでていく。

 しかし一名、あの永倉だけが残り「少しだけ先に行っててくれないか」と放った。それから振り返ると藍と祐樹を見た。

「お前らちょっとこっちへこい。福沢さんに女のお医者、ちょっとの間借りるぜ」

「何するつもり」

 チヨが初めて酒を止めて振り返った。

「話しをするだけだ。すぐ返す」

 結局藍も祐樹も半ば強引に店の外に連れ出された。他の新選組は少し先を歩いていた。

「お前ら、もし本当に未来から来たなら何か知らないか」

 二人はどきり、とした。

 原田が話していたのか。話していたならなんと伝えたのだろうか。いや、それよりも今、この状況をどうしたらよいのだろうか。

「いいか。言わないと今夜にでも京は火の海になるかもしれねぇんだ。俺達はそれを止めたい」

 チヨの表情を見て彼女の意見を聞きたくても今近くにはいない。聞くために店内に戻ればそれこそ怪しまれる。

 そんな中で祐樹はうっすらと幕末の知識を引きずりだしていた。もしかして、と思ったが、まさか、と自分の中で否定する。

「何があるんですか」

 祐樹は震える脚を手でおさえながら言った。

「細かいことは教えられない。ただひとつ、長州のやつらの集まってる場所が知りたい。今二手に別れて奴らを探してる。あいつらは京に火を放つ計画をしているんだ」

 生暖かい風が吹いた。どこかで聞いたことのある物語だ。恐らく、新選組を知る者は一度は聞いたことがある物語なのかもしれない。

「俺が個人的に臭ってるのは『池田屋』という店だ。……合ってるか」

 祐樹は口をつぐんだ。

 恐らく、合っている。今日がきっと新選組の名前を轟かせた『池田屋事件』の日なのだ。

藍の手にもしっとりとした汗がたまりはじめていた。祐樹に聞いていた。散々もう少しで事は起きるはずだ、と。


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