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株式会社の原型とセーラー服(後編)

 1063年3月中旬 北イタリア アルベンガ離宮 ジャン=ステラ


 農民に農地を貸し与えるのと同じように、商人にはお金を貸し与えようと、お母様に提案してみた。

 それなら、商人からも農民と同率の上納金を徴収してもいいんじゃないかな。


「交易の準備に必要な金額の半分を僕たちが出すんです。そしてサボナに戻ってきたら、全部精算して、金額の半分を受け取るというのはどうでしょう?」


 出航準備に必要なお金の半額を出すから、帰港時に半額をもらう。


 一航海ごとに精算する事になるから会計が面倒だけど、これなら農民と同じく半額になる。


「農地の代わりにお金を貸し、半額を上納してもらうという事ね。なにかおかしい気がするのだけど……」

 お母様が左手を口に添えて考えている。


(何かおかしいって、どこかおかしかったかな?)

 どんな反論が返ってくるかと、不安がじりじりと湧いてくる。


 僕と商人二人はお母様の顔を伺いながら次の言葉を待ったが、それは長い時間ではなかった。


「まぁ、いいでしょう。ジャン=ステラが良いというなら、それでいいわ。ですが、お金を貸すのって神の教えに背く行為ではないのかしら?」


 お母様がなかなか鋭い。キリスト教徒間で金利をとる金貸しは禁止されている。

 だけど、これは金利じゃないのだ。


「お母様、大丈夫です。金利を取るわけではないので、神の教えには反しません。例えばの話ですが、もし船が途中で沈んでしまったら、貸したお金は全く戻ってきません」


「貸したお金が戻ってこないのですって。 ジャン=ステラ、それは困りますよ」


 今日、お母様が驚いた声を出すのは、何度目だろう。


 ただ、お母様も驚き疲れてきたのか、驚きの起伏が少なくなってる気がする。

(驚く事ばかり言ってごめんね、お母様)

 僕はお母様に心の中で謝っておく。


 それはさておき、お母様に答えなければ。


「農地だって、雨に流されたり、日照りで収穫できなかったりしますよね。商売だって同じなのです、お母様」


「違うではありませんか。農作物は流されても、土地は残りますもの」

 お母様がむっとした表情になり、異を唱える。


 でも、僕もがんばる。お母様を頑張って説得しなきゃ。きっともうちょっとで何とかなる。


「もちろん、土地とお金がまったく一緒だとは言いません。ですが、土地は増えませんがお金は増えるのです。領土を広げる代わりに、お金を増やすのです」


 お母様が口をとがらせて、ツッコミを入れてくる。

「ジャン=ステラは昔、アイモーネから習いましたよね。『お金儲けは悪徳』だと。その悪徳を成そうとするのですか?」


 僕が2歳の頃、聖職者でいとこのアイモーネお兄ちゃんと議論になった。

 トリートメントを売ってお金儲けするのはキリスト教の教えに反するのではないか、と。


 現在のトリノ辺境伯家は、蒸留ワインやトリートメントでたくさんお金を稼いでいる。そのことはお母様だって知っているはずなのに、なぜ今更、こんなことを言うのだろう。


(これまで一生懸命頑張ってきた事が、否定されたみたいで悲しいなぁ)


「お母様、トリノ辺境伯は特産品を売ることで潤っているのですよ。それを今更お金儲けが悪徳だと言われたら僕は困ってしまいます」


 お金儲けの恩恵をお母様は十二分に受けている。


 例えば、お母様が着ている青色のセーラー服は超贅沢品なのだ。教皇や神聖ローマ帝国皇帝でも同種の服は持っていないだろう。


 ただし贅沢なのは、セーラー服という意匠ではなく、青い布の方である。

 この布は、ヨーロッパで一般的だが発色の悪いタイセイ(大青)という染料ではなく、インド原産のインディゴで鮮やかな青に染めている。

 インディゴは、トリートメントで築き上げた人脈によって偶然手に入れることができた。当然、大変高価であり、蒸留ワインを売って稼いだお金が注ぎ込まれている。


「それに、悪徳なのはお金を溜め込むことであって、溜め込まずに使えばいいってお母様もアイモーネ兄ちゃんも賛成してくれましたよね」


 すこし非難がましい口調でお母様に訴える。


「そう、そうでした。ごめんなさいね、ジャン=ステラ。決してジャン=ステラを非難したかったわけではないのですよ」

 お母様は、商人にお金を貸与する事について納得できなかった事で、ちょっとだけ頭に血が上り、結果的に厳しく追求するモードになっていたそうだ。


 簡単に言うと、僕を論破する事がお母様の目的になってしまっていた。


「いえ、いいんですよ、お母様」

 しかし、これだけ言っても納得してもらえないなら、もうだめかな。

 いいアイデアだと思っていたから、がっくりだ。


「しかし結局、お母様に納得してもらえなくて、残念です」


 このままだとカポルーチェ(のっぽ)トポカルボ(ちび)は、トリノ辺境伯家から離れて行ってしまだろう。なにせ利益ではなく、売上の半分を徴収するんだもの。そんな家に所属できないよね。


 肩を落とし深いため息をついた僕に、お母様が声をかけてきた。


「そうね。私は納得していませんが、今は頭が冷えました。せっかくジャン=ステラが提案してくれたのですもの。採用してみましょう」


「お母様?!」

「ただし、条件は付けるわよ」


 お母様の口角がによっと上がり、いたずらっ子のような表情で僕を見つめてきた。


 数瞬の後、カポルーチェとトポカルボの方に視線を移したお母様が二人に命令を下した。


「今日から二人はジャン=ステラの直臣になりなさい。そしてジャン=ステラ、あなたが二人にお金を貸し与えなさい」

 納得していないお母様に従うよりも、商売に理解ある僕に従う方が結果的に良い成果をだすだろうと、お母様がその理由を教えてくれた。


「それでいいわね」とお母様が僕に念を押す。

「お母様、ありがとうございます!」という僕に続き、カポルーチェとトポカルボも「仰せのままに」とすこし嬉しそうに答えを返す。


 僕はいいけども、カポルーチェとトポカルボは納得しているのかな。


 僕はアオスタ伯であり、トリノ辺境伯であるお母様の家臣である。

 僕の直臣になるという事は、いうなれば親会社をクビになり、子会社に転籍することである。


「二人はお母様の直臣から陪臣になってしまうけど、それでもいいの?」

 陪臣というのは、家臣の家臣という意味。


「商売ができれば、何の問題もございません」とカポルーチェ。

「航海に必要な金額の半額をお貸しいただければ、より大きな商売に手をつけられます。まさに願ったり叶ったりです」とトポカルボ。


 二人が陪臣になる事に納得してくれるなら、それでいい、のかな?


「僕の家臣になってくれた事だし、丁度いい機会なので、二人にプレゼントをあげるね」


 一つ目は地図。クリュニー修道院長のユーグに渡した地図と同じもので、アラビア半島から北アフリカ西岸の島々まで描かれている。


「地図があれば、交易の計画も立てやすいし、新たな交易路の開拓もできるよね」

 カポルーチェとトポカルボで、イタリアの東側の交易と西側の交易を分担するといいんじゃないかな。


 二人が目を皿のように見開いて、地図を食い入るように見つめている。


「にひひっ。二人とも驚いた?」

「いやはや、驚きました。エジプトの東側に溝があるのですね」とカポルーチェが紅海を指し示す。

「この地図があればアフリカ大陸西方のイスラム教徒と有利な条件で交易ができそうです」とトポカルボ。


 あともう一つ。僕の直臣になってくれた二人にささやかな品を贈ろうと思う。

 正確には品ではなく、提供するのはセーラー服の意匠。


「二人には、セーラー服を仕立てる許可を与えます」


 セーラー服って元を辿れば水兵さんの服だから、船に乗って交易する二人に丁度いいと思う。


「ただし、青色ではなく白いセーラー服だよ。そして、縁取りの本数は2本だからね」


 お母様と僕のセーラー服は、本体も襟も同色のインディゴブルー。3本の白い線で襟と袖口を縁取りしている。


 差別化のため青はトリノ辺境伯家だけの色にして、家臣は白地のセーラー服に限定する。そして縁取りを青の2本線にする。


 色が所属を、縁取り線の本数が身分を表すのって素敵じゃない?


「という事で、二人の主人になった僕からの最初の指令です」

 おっほん、と咳払いして、カポルーチェとトポカルボの顔を順に見渡す。


「地図とセーラー服で、僕と一緒に交易の覇権を手に入れちゃおう!」


 ◇  ◆  ◇


(交易による世界征服、じゃなくて世界制服なのです☆彡 何番煎じかは知~らないっと)


 ◇  ◆  ◇


 ジ:ジャン=ステラ

 ア:アデライデ・ディ・トリノ


 ジ:マティルデお姉ちゃんにもセーラー服を贈ってもいい?

 ア:いいわよ。仕立て屋をカノッサに送りましょう

 ジ:何色がいいと思います?

 ア:赤色はどうかしら

 ジ:赤?(赤のセーラー服って、コスプレっぽいよね)

 ア:カノッサ家の紋章は、赤地に白犬なのよ

 ジ:それなら良い、のかな

 ア:では、私はゴットフリート3世にセーラー服を贈るわね

 ジ:え?! 敵に贈るのですか?

 (赤色セーラー服を着る髭面中年……。需要あるのかしら?)

 ア:敵だからよ。仕立て屋から城内の様子を聞き出すのです

 ジ:なんと、スパイ大作戦!


 ◇  ◆  ◇

 一年後の交易後日談

 ジ:ジャン=ステラ

 カ:カポルーチェ


 カ:1年間の交易報告です(羊皮紙提出)

 ジ:おお、すごい額の利益だね

 カ:その半額がジャン=ステラ様の取り分です

 ジ:ありがとう

 カ:そして、商会の利益の五割を税金として収めます

 ジ:え? 

 カ:え?

 ジ:(税金のこと、忘れてたー)



 ◇  ◆  ◇


 さらに後の交易後日談

 ジ:ジャン=ステラ

 ト:トポカルボ


 ト:近隣の交易商人たちがジャン=ステラ様の傘下に入りたいそうです

 ジ:なんで?

 ト:交易に要する費用の半額をお借りできるからです

 ジ:利益の半額、さらに税金で半分も取らちゃうのに?

 ト:税金はどこに属していても取られます

 ジ:あぁ、言われてみると確かにそうだね


 ト:それに資金が倍になれば、利益は倍以上になりますから

 ジ:ふーん、そんなものなんだ

 ト:許可いただけますか?

 ジ:いいよ、襟に1本線のセーラー服の着用を許可します


 ト:2本ではないのですか?

 ジ:トポカルボみたいに実績を挙げたら2本にしてあげる

 ト:交易による世界制服ですね!

 ジ:なのです☆彡


 ◇  ◆  ◇


 株式会社の原型は、大航海時代に出来上がったと言われています。


 一航海ごとに出資を募り、その出資割合に応じて利益を分配します。

 この仕組みを活用したヴェネチアでは、意欲があってもお金のない冒険商人たちが命をかけた金儲けに邁進しました。これにより新興商人が成り上がれるようになった事が、ヴェネチアの隆盛に貢献したと、どこかの本で読んだと記憶しています。

 これが、今回の50%出資の元ネタです。

 お陰様で150話を無事投稿することができました。


 書けば書くほど、書きたいネタが増えていくという困った状況が発生しており、頑張ってネタを絞りこもうと努力の日々を過ごしています。そこで今回は、セリフ形式の後日談でイベントを消化してみました。


 ◇  ◆  ◇


 さて、50話、100話に引き続き、皆さまにお願いです。


 まだフォローされていない方、評価の星を押されていない方がおられましたら、150話目のご祝儀としてぜひ評価いただきますようお願いいたします。著者のやる気に繋がりますので、続きを読みたいと少しでも思われる方はぜひぜひお願いいたします。


 とはいえ、ここまで読まれた方で評価していただけてない方は、きっと読み専でユーザー登録されていないだと思います。


 ということで恒例の......


 ◆どうすればユーザー登録してもらえるか国民別に考えた


 アメリカ人 登録したら、あなたは英雄です

 イギリス人 登録したら、あなたは紳士です

 ドイツ人 登録するのが規則です

 イタリア人 登録すると女性にもてますよ

 フランス人 登録しないでください

 日本人 みんな登録してますよ


 さて、あなたは何人ですか?


小説家になろうのユーザー登録  https://syosetu.com/useradd/mailinput/



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― 新着の感想 ―
韓国人 日本人は登録していますよ ですよね(笑)
[一言] これにより新興商人が成り上がれるようになった事が、ヴェネチアの隆盛に貢献したと、どこかの本で読んだと記憶しています。 ------------------------------------…
[良い点] 欲望集団配下にしたし、さあ、レッツ新大陸!は、まだかあ。お姉ちゃん助けて、ゴタゴタ終わってからだとピザまで長いなあ
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