34話 仮面を脱ぎ捨てて……
「ユースティアナ、大丈夫か?」
急いでベッドに駆け寄り、彼女の拘束を解いた。
「……」
ユースティアナは、ぽかーんとしていた。
襲われかけたショックで……?
「大丈夫か? ユースティアナ、おい、聞こえているか?」
「……はっ!?」
ややあって、ユースティアナが我に返る。
そして……
なぜか俺の首元を掴んで、がくがくと揺らしてきた。
「なっ、ななな、なにをしているの!?」
「お、おいバカ、やめろっ、なにを……うぉおおお!?」
揺れる、揺れる!?
馬車に引きずり回されているかのようだ。
やばい、酔いそう。
「く、クライブを叩きのめしちゃうなんて!? 第四の団長だよ!? こんなことをしたら、ジークは……!?」
「大丈夫、落ち着け」
「落ち着いていられないよ!? 私が我慢すれば、みんなを……ジークを助けられると思っていたのに! それなのに、全部、壊れちゃう……」
「だから、大丈夫だって」
「……ぁ……」
ユースティアナを抱きしめた。
全身で俺の熱を伝える。
それから、背中をぽんぽんと撫でた。
子供にやるような方法だけど……
けっこう効果はあったらしく、ユースティアナは叫ぶのを止めた。
ただ、不安そうな顔はそのまま。
俺はみんなのことを心配してくれているのだろう。
……なら、その心配を早く取り除いてあげるか。
「これ」
「え?」
「ほら、見て」
ポケットから、とある書類を取り出した。
「第四騎士団、団長クライブ・アーネストの……逮捕状!?」
「言っておくけど、偽造とかじゃないからな。本物だぞ」
「……ほんとだ。この印、総長のものだ……」
「だろ?」
「そんな……いったい、どうやって……?」
「まあ、色々と偶然が重なって、俺は俺で独自にクライブを調べていたんだよ。例の気になる勘、ってヤツでさ」
「う、うん……ジークは、そういう人を見つけるの、得意だからね」
「で、色々と証拠が出てきて、総長に掛け合って逮捕状を請求したんだよ」
……実のところ、ここは、かなり危うい橋を渡っていた。
逮捕状がなければ、クライブに対して無茶はできない。
正当な暴力とならず、違法逮捕となってしまい、後で、逆にこちらが訴えられることになる。
でも、ユースティアナを守るためなら、それでも構わない。
そう思い、突入しようとしたのだけど……
フェルミーが間に合った。
際どいタイミングで駆けつけてくれて、俺が頼んだ仕事……即ち、逮捕状の請求をやり遂げてくれた。
できる後輩に感謝しかない。
最初、出会った時と比べて、本当に彼女は成長したな。
「今度、あたしともデートしてくださいね!」
なんて言っていたが……
まあ、それは冗談だろうな。
「というわけで、なにも問題はない。強制捜査になったけれど、ユースティアナという被害者がいたため、それも問題ない」
「そ、そうなんだ……よかった。じゃあ、後で問題になることはないんだね?」
「もちろん」
やりすぎ、ということで怒られるかもしれないが……
あくまでも注意を受ける程度だろう。
まあ……
俺としては、まったくやり足りないのだが。
このようなクズ、再起不能にしてやらないと気が済まない。
「そ、そっか……ありがとう、ジーク。助けられちゃったね」
「いいよ。幼馴染だろう?」
「うん、ありがとう」
ユースティアナは笑みを浮かべた。
でも、それはどこかぎこちなくて……
「突入は、ジーク一人で?」
「今、フェルミーが応援を呼んできてくれている。もう少ししたら、第三がやってくると思う」
「すごいね。一人でクライブまで倒しちゃうなんて」
「まあ……あいつ、酒飲んでて酔ってたみたいだから。そのせいだろ」
「確かに。けっこう飲んでいたね」
うまくごまかせたかな?
ユースティアナを守る影の騎士であり続けるには、俺の力は隠しておくべきだ。
「じゃあ、私も捜査に協力しようかな。ジークやみんなにだけ任せておけないからね」
「……その前に」
「え?」
ユースティアナをもう一度、抱きしめた。
「ど、どうしたの?」
「無理しなくていいぞ」
「無理、って……」
「我慢って言い換えた方がわかりやすいか?」
「……」
「怖かったんだろ? 泣きたかったんだろ? なら……我慢しなくていいさ。ここにいるのは、俺だけだ。『氷の妖精』の仮面を被る必要はない」
「か、被ってなんていないよ? ほら、普段の私でしょう?」
「でも、無理をしてる。我慢してる」
図星だったらしく、ユースティアナの表情が固まる。
「今も尚、ユースティアナは仮面を被っている。それは、俺に心配をさせないため。でも……いいんだよ。心配くらいさせてほしい。抱えているもの、全部、吐き出してほしい。我慢なんてしないでほしい」
「で、でも、私……」
「いいんだよ。今は、ユースティアナは騎士団長じゃなくて、ただの一人の女の子なんだから。我慢する必要はないんだ」
「ジークが、いるから……」
「いいから」
やや強く抱きしめた。
それがきっかけとなったのように、ユースティアナの瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。
「うっ、うううぅ……ひっく、ぐすっ……こ、怖かった、怖かったよぉ……」
「うん」
「わ、私、酷いことをされちゃうんじゃないか、って……そう考えて、震えて、でも、我慢しないといけなくて……でも、できそうになくて……」
「うん」
「我慢して我慢して、なんかもう、おかしくなっちゃいそうで……怖くて、ダメになりそうで……うっ、うううぅ……うぇえええええ!」
「うん」
子供のように泣くユースティアナ。
俺は、そんな彼女をしっかりと抱きしめていた。
今、この瞬間は……
ユースティアナは、なにもかも仮面を脱ぎ捨てて、本来の自分を見せているのだろう。




