初陣
1062年9月下旬 イタリア北部 サルマトリオ男爵領 ジャン=ステラ
「ジャン=ステラ、これがあなたの初陣ですね」
突撃のタイミングを見計らっていたお母さまが、馬車の中にいる僕に話しかけてきた。
鎧を身にまとい、馬上凛々しく指揮を執るお母さま。
背筋がピ-ンと伸びたカッコいい姿に僕は場違いな事を思っていた。
ーー これなんて宝塚の男役?
体格よくがっしりした熊男ばかりの騎馬隊の中、一人スラッとした騎兵がお母さま。
戦闘する事は想定されていないのだろう。お母さまの兜鎧は、鉄の部分は綺麗に磨かれ光り輝き、金で装飾が施されている。革と布の部分には朱色を基調とした刺繍が施され、もう美術品といっていいだろう。
薄汚い熊の群れの中に、光かがやく優男、それがお母さま。
ーー ああカメラがあったらよかったのに
カメラがあれば後世までこの姿を残せるのに。残念無念。
その代わりに、絵師にお母さまの姿を描いてもらおう。
そうしたら、宝塚お母さまが後世まで残るかな?
戦場だという事を忘れ、場違いな妄想に耽っていた僕。
しかし、ふとした拍子に現実へと引き戻された。
馬の手綱を持つお母さまの手が震えていたのだ。
そう、ここはミュージカルの舞台じゃない。
殺し殺される戦場だった。
そしてお母さまの言うとおり、これが僕の初陣になる……
ふと気が付くと、手のひらが汗で塗れていた。
◇ ◆ ◇
「神の栄光は我らにあり! 敵を切り裂けー 騎馬隊突撃ぃ!」
「「うぉぉぉぉー」」
お母さまの掛け声とともに前列の騎馬隊が咆哮を挙げて疾走を開始した。
馬が力強く地面を蹴とばす地響きの重低音が馬車内を支配する。
続いて歩兵隊の雄たけびが僕の耳を刺激する。さきほどまで石を投げていた歩兵達も敵陣へと突っ込んでいったのだろう。
それに一呼吸遅れて僕の乗る馬車も疾走を開始した。
急激にスピードを上げる馬車の中、僕のお尻は突き上げられ、体は壁に打ち付けられる。
ーー うぎゃぁ うぎゅぅ
と、心の中だけで声をだす。
下手に声を出すと舌を噛んでしまうだろう。
お尻は痛いし、壁に頭をぶつけないようにかばった腕も痛い。
ついに席に座っていられなくなり、馬車の床にうずくまっていた。
その腕にはマティキャットの縫いぐるみ。
ーー 神様、お母さま、マティルデお姉ちゃん。たすけてー
縫いぐるみをぎゅーと抱きしめて、どれくらいの時間がたったのだろう。
長いような短いような。
気づくと馬車は停止していた。
扉が開き、そこからお母さまがひょっこりと顔をのぞかせている。
その後ろには、この場にいないはずのイシドロスが控えている。
「あら、ジャン=ステラ。 どうして床に寝ころんでいるの?
戦闘はもう終わったわよ。馬車から出ていらっしゃい」
これが僕の初陣だった。




