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真っ赤なお鼻のトナカイさん

 1062年9月下旬 イタリア北部 トリノ ジャン=ステラ


 アデライデお母さまと僕は客室ですこし休憩した後、修道院の執務室へと案内された。


 扉の先には、イシドロス司教、ユートキア輔祭(ほさい)、そしてニコラス副輔祭(ふくほさい)(ひざまず)いた姿で僕らを迎え入れてくれた。


「ジャン=ステラ様、そしてアデライデ様。我らが修道院にお越しくださり誠にありがとうございます。ここを開拓してまだ5年あまりのため、みすぼらしいですが、精一杯のおもてなしをさせいただきます。いかようにでもお申し付けください」


「イシドロス殿、ユートキア殿、そしてニコラス殿。出迎えありがとうございます。たった5年にもかからわず、ここまで大きな修道院を建てられたのです。あなた方が高い徳を備えているのですね」


 挨拶の言葉を口にした彼らに対し、お母さまは立派な修道院の建立(こんりゅう)()めたたえる。


「修道院だけじゃなく、城壁や開墾、農地の整備までしたんだよね。すごく大変だったでしょう?」

「ジャン=ステラ様、我らの事を気にかけていただきありがとうございます。

 ですが我々は、露ほども大変だとは思っておりません。修道院を新しく開拓した土地に作るのは普通の事なのです。


 それに、預言としてジャン=ステラ様には新しい知識と技術を誰よりも早く教えていただきました。我ら、主キリストの御威光に包まれた日々を送っていたのです。


 これ以上の喜びはございません」


 そういってイシドロス達三人は、僕たちに向かって深々と頭を下げた。


 アラビア数字を使った算数の教科書を彼らに渡していた。方位磁針とかについても、作ってほしいな~とお願いしていた。


 教科書を写本してくれるし、僕がお願した品物を次々と作ってくれるイシドロス達ってすごいって単純に思っていた。彼らが住んでいたギリシアの方がイタリアよりも技術が進んでいるから、その技術をイタリアに齎してくれた事に感謝もしていた。


 でも、それだけじゃなかった。


 ーー 彼らにとって中世ヨーロッパにない知識は全て預言になるんだった


 僕が作ってほしいとお願いした方位磁針や固形石けん、望遠鏡に顕微鏡は預言だったんだね。イシドロス達が奮起するのも道理だったんだと、今更ながら納得いきました。


 信仰心を原動力にした技術開発、恐るべし。


「そっかあ、イシドロス達が幸せな日々を過ごしていたのなら、僕も嬉しいよ」


 ピザを食べたいという私欲から出ているお願いが、預言としてイシドロス達を動かしている事に後ろめたさは感じるけど、仕方ないよね。いまさらどうする事もできないから、心の中に棚を作って閉じ込めておこう。


 そして、素直に感謝の言葉をイシドロス達に贈ったのだった。


「そして、僕のために様々なものを開発してくれてありがとう。感謝しています」


 でも一方で、不思議な事もある。あれだけ色々お願いしていたのに、僕はイシドロス達に一銭もお金を渡していない。教科書の写本にせよ、方位磁針にせよ、僕は彼らからの献上品を受け取っているだけ。


 イシドロス達の、そして修道院の懐事情は一体どうなっているのだろう。ギリシアからもってきた財産を切り崩す日々になっていないのか心配になってきた。


「ねえ、イシドロス。こんな事を聞くのは気が引けるのだけど、お金はどうしているの?

 お母さまが援助したとも聞いていないから、気になったんだけど」


 ギリシアから持ってきた財産を切り崩して生活し、献上品を作るために超貧乏な暮らしをさせているのなら、とっても申し訳ない気分になってしまう。僕だって摂政見習いとしてある程度のお金なら動かせるから、必要だったら言ってほしい。


「いえいえ、ご心配に及びません、ジャン=ステラ様」

「本当に? 無理していない?」

「全く、無理はしておりません。むしろ修道院の経営は黒字が出ておりますのでご安心ください」

「え、なんで黒字になるの?」


 修道院の経営って何をしているのかよく知らないや。漠然と信者さんからの喜捨で過ごしているのかと思っていた。新しい修道院では信者さんも少ないだろうし、黒字になるとは到底思えない。


「普通の修道院でしたら、聖書の写本を売るのが主な収入源になります」

「そっかぁ、売るものを作れるんだね。でもそれだけで黒字になるの?」

「辛うじて黒字といった所でしょうか。そこで我々は他のものを売っているのです」

「他のもの?」

「ジャン=ステラ様に木酢液を作るために蒸留を教えていただきました」

「うん、覚えているよ。木酢液を売っているの?」

「いえ、残念ながら。今のところ売り物にはなっておりません」


 ーーですよねぇ。 


 木酢液はいろんな使い方がある。農薬にもなるし、土壌を豊かにもしてくれるし、害虫退治にも使える。でも使う量を間違えると逆効果になってしまうのだ。農薬として使ったつもりが、たくさん使うと作物を枯らしてしまう。使い方を習得しないと、売ることはできない。


「それでは、何を売っているの?」

「恐れながら、蒸留酒を……」

「そっかぁ、蒸留酒かぁ」


 修道院にもぶどうの木はあるが、まだ若くワインを作る所までは至っていない。そこで、近所の村々からワインを集めてきて、蒸留しているのだそうだ。蒸留してアルコールを強めにしたお酒をジェノバとヴェネチアに卸しているのだとか。


「なるほどねぇ。たしかに蒸留酒なら儲かるだろうなぁ」

「ええ、それはもう、面白いほど高値で売れるのです、ジャン=ステラ様」


 イシドロス達三人がそろってとてもいい笑顔を僕に向けてきた。僕にはその表情が聖職者じゃなくて商人の笑顔に見えて仕方がない。


 なんというか、そう。


「もーかりまっか」「ぼちぼちでんなぁ」の大阪商人の顔


 うん、三人とも聖職者を辞めて商人になっても生きていけそうだね。



 ◇    ◆    ◇


 お金について心配がない事が確認出来た後、僕たちは聖堂へと足を運んだ。イシドロスが礼拝を執り行うのだ。


 分厚い木の扉をくぐり、薄暗い聖堂に入ると、正面に十字架に架けられたキリスト像が見える。お母さまと僕は、左右に木のベンチが並べられた祭壇へ通路を進み、一番前の席に腰掛けた。讃美歌を歌い、イシドロスが朗読する聖書の一節に耳を傾け、さいごは「アーメン」を唱和する。


 トリノの礼拝と同じだったね、と気を緩めた時、イシドロスから声をかけられた。


「ジャン=ステラ様は歌がお上手ですね」

「そうなの?」


 僕は特に気にしたことがなかったけど、そうなのかな?


「ええ、音程がとても安定していますし、歌い慣れていると感じました」

「僕、歌うことってそんなにないんだけどなぁ」


 歌うことは嫌いじゃないけど、人前で歌うような機会はそれほどない、はず。


 ですよね、お母さま?


「あら、そう? はな歌ならよく口ずさんでいるわよ」


 お母さまによると、ご機嫌な時の僕は、しょっちゅうフンフン歌っているらしい。


 そうなんだ。自分じゃ気づかないもんなんだね。


「ジャン=ステラ様は、どのような歌を口ずさんでいるのですか?」

 やはり讃美歌でしょうか、と修道女服を(まと)ったユートキア副輔祭がお母さまに問いかけている。


「そうねぇ。私も聞いた事がない曲ばかりですよ」

「そうなのですか、アデライデ様が聞いたことない曲ばかりなのですか」


 にこにこと相槌を打つように言葉を返したユートキアだったが、「あれ?」と何か気づいたみたいに表情が固まった。そして、下を向いてぶつぶつと何やら呟いている。


「親であるアデライデ様が知らない曲?」


 同席しているイシドロスとニコラスも何かに気づいたみたい。

「あっ」

 と小さい驚きの声が僕の耳に届いた。


 ーー 今の話の流れで何か驚くような事があったっけ?


 そう思う僕に対して、ユートキアが尋ねてきた。


「ジャン=ステラ様。アデライデ様が知らない曲をどこで知ったのでしょうか」

「あっ」


 僕が鈍かったです。無意識に口ずさむ歌なんて、JPOPか前世の学校で習った歌に違いない。アデライデお母さまが知らないって言ってるから間違いないだろう。


 うん、預言じゃなくて預歌だね、こりゃ。


 そういえば、マティルデお姉ちゃんと最初に会った時、ABCの歌で怒られたっけ。あの時は2歳だったから、もう6年も前になるんだ。懐かしいなぁ。 マティルデお姉ちゃん元気かな? 


 などと現実逃避していたいけど、ユートキアの視線が僕に絡みついてくる。6年前から成長していない自分にがっくりきつつ、ユートキアに答えを返す。


「実は僕が作曲した歌なんだ」

 って誤魔化したかったけど、嘘を吐ける雰囲気でもない。


「ユートキアが想像してたので合ってる。産まれた時から知っていた歌なんだ」

「やはり、預言の一部だったのですね!」


 驚きの声を上げるユートキア。もう興奮大絶頂って感じ。イシドロス司教とニコラス副輔祭も鼻の穴が広がるほど大興奮中。


 一方、新東方3賢者が興奮する姿を見ていた僕はといえば、逆に冷静になっちゃった。


 ーー周りが興奮していると、逆に冷める時ってあるよね


 だって、この後の展開が読めるんだもの。


「預言の歌を教えてください」

 ってなるに決まっている。


 そんな彼らに対し、

「讃美歌は知らないの」

 とちょっとだけ抵抗した。


 讃美歌って神様を(たた)える歌だから、私みたいな普通の日本人は知らないんだよぉ。


 でも、やっぱり。予想通り無駄な抵抗でした。


 どのような歌でもいいから教えてほしいと強請(ねだ)られた僕は、ちょっとでもキリスト教に関係する曲を思い出した。それが、鼻が赤いトナカイさんがクリスマスイブに大活躍する歌。


 讃美歌じゃないけど、可愛い曲だし、いいんじゃないかな。


 そう思っていたけど大失敗。興奮したイシドロス達から鬼詰めされました。


 トナカイが空を飛ぶ? 鼻が光る? サンタクロースってなに? クリスマスイブにプレゼントを子供に配る?


 ーー 僕、地雷ふんじゃいました。


 もう、どーしてこーなるのっ!


 ーーーーー

 ア: アデライデ・ディ・トリノ

 ジ: ジャン=ステラ


 ア: 一番よく口ずさんでいた歌も教えてほしいわ

 ジ: どんな曲ですか?

 ア: ふんっふふんっふ ふっふふふ ふんっふふんっふふ~ん

 ジ: (お、お母さま、かわいい~)

 ア: ふんっふふんっふ ふっふふふ ふんっふふんっふふ~ん

 ジ: あ、それ友達賛歌ですね。     

 ア: どんな歌なの?

 ジ: 手を繋いだら、みんな仲良しって歌ですよ

 ア: まぁ、そうだったの。てっきり軍歌だと思ってましたわ

 ジ: なんでそうなる?!

あとがき1


サンタクロースは、聖ニコラウスという3世紀の聖者がモデルです。

子供を誘拐から救った業績を持つ、こどもの守護聖人。

幸いイシドロス達も聖ニコラウスの事を知っていたため、最後は円満に収まりました。


あとがき2

友達賛歌=ごんべさんのあかちゃん=ヨドバシカメラの歌

です。

あとは秘密~

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― 新着の感想 ―
[一言] 歴史的に言うと税金逃れに樽に詰めた蒸留酒を隠して数年ぶりに開けたら、美味しくなっていたというのがウイスキーやブランデー(製法)の始まりだとか。 ちなみにジャンが作り方を教えた蒸留酒はスピリッ…
[一言] 私が知っている聖ニコラウスは、持参金が無くて嫁にやれない父親の元に毎年お金の入った袋を投げ込んで無事嫁に行かせたエピソードが一番印象に残っています
[良い点] 酒精強化ワインでないなら、ブランデーかな? 酒精の強いお酒ができれば、傷のアルコール消毒に使えるね。 [気になる点] もしかして、ABCの歌をうたって ……で、文章が切れております。
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