29話 という話
「……と、いう話があったみたいだよ」
夜。
第三の塔にある食堂で、仲間であり友達のエルと一緒に食事をとっていると、そんな話を聞くことができた。
「第四のクライブが団長に言い寄っている……か」
「呼び捨て、って……」
「不届き者は呼び捨てで十分だ。というかそいつ、よく斬り捨てられないな?」
「あはは。そんなことするわけないよ、って否定できないところがなんとも。これも噂なんだけど、クライブ団長は、なにかしら団長の弱味につけこんでいるみたい」
「弱味?」
「そこはよくわからないんだけどね。あくまでも噂だから」
「ふむ……団長の返事は?」
「保留にしたみたい」
「保留か……」
驚きだ。
あのユースティアナが、うさんくさい話をばっさりと切り捨てないなんて。
弱味を握られているという話、本当かもしれないな。
「エルは、この先、どうなると思う?」
「うーん……団長って怖いけど、でも、なんだかんだ僕達のことをきちんと考えてくれていると思うんだ。もしも、その弱味が僕達に関することだったら……たぶん、団長は話を受けちゃうんじゃないかな?」
エルも俺と同じ考えのようだ。
「あ、せんぱーい!」
明るい声。
見ると、フェルミーがぱたぱたと駆け寄ってきた。
なんとなく犬を連想させる。
「あたしも一緒していいですか? わーい、隣、いただきます。あ、エル先輩、おつかれさまです!」
まだなにも言っていないのに隣に座られてしまう。
まあ、いいんだけどさ。
ちょうどいいから、今の話をフェルミーにも振ってみた。
「えっ、マジでそんなことが? 第四の団長、マジさいてーじゃないですか」
「フェルミーは、特に噂について知らないのか?」
「うーん……すみません、特に聞いたことは。ただ……」
「ただ?」
「第四の団長は、酷い女好きで、彼に泣かされた女性はたくさん。けっこうな恨みを買っているみたいですねー」
「そんなヤツが団長を務めているのか……?」
「魔法の腕は一流みたいなので。あと、彼の素顔を知らず、騙されて、支持する女性はけっこう多いみたいですよ」
「……まさに女性の敵だね」
温厚なエルでさえ、顔をしかめていた。
フェルミーの話の裏をとったわけではないが、噂がある以上、ある程度は事実なのだろう。
火のないところに煙は立たない。
「第四の団長がどうかしたんですか?」
「それが……」
事情を話した。
「えっ、マジですか? ウチの団長を狙うとか、クライブ団長、命知らずすぎません……?」
「僕は、気持ちはわかるかな。団長は怖いけど、でも、とても綺麗な人だから」
「まあ、それはわかりますけどね。同性であるあたしも、たまに魅了されそうになりますもん」
「……」
ちょっと調べた方がいいかもしれないな。
「ごちそうさま」
「あれ!? 先輩、食べるの早いです!」
「ちょっと用事を思い出してな。悪いな。また今度、ゆっくり食べよう」
「約束ですよー!?」
そんなフェルミーに手を振りつつ、俺は食堂を後にした。
――――――――――
素のユースティアナは、けっこう人に気を遣う。
他人のことを気にして、不愉快にさせないように怒らせないように。
そして心配させないように振る舞うことが多い。
本人に聞いてもごまかされてしまうのがオチだろう。
なので……
「悪いな、ユースティアナ」
彼女の執務室にこっそりと忍び込む。
鍵?
解錠スキルもばっちり身につけている。
もちろん、悪用はしていない。
「あいつ、わりとマメだから日記に書いているはずなんだよな。っと、あった」
引き出しの裏にある隠し戸。
そこにしまわれていた日記を手に取る。
「すまん」
一言、謝罪をしつつ、最近のページを開いた。
ユースティアナは、基本、毎日日記をつけているから、噂が真実だとしたら……
「ここか」
該当の箇所を見つけた。
その部分だけを読んで、日記を元に戻す。
要約すると……
第三騎士団は、先日の邪教徒、邪神の事件で弱体化している。
第四が支援を申し出てくれたものの、その条件は、ユースティアナが第四の団長クライブとデートをすること。
それくらいならば……と、ユースティアナは迷いつつも、受け入れる方向でいるらしい。
「ふむ」
ひとまず、俺がいたという痕跡を完全に消して、執務室を後にした。
そのまま自室に戻り、考える。
「ユースティアナなら、団のために自分を犠牲にしようとする。今回、求められていることはデート。それくらいならば、と考えているようだけど……」
嫌な予感がするんだよな。
クライブという男……フェルミーが持ってきた噂を信じるのなら、決して心を許してはいけない。
デートは、ユースティアナと二人きりになるための口実。
そこからさらに過激な要求をしてもおかしくない。
「……調べてみるか」




