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一騎打ち(前)

一騎打ちは戦場の華。


 白銀に輝く甲冑の騎士が対峙する。


 互いに睨み合う二人は合図と共に駆け出し、すれ違いざまに槍を繰り出す。

 裂帛(れっぱく)の気合いが空気を裂き、鋭い穂先が互いを狙う。

 相手の槍を槍で弾き、盾で防ぎ、かわせなかった攻撃は鎧で止める。


 重傷を負わせれば勝ち。落馬させても勝ち。相手が盾か槍を手放せば勝ち。


一騎打ちは一世一代の大舞台。


 勝利したらば名声あり。武勇が皆の記憶に刻まれる。したらば爵位も夢でなし。

 負けることなど考えぬ。どうせ我が身は男爵五男。爵位は継げず嫁も来ぬ。



 1065年7月下旬 アルプス山中 セプティマー峠 ジャン=ステラ


「ジャン=ステラ様、一騎打ちの条件をまとめてきました!」


 ゴットフリート三世に使者として派遣したグイドが戻ってきた。


「グイド、お疲れ様。どんな条件で合意してきたのか教えてくれる?」


「はい、一騎打ちの人数は5名。当然ですがメレーではなくジョストで行います。トーナメントは行わず、勝ち抜き戦もありません」


 メレーやジョストというのは馬上槍試合の形式である。メレーは多対多の戦いであり、ジョストが一対一の戦いになる。今回の場合は、一騎打ちのためジョストになる。


 トーナメント方式をとらないから一位二位という順位を個人につけることはない。また、勝ち抜き戦でもないから、一騎打ちの出場者は一回戦ったらそこで終わりになる。


「一騎打ちの後に合戦が待っているから、5試合で丁度いいんじゃないかな」


 太陽は少し西へと傾いている。午後3時くらいかな。高緯度にあるヨーロッパの日没は遅いとはいえ、9時には真っ暗になるだろう。いまから一騎打ちをしたら戦闘開始は5時過ぎになる。なんとか、今日中に決着がつきそうだ。


「ジャン=ステラ様、ありがとうございます。そして一騎打ちの挑む者の条件も合意してきました」


 グイドが交渉した結果、5名のうち4名が男爵家の三男坊以下となった。


「うん、三男以下というのは妥当だね」


 一騎打ちを希望するのは貴族の、それも男爵の三男坊以下が大半を占める。


 長男は男爵の後継ぎとして貴族になれるし、次男は長男に何かあった時のスペアとしてそこそこの待遇を得ている。だが、三男以下はいらない子扱い。良くてキリスト教の聖職者、悪いと(ろく)な教育も施されず傭兵に身を落とすことになる。


 ティーノが僕の護衛になった時に言っていたっけ。

「俺は男爵の三男だから、子供の身分は平民になります。貴族の娘と結婚し、子供が貴族でありつづけるため爵位が欲しいのです」


 だからこそ、一発逆転をめざして一騎打ちという博打に人生をかけるのだ。


「では次。一騎打ち最後の一人は?」

「はい、最後は貴族家当主、あるいは元貴族となりました」

「え、なんで?」


 グイドは「いい仕事をしましたよっ。褒めてくださいワンッ」って忠犬ムーブな表情で僕の方を見てくる。


 しかし、貴族の当主が好んで一騎打ちはしないよね。

 ピエトロお兄ちゃんが馬上槍試合をしたときだって、主君ハインリッヒ四世の無茶振りで仕方なくだったと聞いている。


 もちろん、勝てば何の問題もない。しかし、負けた時の不利益がひどすぎる。

 一騎打ちで死んだり、大怪我したりしたらどうするの?

 死ななくても、捕虜になったら身代金として大金を支払わなければならない。


 メリットに比べてデメリットが大きすぎると僕は思うんだよね。


「はい、ですから元貴族なのです、ジャン=ステラ様」

「元貴族って、ロベルトのこと?」


 ロベルトは僕が二歳の時につけられた最初の護衛。たしか、息子に男爵位を譲って引退していた所を、亡きオッドーネお父様が説得して僕の護衛になってもらった。


「はい、その通りです、ジャン=ステラ様。ロベルト殿が引退するまえの花道にいかがでしょう?」


 えー。ロベルトって孫もいる55歳のおじいちゃんだよ。元男爵なので条件に合うし、そろそろ引退の時期だというのも間違っていない。


 勝って最後の晴れ舞台にするのは、とってもいい案だと思う。


 けれど、ロベルトが負けたらどうするの? 


「その点は問題ありません。我らには神の加護がついているのです、負けるはずないではありませんか!」


 あぁ、そういうことか……。

 神の加護を心の底から信じて、疑っていないわけね。


 必ず勝つなら、一騎打ちを舞台に有終の美を飾るのは悪くない。

 ロベルトに花を持たせようとして、グイドが一生懸命、ゴットフリート三世と交渉してきたんだろう。

 だからこそ、グイドは僕に褒めて欲しがっているってわけか。


 ーー勝てるとは限らないんだけどなぁ。


 出そうになるため息を飲み込んだ。

 グイドを怒るわけにもいかないし、「神の加護なんてないよ」と否定するわけにもいかない。


 笑顔を崩さないように努めつつ、グイドを褒めた。


「そっかぁ、グイドはロベルトのために交渉を頑張ってくれたんだね。よく頑張りました」

「ロベルト殿には護衛としての心得を含め、多くの教えを(たまわ)りました。ご恩返しできればと思い頑張ったのです!」


 きらっきらの笑顔が僕の心にぐさっと突き刺さる。


 でもまぁ、ロベルトが勝てばいい。それで僕の心配も杞憂に終わる。


 ーーロベルト、本当に勝てるかな? 


 心配になってきた。しかし、まずはロベルトの意思を確認しておこう。


「ねぇ、ロベルト。ロベルトは一騎打ちに出たい?」

「もちろんでございます。勝つと決まっている一騎打ちに出ない者などおりません」


 やはりね。信心深いロベルトだもの。神の加護を疑うわけがない。


 ーーあぁ、神様、ロベルトが勝ちますように。いえ、負けても怪我しませんように。


 僕は無意識に胸の前で十字を切っていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「これより一騎打ちを開始する! 一番手は前へ!」


 アルプスの山側に僕の軍、谷側にゴットフリート三世の軍。

 両軍の間には、つづら折の狭くて長い道が横たわっている。

 道の片方は崖で、もう片方は深い谷。両側ともに、風雨に削られた石や岩が露出していた。


 一騎打ちの開始を告げる審判の声が、アルプスの山に響き渡る。

 次の瞬間、両軍の大歓声がアルプスの山々でこだました。


 僕は一騎打ちの様子を見渡せる高台に陣取り、岩の上に腰を下ろしている。

 山腹を見下ろすと、僕と同じように、ゴットフリート三世が岩に座っていた。


 ーーあれがゴットフリート三世か。


 神聖ローマ帝国では、アデライデお母様と同格の辺境伯。

 オッドーネお父様を暗殺した宿敵であり、マティルデお姉ちゃんのカノッサ家を乗っ取った極悪人。


 そんなゴットフリート三世を肉眼で見るのは、これが初めてだった。


 立派なあごひげを蓄えており、遠目でも威圧感が伝わってくる。まるで三国志の漫画にでてくる虎髭(とらひげ)の張飛のように、強者の風格をまとっているように感じられた。


 しかし、そんな威圧に負けてはいられない。だって、お姉ちゃんを想う気持ちは本物だもの。ゴットフリート三世の魔の手から、マティルデお姉ちゃんを救うのだ。


 ーー僕がマティルデお姉ちゃんと結婚できないのは、ゴットフリート三世がいるからだ!


「許すまじ、ゴットフリート三世!」 僕は心の中で唱えた。


 目線が合わないくらい離れている。それでも「負けないんだからねっ!」と、精一杯の気合いを込めてにらみつけた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] よし!唸れセイデンキ!今こそ力を、、、!ジャンステラ、バッドエンドNo.66。アルプスで敗北な感じかなあ。仲間がヤバすぎ。
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