王冠八旗 ④
早速、国王カスティエルは王国の首脳を招集し、開戦のための御前会議を開いた。
集まった面々は各大臣、長官の他に、前線を指揮する提督など、帝国軍のような綺羅びやかな貴族ではなく、ほとんどが民間から試験を受け、現場で経験を積み上げてきた猛者たちだ。
また王国の衛星でもある各島の大酋長らも参集された。
しかし彼らに発言権は無い。
「さてここで議すべきは、帝国軍を相手に我々が如何に勝利を求めるか、である。諸侯の意見を聞かせて貰いたい」
諸島が集まった島国である以上は、主な発言権を持つのは海軍である。
彼らはここのところ苛立っていた。
無論、私掠船のせいだ。
敵国の正規軍ならばいざしらず、たかが海賊によって商船をいいように奪われ、沈められ、しかも帝国の脅威のために表立って反攻することが出来なかったのだから。
ズタズタに引き裂かれたプライドのため、彼らの士気は高まっている。
また、会議の場には、彼らがここ数年で纏めあげた商船護衛計画の草案が提出されていた。
南方王国海軍の提督、エルナンド・ピサロ大将が起立した。
「早急な対策は、我が王国の商船団を如何に護衛するかであります。これまでは小型の高速艦をつけておりました。が、帝国の私掠船はここ数年で数を倍増し、さらに組織的な攻撃を繰り返しております――」
誰の心にも、ヘンリーの名が浮かんだ。
エルナンドは更に続ける。
「しかしながら、帝国軍は我らよりも艦艇の数が多く、コレ以上商船の護衛に軍艦を回す余裕は残念ながらありません」
「では、どうするというのかね!」
大臣が急かすと、エルナンドは咳払いを一つ鳴らし、頷く。
「草原の野牛を思い出して頂きたい。彼らは天敵から身を守るため、多くの仲間と集団で行動し、被害を最小限に抑えて生きております。我らもこれに見習いまして、新たな戦略を打ち立てました。それが、護送船団方式であります!」
一隻一隻で見れば商船は武装も貧弱で非常に頼りない荷馬であるが、しかし、十数隻が集団を組むことによって武装の火力を私掠船の其れより上回ることが出来る。
また見張りの目も何倍にもなるので敵船の発見も容易になり、たとえ襲撃されたとしてもこれだけ多くの船を一斉に拿捕することは困難を極める。
護衛艦の配備もひとつの船団に対して割り当てが出来るため、戦力の効率的な分配が出来るのだと、エルナンドは力説した。
「戦争を一日でも長く続けるためには、安定した補給が必須であります。我が国の海上輸送を維持するためにも、この護送船団は絶対に必要です。護衛には快速のコルベットが適任かと」
国王カスティエルは意外という顔を浮かべた。
彼はてっきり戦術、戦略の話が出るものかと思っていたが、実際には補給や輸送の話から始まったのだから。
しかし、エルナンドの言っていることは王国にとっても最重要課題であったため、全員一致で可決された。
続いて陸軍の参謀総長が席を立つ。
「あれこれと気楽なことを言っても致し方無いので、ハッキリと言わせて頂く。陸軍の力であの帝国を正面から戦うのは無理です。たとえ敵国に上陸したとて、数の上から包囲されることは明白」
「勝ち目は無いというのかね?」
「短期決戦ならばまだ希望はありますが、なにぶんにも、海を渡らなければ弾も剣も届きませんので。サン・フアン要塞が陥落したことで、本国から直接送らねばならず、それだけ時間がかかります。しかしながら、敵軍をあえてこちらの領土に引き入れ、密林を利用して迎撃するならば、少なくとも五分の戦いは出来るでしょう」
これには場にいた一同が難色を示した。
いくら五分の戦いが見込めるとはいえ、本土決戦に持ち込むことだけは避けたい。
改めて彼らは帝国との国力の差を思い知らされた。
香辛料やコーヒーなどの農産物で食いつなぐ島国が、如何にして大陸と戦うのか。
しかし、誰の心にも、降伏の二文字は存在しなかった。
祖先からの誇りを捨て、国の権利も王冠も売ってまで生き延びて、惨めに帝国の一部となることだけは御免だった。
カスティエルは静かに大臣へ伝える。
「徴兵令を出す。武器を持てる男は全員対象だ。女性も志願するものは受け入れよ」
「かしこまりました。彼らも、国家の大事となれば喜んで手を貸してくれるでしょう」
「大酋長らも、島民たちへ徴兵の命令を出すように。外交部は帝国との交渉を続けよ」
大酋長たちは恭しく従う一方で、苦い顔を浮かべた。
彼らは必ずしも国王に対して良い感情を抱いてはいない。
この戦いで彼らは王に対し、鼎の軽重を問うつもりであったのだ。
夜は更け、御前会議を終えたカスティエルは、従者も連れずに、宮殿のバルコニーに出て美しい港や町並みに生きる人々を見下ろす。
誰も戦争など望んではいなかったというのに、何故こうも争いが起きるのかと項垂れる。
いっそのこと、香辛料を産出する島を一つ手放してしまおうかとも考えた。
しかし、それは出来無い。
やれば国民の不満は爆発し、暴動となって内側から国が滅ぶだろう。
命は惜しくはないが、代々守ってきたこの国を、自分の代で終わらせたくはない。
たとえ戦いに負けたとして、この国が焼きつくされ、帝国の一部となったとしても、それは神が与えた滅びなのだろう。
「陛下、あまり夜風に当たられては御体に障ります」
侍従の少女が声をかけてきた。
カスティエルは彼女を手招き、抱き寄せる。
「余は何者であろうか」
「……私達の、王で、あらせられます」
「このように細い腕の男が王で、皆は信頼出来るだろうか?」
「私達は、どこまでも、陛下についていきます。私達にとって、陛下は父でありますから」
彼女は父と慕う王の手を引く。
「私が、お慰め致します……」
カスティエルは政務の疲れも、帝国の脅威も忘れたい一心で、彼女の肢体を求めた。
そんな王の苦労を哀れに思う彼女もまた、彼の求めに応じて艶のある声で鳴いた……。




