生理と衛生4
1057年7月下旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ
修道女ユートキアと生理や教会について話し合ったあと、女性を清潔にするため、何をすればいいか、自分なりに考えてみた。
あ、女性限定で清潔にするって言ったけど、男性が清潔ってわけではないからね。
特に平民は男性女性問わず、きったないのだ。
手がどろどろでも全く気にしない。
僕が目で確認したわけではなく、ユートキアに教えてもらった。
仕方ないんだよ、僕はトリノ城館から外に出してもらえないんだもん。
平民はまずは手を洗う所から始める必要がありそうだけど、こちらはユートキアにお願いする事にする。
一方の貴族は、食事前に手を洗う習慣はある。
ただし、水で指先をちょろっと洗うだけ。
泥など見た目でわかる汚れを落とすだけでしかない。
病原菌とかの知識がないから、泥を落としているだけでも、まだましかもしれない。
よく、こんなんでおなかを壊したりしないよね。
そっかぁ。だから、火の通ったものしか料理として出てこないんだ。
きっと、生野菜のサラダも危ない料理なんだろうね。
って、ふと気づいたんだけど、料理人ってちゃんと手を洗ってから調理しているのかな?
こっちも後で確認をしておかないと。
それはさておき、女性の生理。
生理が不浄だという認識を改めるため、まずは、生理用品がほしい。
お母さまが使っていたのは、リネンのラグ。
亜麻の植物繊維を編んだハンカチ、といった方が分かりやすいかな。
もちろん使い捨てなんかしない。
現代日本でも「生理の貧困」という言葉があるくらいだもの。
物不足の中世ヨーロッパで、血で赤く染まっていようと、捨てるなんてとんでもない。
貴族も平民もこのハンカチを生理用品として、何度も洗って使いまわすわけだ。
特に、平民は、替えのハンカチもおいそれと準備できない。
長い間塗れたハンカチを当てているから、おまたの部分がかゆい痒いの皮膚炎になってしまう。
これを何とかするには、リネンのラグの増産と、体を清潔に保つための石けんがいる。
「リネンの増産はユートキアにお願いすればいいよね」
妊娠している事が多い平民よりも、妊娠が禁じられている修道女の方が、生理問題は深刻だもの。
という事で、次は石けん。
石けんの材料は油。
暑くて雨の降らないイタリア南部でたくさん取れるオリーブオイルから作られる。
オリーブは小麦や大麦と違い、商品作物なので、お金で買う事ができる。
そしてお金は、きっとなんとかなる。
世界地図、算数の本、木のタール、そして方位磁針。
商売の得意な僕の家臣、ラウルに指示をだしておけば適度に稼いでくれるだろう。
「ただ、石けん自身がねぇ」
トリノ辺境伯家にある石けんは、ぜーんぶ液体せっけん。
従兄でベレー司教のアイモーネお兄ちゃんも、液体せっけんしか見たことないって言っていた。
もちろん、液体せっけんでも汚れは落ちるし、見えないばい菌だって退治してくれる。
問題なのは、保管と持ち運び。
馬車でガタゴト運ぶから、液体だと零れちゃうのだ。
零れなくても、固体に比べて液体を運ぶのは気を使う作業になる。
樽に入れても、乱暴に扱うと樽からしみ出してくるし、そもそも樽自体も高価。
液体石けんでは、保管と運搬のせいで値段が高くなってしまう。
石けんを普及させるため、固形石けんが欲しいのだ。
「こんな時、自分で出歩いて探し出したり、作り方を考えたりできたらいいのになぁ」
現実の僕は3才で、トリノ城館から出ることも出来ない身なのだ。
「ま、仕方ないよね」
無いものねだりは諦めて、僕が唯一自由に指示できる家臣、ラウルにお願いしよう。
「という事で、ラウルはマルセイユに行ってきてくれる?」
「はい。行けと言われれば、もちろん行きます。しかし、私は何をすればよいのでしょう」
「固まった石けんが欲しいの。トリノには液体石けんしかないでしょ」
現代のマルセイユは、フランス南部の大都市。
地元の魚貝類を香草で煮込むブイヤベースが有名な港町である。
そしてもう一つ有名なのが、マルセイユ石けん。
美容にいい石けんとして、前世の私も使っていた。
といっても、私の場合100円ショップで売っていた安物だったけど。
ラウルには、マルセイユにいって固形石けんと作り方を手に入れてきて欲しいと思ってる。
「ラウル、僕は幼児だから、トリノ城館から出られないんだよ。
ラウルだけが頼りなんだ。
よろしくお願いね」
レビューをいただきました。
そして生理と妊娠について感想をいただいております。
興味がおありの方は、そちらもご参照ください。




